第4話 現金の実弾で魔女を分からせる

 カフカス大森林から馬で南下すること、およそ二週間。


 俺は、天を衝かんばかりの大樹を中心に木組みの建造物が広がる大都市に来ていた。


 ここは魔導都市アドラニスタ。魔法使いたちの総本山であり、学園都市でもある。


 基本的に全ての魔法使いはこの街で魔法を学び、己の研究を極めたり各国に雇われたりする。


「――失礼ですが、身分の証となるものをご提示ください」


 魔導都市の入口に来たところで衛兵から声をかけられる。


 原作ではマップ上の魔導都市を選ぶだけですぐに次の画面に遷移したが、現実はそうもいかない。


「ディアモント王国ヴァッサーブラット領の領主、ユミリシス・フォン・ヴァッサーブラットだ。事前に話は通してあるから確認してもらいたい」


 紋章入りの徽章を見せて伝えると、衛兵は一つ頷いたあとに懐からペンダントを取り出す。


「門戸から受付へ。ディアモント王国ヴァッサーブラット領の領主、ユミリシス・フォン・ヴァッサーブラット様がお見えです。名簿の確認をお願いします」


 あのペンダントは通話型のマジックアイテムだ。事前に設定した特定の相手とだけ連絡を取ることが出来る。


 道具袋もそうだが、こういったマジックアイテムに関する技術も魔導都市が独占している。アコギな商売をしているが、その利便性から需要は多い。


「確認が取れました。お待たせしてしまい申し訳ありません。それではご案内いたします」

「丁寧な対応、痛み入る。よろしく頼む」


 弱小国家の一領主だから侮られるかとも思ったが、杞憂だったらしい。


……さて、ここからだな。気合を入れていこう。


 能力値を調整して魔力と統率に割り振る。


 魔力が高いほど魔法使いからの評価が上がるので、そこに高統率からくる魅力アップも重ねて一気に好感度を稼ぐ作戦だ。


「っ!?」


 突然俺の魔力が高まったからだろうか、衛兵が驚いたような顔をする。……そんな化け物を見たような顔をしなくても良いと思うのだが。


「何か気になることでも?」

「い、いえ、失礼しました。こちらへどうぞ」


 受付に案内されたのち、さらに庁舎内にある応接室へ。


 そこには一人の女性が待っていた。


「ずいぶん若い領主様ね。初めまして、私の名前はリリスリア・グランデールよ。魔導都市アドラニスタの取締役を務めているの、よろしくね。うふふ」


 大胆に胸元が空いたドレスと魅惑的な肢体、結い上げた栗色の髪、泣きぼくろが特徴の色香たっぷりの美女。


 リリスリア・グランデール……優れた魔法使いでありながら内政にも明るく、万年金欠だった魔導都市を大幅な黒字経営に変えた人物だ。


「お初にお目にかかります、ミス・グランデール。ディアモント王国ヴァッサーブラット領の領主、ユミリシス・フォン・ヴァッサーブラットと申します、以後お見知りおきを」


 丁寧に会釈しつつ、リリスリアと向き合うように椅子に座る。


 テーブルの上に置かれた淹れたての紅茶の香り、以上に、リリスリアから漂ってくる香水の匂いが鼻腔をくすぐる。


「事前の連絡だと、魔法使いの斡旋を希望とのことだけれど……」


 足を組み替えつつ前のめりになるリリスリア。豊かな双丘が強調され、甘い匂いも強くなった。


……ゲームとは比較にならないな、この色艶は。


 誘惑に対抗するため、智略の能力値を上げて理性を高める。


 そんな俺を見て、リリスリアは奇妙なものを目撃したように目を瞬かせた。だが、すぐに笑みを浮かべ直して言葉を続ける。


「ヴァッサーブラット卿はどのような目的で、どういったタイプの魔法使いをご希望?」

「実は、借りたい人材はもう決まっています」


 対軍・対魔獣能力を備えた魔法使いは原作における強力なユニットで、魔導都市は魔法使いたちを傭兵として斡旋している。


 俺がここに来たのも、とある少女を傭兵として借り受けるためだ。


「――ルリ・エルナデットを指名します」


 原作における公式チート魔法使いを、他の国が確保する前にこちらで雇用する。それが今このタイミングで魔導都市を訪れた理由だった。


 俺の言葉を聞いたリリスリアが怪訝な表情になる。


「ルリ・エルナデット……? けれど彼女は……」


 リリスリアが戸惑うのも無理はない。ルリは最強であるがゆえに使い道のない魔法使いとして有名だからだ。


 もう十年以上、大きな争いもなく、魔法使いの需要も少ないので、最強の魔法使いが必要になる事がない。


 近い未来、つまり本編開始時点ではそんな状況が劇的に変化し、優れた魔法使いが引く手あまたになるのだが、現在のルリは穀潰しである。


 だからこそ、価値がどん底の今、長期契約で雇用する。


「まさか、ルリ・エルナデットが必要になるほどの魔獣がヴァッサーブラット領に……?」

「いえ、彼女には鉱山の採掘をお願いしたいのです。我が領地で見つかった金鉱脈が思いの外、大規模のようで……採掘のために多数の人足を雇うよりも効率が良いと判断しました」

「鉱山の採掘、なるほどね。魔法使いを兵器ではなく生産の人材として、か。うふふ、どうやらヴァッサーブラット卿は魔法使いについてよくご存知のようね」


 感心した様子で微笑むリリスリア。こちらを見つめる眼差しには好感が宿っている。


 ちなみに、まったくの嘘というわけではない。鉱山の採掘ではないが、戦争が始まるまでにルリにしか出来ないことをやってもらう予定である。


「ちなみに、期間はどれくらい?」

「五年間でお願いします」

「ごっ……!?」


 返ってきた驚愕の表情。彼女が何かを言う前に道具袋からケースを取り出し、中身を見せる……ぎっしり詰まった金貨を。


「一括払いで雇用させてください」


 原作の最下級魔法使いよりも安価に、最強の魔法使いを雇うことができる。お得すぎて申し訳ないくらいだ。


「ま――――」


 待ってちょうだい、とでも言おうとしたのだろうか、リリスリアが大きな口を開けたまま硬直する。


 長くて一ヶ月の雇用期間が当たり前の時代に五年契約など持ち出せば、驚くのも無理はない。


「贋金ではありません。確かめてください」


 口をパクパクさせるリリスリアを見て満足感を抱く。


 原作ではつねに主人公が翻弄される側だったので、意趣返しに成功した気分だった。


「……、…………」


 リリスリアが頬を紅潮させて大量の金貨に釘付けになる。流石はお金大好きウーマンだ。


 前例のない五年契約を渋られる可能性もあったが、やはり現金の実弾は強い。


 各国に強い影響力を持つ彼女の好感度を上げることで、他国とのさまざまなやり取りにおいて有利を取る……魔導都市に来たもう一つの目的も無事に達成できたようだった。


「契約成立、ですよね?」


 言葉にならないのか、こくこくと頷くリリスリア。そんな彼女に手を差し出して、固く握手を交わし合った。


――その後、金貨が全て本物かどうか調べる時間や契約書の作成、ルリへの伝達など諸々の処理があるということで、待機することになった。


 手持ち無沙汰の中で、さて何をしようかと考えていた俺に話しかけてきたのは、先ほどまで金貨に目を輝かせていたリリスリアだ。


 艶やかな笑みを浮かべた彼女は、ごく当たり前のように俺の腕を取って寄り添ってくる。


「ねぇ、ヴァッサーブラット卿。処理が終わるまでの間、散歩しながら語らうのはどう?」


 腕に当たる柔らかさと、間近で感じる甘い香り。そして彼女の全身から放たれる魅了魔法の力。


 魔力を強化して魅了に対抗しながら冷静に返答する。


「ええ、良いですよ。ぜひ」

「――――」


 自分の色香が通じなかったから、だろうか。一瞬だけリリスリアの目がスッと細くなる。


 しかしすぐに微笑みを浮かべ直すと、「さぁ、こちらへ」と俺を導くように歩き出した。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

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