02 阿米也

 長次郎の父・阿米也は、食っていければ充分として、求められた以上の瓦を作ることはなかった。


「父者、もっと……もっと、良いのが作れるんじゃないか?」


不是いいや


 大陸出身の阿米也は、時に漢語を話す。本気の時は、なおのこと。


「我唯知足(われ、ただ足るを知る)」


 阿米也は大陸で凡百の陶工として生きるより、この国(日ノ本)に来て、唯一の三彩の作り手となることを選んだ。

 しかし、それも食うためだった。

 不慣れな地で世話になった比丘尼と一緒になり、長次郎を得たため、なおさら食うために、求められるままに三彩の陶器を作り、それを生業とした。


「父者、それを否定せんけど、おれは……」


「そういうのは、長次郎がやりなさい」


 阿米也は、和語を話す時は丁寧語だ。

 そうすることにより、相手への誠意が伝わるためだと言う。

 つまり、おのれの心を話す時は本気で、長次郎へ向けては誠意で話した、ということだろう。

 そうまで言われては、長次郎としても何も言えない。


「もっと良いの、か」


 自分で言っておいてなんだが、それが何なのかは、わからない。

 ただ、三彩の陶器ではなく、それでいてこの国元来の陶器ではない、何かなのだろうと思う。


「でなければ、今のおれに『わからない』という代物ではない」


 大陸も、この国も。

 長次郎は――すべての陶器とまではいわないが、果ては南蛮の陶器までに知識を得ていた。


「……それも、宗慶の父者のおかげだが」


 宗慶は堺の商人の子だ。

 それも、庶子だった。

 こういう場合、放逐同然に家から出されるものだ。

 そこで、宗慶は「どうせなら」と陶工の道を選んだ。

 それも、阿米也の弟子になることを選んだ。

 ところがこれが父親の意にかなったらしく、阿米也の店に来ては、「これをれ」「これをうてく」と言った。


「父者、恥ずかしいわ」


 さすがに宗慶は照れて、「自分が持ってく」と、逆に目ぼしいものを持って、実家すなわち父の店へ行くことになった。

 阿米也と長次郎は、それを微笑ましく見ていたものだ。

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