第6話 俺の嫁だった最強の魔法使いとの出会い
――それからほどなくして、ルリとの契約にまつわる諸々の手続きと処理が終わり、俺は庁舎前でリリスリアに見送られていた。
「そろそろ日も落ちる頃合いだけれど、これから一緒に食事でもどうかしら? お腹、空いているでしょう?」
「嬉しい申し出だけど、このあとルリ・エルナデットとの対面があるだろ? 遅くならないうちに会って話しておきたいんだ」
「あら、もしかしてルリちゃんと会ったことがあるの?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「だって、会うのが楽しみって顔をしているもの」
「……、……」
実は、ルリ・エルナデットは俺がガチ恋していた登場人物だ。
頭の回転が早く思い切りも良い美少女だが、統率が低いせいでモテず、政治が低いため対人関係にも難がある。そんな所がたまらなく可愛い。
敵として出てきたときにどう攻略するかを考えるのも楽しかったし、味方の時に圧倒的な火力で敵を薙ぎ払ってくれる姿も頼もしかった。
「うふふ。そういう事なら、これを渡しておこうかしら」
リリスリアが指を一振りすると、彼女の手の中に豪奢なラベルの瓶が収まっていた。恐らくワインだろう。
その瓶をひと撫でして、ふぅっと息を吹きかけたあと、俺に差し出してくる。
「ほら、女の子の家に行くのに手ぶらというわけにもいかないでしょう? これを持っていくと良いわ」
「ありがとな。……それにしても、魔法って便利だよな、やっぱり」
「学んでみるかしら? ユミリシスならきっと魔導学院の制服も似合うと思うけれど」
「通えるのか!?」
原作のスピンオフ小説で描かれた学院の描写を思い出してワクワクする。それに何より、前世の記憶にしかない学校という存在に胸が躍った。
「私が学院の院長も務めている事は知っているでしょう? もちろん問題ないわ。別にまとまった期間でなくとも、数週間、一ヶ月……それくらいの短期でも構わないのよ?」
「それは魅力的過ぎるな……ただ、今後の予定が詰まりすぎてるんだよな」
何せ国家間の移動には時間が掛かる。領地の内政を全てアイルに任せきりというわけにもいかない。やる事は山積みなのである。
「そう、それは残念。けれど、学院に通って優秀な魔法使いに唾をつけておく、という事も出来るから覚えておいてちょうだいね」
「ルリの雇用に全力を出したから、魔法使いを新しく雇う余裕はないぞ」
「魔法使いが魔導都市との契約に縛られるのは卒業後、都市への就職や傭兵登録を選んだときなの。それに、魔導技術の不拡散契約を結んで故郷に帰る子も少なからずいるわ」
「つまり……?」
「学院に通っている現役生であれば、“貴方について行きたい”と思わせる事さえできれば、魔導都市にお金を払う必要なく言い値で直接雇えるという事ね」
それは、原作のシステムに囚われていた俺からは決して生まれない発想だった。
それに何より。
「あのリリスリアが、自分から利益を失うような提案をする……だと?」
「……そんな顔になるくらい金の亡者だと思われていたの? いえ、仕方ないけれど、そこまで驚かれると反応に困ってしまうわね」
溜息を吐いたあと、切り替えるように微笑むリリスリア。
「とにかく、こんな提案をするくらいには貴方の力になりたいと思っている事、忘れないでちょうだいね」
「分かった、それはかなり真面目に検討させてもらう。ありがとな、リリスリア」
そんなやり取りを経て庁舎を出た俺は、暮れなずむ景観を視界に入れながら歩き出す。
――行政エリアを抜けた俺を出迎えてくれるのは、夕日に染まった美しい街並み。
木組みの建物と石畳が調和を生み出している風景。
前世で言うところのブレザーに近い制服を着た魔法使いたちが、楽しげに談笑しながら歩いている光景。
設定資料集に載っていたイメージイラストがそのまま現実になったかのような景色に、思わず感じ入ってしまった。
そして、感慨にふけりながらも寮が立ち並ぶエリアにやってきた俺は、発行された証明書を見せて、部屋番号を教えてもらい、階段を登り――ようやくルリの部屋にたどり着いた。
「……、……よし」
初見の印象を可能なかぎり良くするため、統率と魔力を高めたのち、ドアノッカーを叩く。
すると、ドタバタという音の後に静寂が訪れて、ほどなく玄関に駆けてくる足音が聞こえた。
ガチャリ、と扉が空いて、その先に見えた人影。
「あ――……」
髪型は金髪のロングヘアーで、勝ち気な瞳は赤色。可愛らしさを感じさせる顔立ちは、スッと通った
制服の上からマントを羽織り、つば広の三角帽子を被った、王道の魔女ルックの女の子。
「……、……初めまして。俺の名前はユミリシス・フォン・ヴァッサーブラット。ディアモント王国、ヴァッサーブラット領の領主だ。事業拡大のためにキミを雇わせてもらった、よろしく頼む」
「あ、えっと……ル、ルリ・エルナデットよ。あんたがアタシの雇い主なのね、ふ、ふーん……」
ゲームの世界からそのまま抜け出してきたかのような彼女が、そこにいた。
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