第3話 原作での涙を知っているから

――その後、メラニペ側も肉や果物をどっさりと用意し、森の魔獣たちを集めた大規模な宴が開かれる事になった。


「アハハ! オ前ハ凄い奴ダ、ユミリシス! ワタシハ、オ前ガ気ニ入ッタゾ!」


 果実酒を飲みながらバシバシと俺の背中を叩くメラニペ。間近で見る彼女の笑顔はまぶしくて、ついつい見惚れてしまう。


 さらに言えば、野生児であるメラニペの格好は布面積が極端に少ないので、すぐに微かな膨らみが見えて心臓に悪い。


 当然ながら下着も履いていないので、足をバタつかせてはしゃぐと色々なものが見えてしまう。見えてしまうのである。


「我ガ友ヲ一撃デ倒ス強サ! 魔獣ノ言葉ヲ知リ、礼儀ヲ心得テイルトコロ! ソレニ、格好イイ!」

「はは……ありがとな。メラニペも凄いよ。森の魔獣たちみんなと仲が良くて……みんなと家族みたいだもんな」

「家族ト……言ッテクレルノカ……」


 驚きを込めた呟きと揺れる眼差し。その瞳を見つめながら、メラニペの設定を思い返す。


 メラニペの心には深い孤独感がある。魔獣になれず、人間としても生きられない苦しさ。


 どれほど魔獣に親しもうとも、それだけでは満たされないモノを抱えつつ、そんな弱い己を見せぬよう強く在ろうとする女の子。


 直接言葉を交わしたことで、そんな彼女を支えてやりたいという気持ちがいっそう強くなる。


「オ前ハ、ヤハリ良イ奴ダナ! オ前ノヨウナ人間ガイルトハ思ワナカッタゾ!」


 感極まったらしく、メラニペがギュッと抱きついてきた。


「ッ!? ちょ、メラニペ……!」


 突然の事にビックリする。ただでさえ長旅でイロイロと溜まっているのに、柔らかな肢体を感じてしまえば――。


「ム、コノ匂イハ……ユミリシス、発情シテイルノカ?」

「――――っ」


 ド直球に言われてしまった。


 穴があったら入りたい気分だが、メラニペは快活に笑って口を開く。


「ヨシ、ナラバ交尾ダ! ワタシモ以前カラ興味ガアッタ!」

「いや、でも俺とメラニペは今日会ったばかりなのに……」

「オ前ハ強イ! 魔獣ニ偏見ガナイ! 優シイ! ソレニ、格好イイ! 申シ分ナイ雄ダ!」


 いや、だが待ってほしい。果たして俺の欲望でメラニペを汚してしまっても良いのだろうか……?


 領主という立場もあるし、一度シてしまったら歯止めが効かないと分かるからこそ、まだそこまでする勇気は出なかった。


「だ、大丈夫だ! こういうのは戦って発散するに限る! 誰か俺と戦う魔獣はいないか!?」

「オオ! ソレハイイナ! ヨシ、皆ノモノ、行クゾ!」

「え、ちょ、そんなにいっぺんに!?」


 予想外のお祭り騒ぎになったが、多数の魔獣たちと同時に戦うのは良い経験になったし、何よりとても楽しい時間だった。


……決してもったいない事をしたなんて思ってないぞ。


 ともあれ、そうして魔獣たちとの交流を終えたあと、俺とメラニペは柔らかな草木の上に寝転がっていた。


 視界に移るのは星々が瞬く夜空と真円の輝き。ため息が出るほどの美しさだ。


 ちなみに魔獣たちは、ある獣はぐうすかと眠りこけて、ある獣は遠くのほうで交尾に励み、ある獣は果実酒をぺろぺろと舐めている。


「…………」


 互いの間に言葉はなかったが、それは心地良い沈黙だった。


 だが、俺は知っている。この心地良い場所が遠からず消えてしまうことを。


――およそ一年後、世界規模のプレート移動によって環境が大きく変化する。


 その際、プレート移動の影響が特に顕著なカフカス大森林は完全に崩壊してしまうのである。


 脱出した魔獣軍団の食料を求めて、メラニペはさまざまな土地におもむくことになるが……どこに行っても攻撃を受けて、人間と溝が深まってしまう。


「なぁ、メラニペ。もしもこの土地に住めなくなったらどうする?」

「何ヲ言ッテイル? コノ森ハ、昔モ今モ変ワラズ在リ続ケルゾ」


 きょとん、とした表情になったあと、冗談と受け取ったのだろう。メラニペは笑いながらそう口にする。


「いや、ほら……人間たちが攻め込んで来るかもしれないだろ?」

「我ラハ人間ナドニハ負ケヌ! 追イ返シテヤル!」

「でもほら、人間って卑怯な手を使うじゃないか。森を魔法で焼き払うかもしれない」

「ムムム……何ガ言イタイ!」


 流石にしつこく感じたのか、唇を尖らせて不満げな表情を見せるメラニペ。そんな様子も可愛いなぁ、などと思いつつ、咳払いを一つ。


「実は……、一つの森が滅んで、そこにいた獣たちが悲惨な目にあう光景を見たことがあるんだ」


 原作のアートブックに載っていたカフカス大森林のことだが、変貌した森を前に悲痛な表情で崩れ落ちるメラニペのイラストは、見ているこちらまで辛くなったものだ。


「ここで楽しく過ごしていると、その滅んだ森のことを思い出してな」

「ソ、ソウダッタノカ……ソレハ、辛カッタナ」


 不満顔から一転、眉をへにょんとさせたあと、メラニペは励ますように優しくポンポンと撫でてくれた。


 そんな心配を吹き飛ばすように明るい顔を作り、「ありがとな」と返してから言葉を続ける。


「でも、今住んでる場所……俺の領地には、大きな森がいくつかあってさ。ここにいる魔獣たちを受け入れる事が出来る」


 一息。


「もしメラニペたちに何かあったら、俺を頼ってほしい。その森にキミたちみんなが暮らせるよう手配するから」


 魔獣たちに住処と食料を用意することで、戦争への乱入を防ぐ。それが今この時期に会いに来た理由だった。


 汚い話だが、大量の魔獣が住んでいる領地なら攻め込まれにくいだろう、という目算もある。


「ソウカ……ン、分カッタ。ワタシ達ヲ大切ニ思ッテイル気持チ、伝ワッテクルゾ。何カアッタトキハ、ヨロシク頼ム!」


 魔獣たちとの拳を交えた交流が決定打になったのだろう。全幅の信頼を寄せてくれるメラニペの笑顔に胸が熱くなる。


……信頼に応えるためにも、彼女たちを幸せにしないとな。


――その後は水浴びをしたり、魔獣たちと交流したりしたあと、再会の約束を交わして大森林を出立した。

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