第7話 好きな子に嫌われないよう全力を出した結果
「と、とりあえず入ったらどう? 立ちながら話すのが好きならそれでも良いけど」
「……っ、そう、だな」
前世で焦がれ続けた相手を前にして、心臓がうるさいほど音を立てる。その音を努めて無視し、平静を装いながら室内に目線を向ける。
部屋の造りは2LDKと言ったところだろうか。全体的に華やかな内装で、オシャレ好きな女子の部屋といった印象を受けた。
これがルリの部屋なのか、と思うと不思議な感動が心を包んでいた。
「今紅茶を淹れてあげるから、そこに座って待ってなさい」
「あ、あぁ。ありがとう」
入口に一番近い椅子に座りながら、紅茶を用意するルリの後ろ姿を眺める。
ミニスカートから覗く太股やスラリと伸びた脚に目が行ってしまい、慌てて顔を反らした。
「……? なんで壁なんて見てるのよ」
紅茶を持ってきたルリが訝しげな表情をする。
「いや、気にしないでくれ」
気恥ずかしさを誤魔化しつつ、ルリの淹れてくれたお茶を飲む。
「美味しい……」
「当たり前でしょ。お客さん用の良い茶葉を使ってるんだから。それで、えっと……」
向き合って座ると、途端にそわそわしだすルリ。こちらの顔を直視しないようにしているのが丸わかりだった。
「五年契約って、本当なのよね……?」
「問題があるなら可能なかぎり解決するから遠慮なく言ってくれ」
「問題っていうか……アタシ、うら若き乙女なのよ」
もちろん知っている。
身長158cm。体重欄には“知ったら殺す”と書いてあったので不明だが、スリーサイズは上から78、57、80。誕生日は7月7日。
その他、ルリに関するパーソナルな情報は一言一句全て覚えている。
「つまりね、乙女としての貴重な五年間を、ずっとあんたの領地で過ごすことになるわけで……そ、それなりの待遇は用意してくれるんでしょうね?」
「ああ。魔法使い用の工房の設置費用も契約金に含んでるし、必要な物があれば適宜、取り寄せる。来賓用の客室を自由に改装してくれて構わないし、魔力が切れている間は自由に好きなことをやってくれて構わない。食後のおやつに砂糖たっぷりのクッキーも付けるぞ」
「い、至れり尽くせりね……って、なんでアタシが砂糖たっぷりのクッキーが好きって知ってるのよ」
「五年間を一緒に過ごすことになるからな。リリスリア……さんから事前に好みや趣味を教えてもらったんだ」
本当は原作知識だが、まさかキミのパーソナル情報を全て知っているなんて言えるわけもない。
「あとは、そうだな……お付きのメイドは年上で余計なことを話さない人を選ぶし、部屋も防音がしっかりしてるから大きな音を出しても大丈夫。花畑も裏庭に用意してあるし、ネネドリア草の種も取り寄せてあるからすぐにでも栽培できる」
「うわ、え、何それ……至れり尽くせり過ぎて怖いんだけど……っていうか、本当になんでそこまでアタシの事を詳しく調べてるのよ……」
しまった。流石に気持ち悪かっただろうか。
あからさまなドン引き顔を見て焦りの波が押し寄せる。何かルリを納得させられる言い訳はないだろうか、と、必死に頭を働かせる。
「――……三年前の、アドラニスタ魔導芸術祭」
「えっ?」
「学園の魔法使いたちが技を競い合うあの大会。ルリの魔法が凄くて、ファンになったんだ」
実際にこの目で見たわけではなく、スピンオフ小説で語られた内容だが、気合の入った挿絵も相まって強く印象に残っていたのは事実だった。
ちなみに、その前日譚としてルリが山一つを吹き飛ばしたエピソードもあるが、そちらは本人にとっても黒歴史なので触れないほうが良いだろう。
「それで、この機会にリリスリアさんに根掘り葉掘り聞いたってわけだ。……気持ち悪いよな、勝手に自分のことを知られているのは。すまない」
「あ、えと、頭上げてほしいっていうか、別にそんな、責めてるとかじゃなくて……」
慌てた様子を見せたあと、咳払いを一つして、ルリは嬉しそうなニヤケ顔を見せた。
「そっか。あんた、アタシのファンなんだ……ふーん」
笑みを零したまま戸棚のほうへ向かったルリは、上質な作りの箱に入ったクッキーを取り出すと、それを皿に移してテーブルの中央に置く。
クッキーの表面に刻まれた特徴的な焼印を見て、思わず声が出そうになった。
それは、ルリが特別な日にだけ購入する高級クッキー。彼女が四歳の頃、祖父が初めて贈ってくれた特別なお菓子。
仕事がなく質素な生活をせざるを得ない中で、誕生日や記念日にのみ食べるご褒美のスイーツ。
「ここを発つ前に食べようって思ってたやつ。一緒に食べましょ。それでもっと話を聞かせてちょうだい。アタシの魔法のどこが凄いと思ったのかとか、色々」
「あ、ああ! まずは――」
ルリに促されるまま彼女の凄い点を列挙し、それぞれの事柄に関して熱く語っていく。
そのオタク語りを聞くルリの表情は、くすぐったそうだが同時にとても楽しそうで、嬉しそうで……そんな顔を見て得心した事があった。
力への自負があり、プライドも高いルリにとって、仕事や称賛のない日々はとても苦しかったはずだ。
そこに全力で自分を評価し、肯定してくれる人間が現れたなら、それは喜ばしいに違いなかった。
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