【第一部完結】国盗り系美少女ゲームのモブ領主が原作知識で無双する話

依虚ロゼ

第一部

第一章

第1話 領地経営のお供はピンク髪の秘書官

 訓練用の弓を持った女の子と表示されたステータス画面を見比べながら、心の中で溜息を吐く。


「あ、あの……領主様。な、何か粗相を致しましたか……?」


 女の子が怯えた様子で聞いてくる。


 身なりを整える暇も惜しんで訓練していたのだろう、くすんだ赤髪が陰鬱な雰囲気に拍車をかけている。


「キミには弓兵隊から騎兵隊に移ってもらう」

「えっ……?」


 その高い騎兵適正を遊ばせておく余裕はないのだ。


「騎兵隊の兵舎に連れていくからついて来てくれ」

「は、はい……承知しました……」


 少女を騎兵隊の兵舎に送り届けたあと、領主館への道を歩きながら深々とため息を吐く。


「探索コマンドをタップするだけで登用出来る原作の機能が恋しい……」


――俺に前世の記憶が蘇ったのは、およそ二年前。十八歳の頃だ。地名や歴史から、この世界が生前やり込んだ美少女ゲームの世界であることに気づいた。


 ゲームのジャンルはストラテジー。他国の領地に侵略して勢力を拡大していく国盗り系のソロゲームだ。


 しかも俺が転生したのは、立地と環境に恵まれた原作主人公の国――ではなく、弱小国家。


 原作ゲームの本編開始時には征服され、滅んでいる程度の国。


 この二年間は領地の内外をひたすら奔走する日々だった。


 閲覧したステータスを元に人材を最適なポジションに配置しつつ、原作知識を生かして新たな人材を登用。


 現実だからこそ発生する諸問題に対処するため、現代知識を生かしての領地改革。


 それらが一段落し、ようやく国外にも目を向けられるようになったのが現在の状況だった。


 原作本編の開始年次まで、およそ三年。


 滅びの未来を回避し、大切な人たちと領民に絶対の安寧を約束する――それがこの俺、ユミリシス・フォン・ヴァッサーブラット侯爵の目的である。


「だからまぁ、弱音を吐いてる時間はないんだよな」


 パシンと頬を叩いて決意を新たにしつつ、領主館に帰還したのち執務室へと向かう。


「アイル、入るぞ」

「あ、御主人様! おかえりなさいませ!」


 声をかけた後に扉を開けると、執務椅子に座っていた割烹着姿の少女が立ち上がり、ミディアムヘアーのピンク髪を揺らして駆け寄ってきた。


「アイルに何か御用でしょうかっ」


 ズレた眼鏡を直しながら疑問符を浮かべている女の子。


 彼女の名前はアイル。内政全般を担ってくれる秘書官だ。


 この地方には本編で没になった設定だけの強キャラがいたはず、と探索して見つけた人材である。


 俺の知識をこの世界で実現可能なものに出力し直してくれるので、早期に登用出来たのは幸運と言うほかない。


「前に話しておいた長期の旅支度、済んでるか?」

「はいっ、もちろんです! いつでも出立していただけますよ!」

「じゃあ明日発つからよろしく頼む」

「もしかして、また女の子が増えます?」

「否定はしないけど、その言い方は語弊がある。優秀な人材に女の子が多いだけだ」


 原作が美少女ゲームだから仕方ない。女のほうが男よりステータスが高く優秀な世界観なのだ。


「まぁ、アイルとしては美少女が増えるので大歓迎ですけど」

「その本性を見せるのは俺の前だけにしておくんだぞ」

「当たり前ですよぅ」


 頬に手を当てて顔を赤らめて、「きゃー」と黄色い声をあげるアイル。頭の中で新たな女の子と過ごす日々を妄想しているのだろう。


「ところで御主人様、護衛はどうします? 武官から誰か連れて行きますか?」

「いや、俺だけで良い」

「普通ならそんな無謀な、って止めるんですけど、御主人様には意味不明な力がありますから大丈夫ですね」


 アイルの言う意味不明な力というのは、俺の持つステータス操作のことだ。


 たとえば――。


【ステータス:ユミリシス・フォン・ヴァッサーブラット】


<能力値>

統率:60

武勇:60

智略:60

政治:60

魔力:60


 これが俺の基本となる能力値だ。他にも適正やスキルがあるが、今回は関係ないので省略する。


 能力値が50あればその分野において生計を立てることが可能で、90以上ともなれば原作ゲームでも限られたキャラしか持っていない世界有数の資質なのだが……。


 ステータス操作を使うと、こんなふうに変化させられる。


【ステータス:ユミリシス・フォン・ヴァッサーブラット】


<能力値>

統率:10

武勇:260

智略:10

政治:10

魔力:10


 原作ゲームにおける能力値上限は100なので、理論上、どんな相手であっても余裕で対処出来るというわけだ。


「それじゃ、アイル。よろしく頼んだぞ」

「かしこまりです!」


 嬉しそうに頷くアイル。どうやら彼女にとって、俺に仕えることは大きな喜びらしい。


 魔獣に襲われていたところを助けたので、吊り橋効果だとは思うが……アイルほどの美少女に好かれるのは、正直、嬉しい。


 アイルの頭を撫でて、「はうぅ……」と真っ赤になる反応に癒やされたあと、俺は執務室を出た。


 夕食はもう終えているので、湯浴みをしたら明日に備えて早めに寝る算段だ。


 前世の死因がエナジードリンクの飲み過ぎと睡眠不足のダブルコンボだったので、この世界では自分なりに健康に気を使っている。


 という事で脱衣所に来て服を脱ぎ、風呂場の扉を開けようとしたところで――何故かアイルまで脱衣所に入ってきた。


「えーと……アイル。どうしてお前まで風呂場に来たんだ?」


「それはそのぅ……お背中を流すことができれば、と思いまして。またしばらく御主人様と離れるわけですし……」


 照れた様子のアイルにこちらまで頬が紅くなる。気恥ずかしいが、嬉しくもあった。


「そうか……それなら、お願いしようか」

「……! はいっ、かしこまりです!」


 アイルが背中だけでなく前も洗おうとしたので慌てて止めたり、その拍子に彼女が転んで割烹着が濡れて目のやり場に困ったり。


 慌ただしいバスタイムだったが、同時に心地良い時間でもあった。


 そして翌朝、俺は領主館を出立し早馬を走らせる事になる。


 原作における最強格の少女たちと、縁を結ぶために。

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