第8話 口では解釈違いと言いつつ恋心は正直で
楽しい会話の時間に終わりを告げたのは、俺のお腹の音だった。
「……もしかして、食事まだなの?」
頬をぽりぽりと掻きながらこくんと頷く。
「早く会いたかったから、食べずに来たんだ」
「……、へー、ふーん、そっかそっか。アタシに早く会いたくて、かぁ」
ルリは再びニヤケ顔を見せたあと、立ち上がってキッチンへと向かう。
「仕方ないわね、適当に何か作ってあげる」
「良いのか?」
「だってアタシはもうご飯食べちゃったし、外で何か食べると高くつくじゃない」
そのくらいなら俺が払うぞ、とは言わなかった。ルリの作る手料理が食べたかったからだ。
「そうだ、これ、もし良ければ飲んでくれ」
「えっ!? ちょ、それ、ロマヌエコンティン!?」
リリスリアからもらったお酒を見せると、くわっと目を見開いたルリが机に手をつき、ぐっと身を乗り出してくる。
か、顔が近い……!
「る、ルリ、これを知ってるのか?」
「知らずに買ってきたの!? あ、この街で一番高いお酒を買ってきたのか……でもよく売ってたわね」
何かを納得した風になったあと、うっとりとした目でラベルを見つめてくる。
「首席を取ったときにリリスリア様に少しだけ飲ませて頂いたけど、とっても美味しくて……まさか、またこれが飲めるなんて……」
そこまで言ったあと、ルリはなぜか顔を曇らせる。
「アタシ、このお酒に合う料理なんて作れないわよ……」
「いや、ルリが作ってくれるものなら何でも食べたいから作ってほしい」
「そ、そんなに食べたいんだ、アタシの手料理。ま、まぁそこまで言うなら良いけど、文句は受け付けないんだからね」
ということで、ルリの作ってくれた家庭的な手料理を食べながらお酒を飲み始めたのだが……。
「ちょっとぉ、聞いてんの、ユミリシス! あんた、どういうつもりなのよ!」
酒が入ってからほどなくして、俺は酔っ払ったルリに絡まれていた。
「アタシはぁ、どんなやつに買われたんだろうって不安だったのよ! だっていうのに、やってきたのはこーんなに魅力的で、魔力も凄くて、アタシのことなーんでも知ってて、ファンで、嬉しいことばっかり言ってくれて、してくれてさぁ……!」
「ちょ、ルリ、お、落ちつ――」
「んっ!」
「~~~~~~っ!」
唇に感じる柔らかな感触。甘く痺れるような心地良さに、キスをされたと理解する。
ルリとキスをしている、という事実に思考が停止する。直後に態勢が崩れて床に押し倒された。
「る、ルリ……」
「ん……。アタシ、これ好きかも……。でも身体あっつい……」
うっとりとした表情になったルリは、着ている服を邪魔とばかりに脱ぎ捨てていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれルリ!」
何とか理性を振り絞って肩を掴み、ぐっと押し留める。
「お、お前、良いのかっ!?」
「なにがよぉ。なんか文句あんのぉ?」
「だって俺たち、今日会ったばかりなのに!」
「うっさいわねぇ。さっきからギューッてしたくて、ちゅーってしたくて、たまらないのよ! それがこんなに最高なヤツなんだもんっ、我慢できるわけないでしょっ」
照れによるものではなく、酔いによるものだと分かる真っ赤な顔。確かに酒癖は悪かったけど、ここまで酷くはなかったはずだぞ!?
視界の端に妖しく煌めくロマヌエコンティンが見えたと思った途端、両手で頬を挟まれて前を向かされる。
「あんたが悪いんだから、大人しくしなさいよねっ!」
「こ、これは解釈ちが――んんっー!」
再び重ねられる唇。割って入ってきた舌は、けれどどうすれば良いのか分からないと告げるように、もどかしく俺の口内を彷徨っていて……。
理性と本能、矜持と欲望がぐるぐると混ざり合う。
そして、もう我慢しなくて良いのではと思った瞬間、ルリの身体から力が抜けて倒れ込んできた。
「すぅ……むにゃむにゃ……」
目を開けると、すやすやと可愛い寝息を立てて眠る彼女がそこにいた。
「な、なんだったんだ、一体……」
バクバクと激しい音を立てる心臓。唇に残る感触とお酒の味。
「キスしてしまった……それも深いやつを、ルリと」
いつかそういう仲になれたら嬉しいとは思っていたが、この急展開は全くの予想外だったので、嬉しさよりも困惑のほうが大きかった。
「うああぁ……」
頭を抱えて悶えるが、いつまでもそうしていても仕方ない。
どうしてこうなった、と思いながらルリをベッドまで運び、無理やり興奮を抑えつけてソファで眠りにつくのだった。
――そして、明けて翌朝。俺とルリの間には非常に重苦しい空気が漂っていた。
「「………………………………」」
お互いの顔を見ることもできず時間だけが過ぎていく。
「……あのね、勘違いしないでほしいんだけど」
先に沈黙を破ったのはルリだった。彼女は意を決したように口を開く。
「アタシ、あんなことしたのあんたが初めてだから」
「お、おう……」
思っていた以上に破壊力のあるセリフが来たな、と思う。頬を赤く染めてそんなことを言うのは反則だろう。
「っていうか、お酒を酔うくらい飲んだのもこれが初めてだし……あんなに舞い上がったの、初めてだったから、ワケわかんなくなっちゃった」
「そ、そうか……」
「とっ、とにかく! アタシが軽い女だなんて思わないでほしいっていうか、その、えっと、ああもう!」
バシンッと勢いよく机を叩くと、椅子を倒す勢いで立ち上がり、ビシッと指を指してくる。
「っていうか、あんた! どういうつもりよ! なんでアタシに手を出さなかったの!?」
「えっ!? も、もしかして……手を出したほうが良かったのか?」
「ちっ、違うわよバカ! そ、そうじゃなくて、あの状況で手を出されないのもそれはそれで女の子としてのプライドが傷つくっていうか、その……」
ルリの語調がだんだん弱くなり、やがてしおらしい態度になる。
「……べ、別にあんたとなら嫌じゃないかな、なんて思ったわけじゃないんだからね」
顔を背けているので表情はわからないが、耳まで真っ赤になっている。
そんな姿を見てしまえば、もう気持ちを押し留める事は出来なかった。
「……ルリとは、もっとちゃんとした形でそういうことがしたかったんだ」
「えっ……」
ルリがドキッとした表情で俺を見つめてくる。その瞳は驚きと慕情で揺れている。
「お酒に流されて、とかじゃなくて……恋人になってから、そういうことがしたくて」
「それって、その……つまり単なるファンってだけじゃなくて……アタシに恋してる、ってこと……?」
改めての問いかけ。羞恥心が津波のように押し寄せてくるが、今更否定しても仕方ないので小さく頷く。
しばらく口をパクパクさせていたルリは、うつむいて何事かをぶつぶつと呟いたあと、顔を上げる。
頬の端に赤いものを残しながらも、その顔にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。
「ふ、ふーん。そうなんだ。アタシのこと、好きなんだ。愛しちゃってるんだ、あんたみたいな凄いヤツが」
「あまり何回も言わないでくれ。その、恥ずかしい」
俺の態度に何を思ったのか、ルリが考え込むような素振りを見せる。それは、彼女が脳内で何かを比較検討している時の仕草だった。
考え事の最中に話し掛けられるのを嫌う、と知っていたので、黙って見守る。
「うん、これが良い、はず……。ん、よし、分かった。そういうことならアタシも覚悟を決めるから、あと1日ここに滞在しなさい。色々と手続きがあるから、それを済ませてから明日、一緒にあんたの領地に行きましょ」
「あ、ああ。分かった」
そんな手続きの存在は聞いていなかったが、ルリが言うからには何かあるのだろう。勢いに押されるまま頷く。
「それじゃ、アタシは手続きのために庁舎に行ってくるから。帰ってくるのは夕方頃ね、それまで散歩するなり寛ぐなり、好きにしてて」
はいこれ合鍵、と、この部屋の鍵と思しきものを手渡される。
「って、合鍵なんてそんな気軽に渡して良いのか?」
「今更何言ってるのよ。あ、部屋にあるものは好きに使ってくれて構わないけど、寝室にあるものは触っちゃダメだから。流石に、その、恥ずかしいし……」
「あ、ああ。もちろん」
目まぐるしく状況が動いていることに困惑しつつ、こくこくと頷く。
そんな俺を見て満足げな表情になったルリは、「それじゃ、行ってくるわね」と言い残して部屋を出ていった。
疑問はあるが、夕方になれば答えが分かるだろう。それにしても……。
「何ていうか、いやぁ……まさか、なぁ……」
ルリと面映ゆい間柄になってしまった事に、戸惑いと喜びと緊張が混ざり合った複雑な気持ちを抱く。
その感情がとてもむず痒くて、居ても立っても居られなくなったので、ルリの言葉に従い魔導都市の散策をすることにした。
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