第2話 魔獣たちの姫君と盟約を結ぶ

 領主館を出立した俺は早馬と渡し船を駆使し、国を出て、大陸中央部にある中立地帯カフカス大森林にやってきた。


 カフカスは魔獣が多く生息している地域で、中立地帯なので討伐隊が組まれることもなく魔獣たちの楽園になっている。


 なぜそんな危険な森に来ているのかと言えば、目当ての人物がこの森の支配者だからだ。


 魔獣たちの姫君・メラニペ。原作では各地の戦場に乱入するお邪魔ユニットとして設定され、戦争の難易度を上げる要因だった存在。


「あの魔獣軍団が現れなくなるだけで、戦争の難易度がどれほど下がることか……」


 そんな彼女と交渉し、やがて来る戦争に不干渉でいてもらう。それが今回の旅の目的だ。


「――よし、行くぞ」


 パチンと頬を叩いたあと、堂々とした振る舞いで森を歩く。踏みしめる草の柔らかさが足に心地良い。


 そんなふうに歩き出した俺は、ほどなくして予期せぬ遭遇を果たすことになる。


「Gruu……」


 森の中の開けた場所で立ちはだかった、身の丈10mを軽く超える巨大な狼。


 魔獣軍団の最強格たる三匹のしもべ。空を飛ぶ怪鳥、水辺を往く魚人、地を駆ける魔狼、その一角だ。


 魔狼の武勇は93。大国トップクラスの武官とほぼ互角の強さ。


「威圧感をビリビリ感じるな……」


 ここまで強力な魔獣と相対したのは、アイルを助けたとき以来だろうか。


「メラニペと交渉しに来ただけで、事を荒立てたいわけじゃないんだが……」


 とは言え、やる気満々の相手に何を言っても無駄だろう。武勇を引き上げてから、挑発するように手をクイッとさせる。


「来いよ、魔狼。相手をしてやる」

「Gruoooooooo!!」


 鼓膜が痛くなるほどの咆哮を響かせながら、疾駆――速い、俺は即座に大地を蹴りつけてその場から飛び退く。


 直後に響く轟音。先ほどまで俺がいた場所に巨体な前足がめり込んでいた。


「強いな……」


 だが、動きは見えており力量の把握も済んでいる。


「次はこっちの番だ!」


 再び大地を蹴る。今度は前方、魔狼のもとへ。


 瞬時に彼我の距離をゼロにした俺は、そのまま右腕を引き、拳に力を込める。


「Gru!?」


 驚愕に目を見開く魔狼、だが遅い。目が合った瞬間、巨躯の脇腹に右ストレートを叩き込んだ。


「――――!?!?!?」


 何が起きたのか分からない、そんな感情をあふれせたまま宙を舞った魔狼は、やがて地面に激突。土煙が舞う中で気絶してしまった。


 手をグーパーしつつ勝利の余韻に浸っていると、武勇によって強化された聴覚が足音を捉える。


「ソコデ止マレ! キサマ、何者ダ!」


 愛らしい声音を鋭く変え、言葉の槍として投げつけてきたのは、小柄な少女だった。


 豊かな黒髪と褐色肌、頭につけた紅い羽飾りが目を引く、アマゾネスをモチーフにしたと思われる容姿。


 華奢な見た目ながら、威風堂々とした態度で仁王立ちしている女の子。


 間違いない、メラニペだ。


 幼い頃に捨てられたが、魔獣に愛されるスキルによって姫君として育てられた存在。


「……、……」


 深呼吸したあと――バッと両手足を広げて、立ったまま大の字を作った。


「ッ!?」


 俺の姿を見たメラニペはハッとした表情になり、ガバッと両手を上げて熊が威嚇するようなポーズを取る。


……これは魔獣の間で使われる意思疎通のボディランゲージだ。


 俺のポーズに込められた意味は“敵意はない、話をしに来た”。


 メラニペのポーズは“聞いてやる、要件を言え”という意味である。


 原作の設定資料集に載っていたボディランゲージは、見事にメラニペの興味を引いたらしい。


 警戒心はなりを潜めて、好奇心が前面に出ている。


「我が名はユミリシス・フォン・ヴァッサーブラット! ディアモント王国のヴァッサーブラット領を治める領主だ! キミたちと友好を結ぶためにやってきた! どうか共に宴をしてくれないだろうか!」


 俺の名乗りと言葉を聞いて目を丸くするメラニペ。その可愛らしさにクラクラしつつ、懐からマジックアイテムの道具袋を取り出す。


 道具袋を逆さにすれば、ウチの領地で取れる果物の数々があふれ出し、うず高く山のように積まれて芳醇な匂いが広がる。


「コ、コレハ、何ト甘イ香リダ……!」


 頬を薄紅に染めて目を輝かせるメラニペを見て、心の中でガッツポーズ。


 さらに信頼を得るため、自分の胸に拳を当てたあと、それをメラニペのほうへと向ける。


“誓いを違えたら、殺されても構わない”。


 それを見たメラニペは神妙な顔つきになり、自分の手のひらを胸に当てる。


“お前を受け入れよう”。


 どうやら、交渉の第一段階は無事にクリア出来たようだった。

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