守破離

四谷軒

01 長次郎

 長次郎は、おのれの作る瓦に満足した。

 それと同時に不満を覚えた。

 実に矛盾する表現だが、詳しくいうと、瓦としては最高峰の、二彩のものが出来上がったので、瓦職人としては満足したが、同時に、陶芸に生きる者としては、「もっとちがうものができたのではないか」と不満を覚えた。

 何が「ちがう」のかはわからない。

 ただ、「ちがう」というのはわかるのだ。

 ええい、と叫んで、長次郎は京の町を駆け出した。


「誰か、土を運ばんか、土を運ばんか」


 人足を募集する、役人の胴間声が響く。

 豊臣秀吉が関白に就任し、その政務の中心地を京に置かんとして、今、聚楽第なる建物を造っている最中であった。

 秀吉は早く「公家」らしく京に居宅をかまえたいらしく、それはかなり大急ぎに行われていた。


「急げや、急げ」


 そもそも、長次郎の作った瓦──二彩の獅子の像も、それへの瓦として作った。


「求められたから作ったものの、イマイチ好かん。気に入らん」


 長次郎のために瓦の注文を取り、売りに行くことを生業としている田中宗慶などからすると、「さようなこと、言わんといてや」とぼやかれる発言だが、そう思ってしまうのは、詮方ない。


「……チッ」


 二彩の獅子を後生大事にかかえ、聚楽第に納めにいった宗慶をしり目に、長次郎は舌打ちした。

 宗慶もまた陶工であり、焼き物を善くする。

 だからこそ長次郎はそこに期待して、おのれの不満の正体を看破して欲しくてそう言ったのだが、あてが外れた。


「……チッ」


 それゆえの舌打ちである。

 だがそうしてばかりもいられない。

 長次郎の、父・阿米也あめやから受け継いだ、大陸の華南三彩の技は優れたものだった。

 だが、阿米也が現役だった頃に比べれば、二彩三彩の焼き物の希少価値は減じた。

 かつて──長次郎が幼かった頃、戦国乱世の時代は、大陸からそういった焼き物が輸入されず、逆に大陸から阿米也が渡来して焼いた華南三彩の焼き物は飛ぶように売れた。


「それがどうだ。関白さまのもたらした平和は、明から来る焼き物の数を増やした」


 平和による貿易、輸入拡大。

 連動して、その分、阿米也とその息子・長次郎の作る焼き物の価値は下がった。


「幸いにも、父者ちちじゃに弟子入りした、宗慶がうまくやってくれているから……何とかやっていけるものの」


 大陸から本物の華南三彩がどしどし輸入されてしまうと、お手上げではないのか。


「宗慶の父者の伝手があるとはいえ、やっぱりなぁ」


 舌打ちの次は歎息だ。

 とかく長次郎は忙しい。


「……何か、ないか」


 さらにはひとりごちる。

 このままでは、生計が成り立たない。

 陶工としての「不満」の正体を探るのも良いが、何より。


「食っていけなくなる、か……」

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