第4話 希望の大河

 剣を抜いたミラクは不敵な笑みを浮かべた。ミラクが剣を抜いたのを見るのは、初めてだ。

 あの妖しく光る剣――……おそらくは殲獣製だ。

 何かしらの『魔術』が施されている可能性がある。


 私のドラゴン製の槍は、耐久性と攻撃力が普通の槍とは比べ物にならないくらい高くなっていて、魔術的な効果は特に無い。

 魔術が施されていない殲獣製の武器も存在する。


「俺は……今はお前を殺すつもりはない。……お前の動きを封じたら勝ちでいいな?」


 ミラクは蒼龍の上から飛び降りた。風塵が舞うが、音はほとんどしなかった。速く鋭い身のこなしだ。


「あらそう。私は、べつに殺し合ってあげても……かまわないわよっ!」


 私は叫びながら走り出す。しかし、ミラクは動こうとしない。

 ――なぜ?

 やっぱり魔術が仕込んであるのかしら。

 私はある程度間合いを詰めて立ち止まった。魔術を警戒して様子を見ることにした。

 

「ミラク。あんたが剣を抜いたのを初めて見たけれど、殲獣製の武器を持っているなんてね。西部では珍しいわ。ミラクって実は何者なのかしら?」

 

「説明する馬鹿がどこにいるんだ」


「初めて見る魔術なんて不意打ちに近いじゃない。ミラクとはもっと刃を交えるような戦いをしたいのよ」


 不敵な笑みを浮かべていたミラクだったが、徐々に呆れたような顔になっていく。


「さっきから口ばかりを動かすんだな。……怖気付いたのか?」


 あまりにも見え透いた挑発だった。

 それなのに、気がついたら身体が動き出していた。

 挑発に乗って狙い通りに動いたのであろう私を、ミラクは悠々と待つ。

 ――こいつ、舐め腐ってるわね。


「ミラクっ!!」


 走りながら身を低くする。膝下あたりが剣では一番狙いにくいと、ライトから教わったことがある。ミラクに近づいたところで脚を広げてさらに身を屈める。ミラクは剣を私に振り下ろしたが、なんとか寸前で躱す。

 ミラクが剣をまだ引き上げていない隙に、ミラクの頭を狙って槍を突き上げた――。


 ――つもりだった。


「えっ……?」


 気がつくと私は地面に仰向けに倒れていた。ミラクは私の眼前に剣先を向けている。


 ――な、何が起こったの?

 何が起きたのか分からずに、ただ呆然と横たわっていた。 私は確かに攻めていた。でも、実際には私が剣を向けられていた。

 横たわり空を仰ぐ私を、ミラクの影が覆う。


「俺の勝ちだな、サキ。さぁ蒼龍の解体を手伝――」


 ミラクは言いかけていた言葉を止める。

 そして、私の後方を見つめた。


「蒼龍の咆哮が聞こえて――駆けつけてみたら……あなた方は何をしているのですかっ!? 殺し合いなんて……してはいけませんっ!!」


 背後から響いたその大きな声に、私は正気に戻った。

 ――まさか、私はミラクの剣に施された『魔術』にかかっていた?


 幻術の類い、かしら。


「あの、聞いていますか!?」


 混乱の中、再び声がした。声のした方をゆっくりと振り向く。


 重そうな銀色の斧を背負った、赤い髪を低い位置で二つに結んだ女の人がいた。

 背は高く、体格が良い。二十歳前後くらいに見えた。


 ――あの斧は、殲獣製の武器ね。西部で猪型の牙槍以外の殲獣製の武器を、一日にこう何度も見るなんてね。

 

「……誰よ、あなた。……何者?」


 ミラクに負かされたのだと理解した私は不機嫌を抑えきれず、睨みながらその女の人に話しかけた。


「……私はニーナ。冒険者です。あなた方も冒険者ですよね? ご存知ありませんか? ……殺し合いはギルドのご法度ですよ」


 殺し合いなんか見かけても、普通は首を突っ込まない。どうやらニーナというこの女の人は正義感を抑えられない性格のようね。


「……殺し合いをしているのは、そこの馬鹿だけだ」


 ニーナと睨み合っていた中、ミラクがぽつりと言った。


「誰が馬鹿よっ!?」


 ミラクの言葉に咄嗟に反論が出る。


「……その、仲の良さそうなご様子……」


 ニーナは顎に手を当てて考え込むようにしている。


「は? 仲が良い? 私とミラクが?」


 ニーナはとんでもない勘違いをしているようね。


「すみません、私の早とちりだったようですね。……お嬢ちゃん、お兄さんの言うことはきちんと聞かないとダメよ?」


 誤解だ。どこをどうすれば私とミラクの仲が良いように見えるのよ。そして、どこをどう見れば私と根暗そうなミラクが似ているの?


「私とミラクは、ちょっと一緒に行動していただけで……赤の他人よ! 兄妹なんて誤解だわ!」


 私はそう否定した。だがニーナは「まぁ。反抗したくなる年頃なのね。わかるわぁ。わたしにも姉がいるけれど、そんな時期があったわねぇ」と、まったく聞く耳を持たなかった。

 ……完全に誤解されているみたいだ。


 私たちが殺し合っていたわけではないと勝手に結論づけたニーナは落ち着いたようだった。

 毅然とした態度で現れたニーナだったが、今は穏やかな雰囲気を纏っている。


「斬り合いを始めようとしたあなた方が目に入って、思わず声を掛けてしまいたが――」


 ニーナは穏やかな表情を浮かべていたが、一呼吸だけ置いて再び神妙な面持ちになる。


「――蒼龍が、死んでいますね? ……あなたが蒼龍を殺したんですか?」


 ニーナは、ミラクに向かって言った。


「いや、俺ではない。蒼龍を殺したのはそこの餓鬼だ。……戦ったのも、ほとんどその餓鬼だけだ」


 しかし、ミラクは首を振って否定する。

 ああそっか。ミラクは蒼龍を狩れるほど強いとバレたくないのよね。


「えっ、お二人でではなく……そこのお嬢ちゃんだけで!?」


 ニーナは驚いた声を上げた。


「そうよ、私が倒したの! 私の故郷の村まで噂が回ると嬉しいから、存分に噂を広めてくれていいわ! ……でも、お嬢ちゃん呼びは止めてよね。私の名前はサキよ。……ついでにそっちはミラク」

 

 ミラクも喉を斬ったけれど、あれは私の邪魔をしただけだし、本人が隠したがっているのだから、わざわざ言ってこれ以上にニーナを困惑させなくてもいいわね。


「まあ。驚いたわ。そうだったのですね。蒼龍のことは、実は――……」


 口に手を当てながらニーナは語り出した。聞けば、ギルドに蒼龍の討伐依頼を出したのはなんとニーナらしい。


 旅の途中、この岩場の南にある村で、近くの岩場からドラゴンらしき呻き声が聞こえるから見てきてほしいと依頼されたそうだ。その村は辺鄙な場所にあり、ニーナはひと月ぶりに訪れた冒険者だったそうだ。

 

 ニーナは、見るだけならばと依頼を受け、そこに蒼龍がいることを知った。そして村人たちに相談してドラゴンの討伐依頼を出すことにしたのだという。

 昨日の夜にフクロウ型の殲獣の足に手紙を括り付け飛ばした。そのフクロウ型が、私たちが泊まっていた宿がある村のギルドに今朝早くにたどり着いて、依頼が張り出された。


 今朝、その貼り紙をミラクが見つけたというわけだ。


「私の出した依頼を受けたのですよね。でしたら、報奨金はギルド経由ではなく、直接お渡ししましょうか?」


 話し終えたニーナは、良い案を思いついたと言うように両手を合わせて言う。


「お前今、金を持っているのか?」


 ニーナの提案にミラクは疑問を抱いたようだった。たしかにニーナの手荷物は少なく、蒼龍狩りに見合った対価を持っているようには見えない。


「私が最初に依頼を受けた村まで来てくださったら、村長さんが払ってくれますよ。急いでフクロウで依頼したので、ギルドには後払いにしてあるんです」


 なるほど、そういうわけなのね。ギルドは冒険者と依頼者の仲介役を担う役割もあり、依頼者と冒険者が直接やりとりするようになった場合は報奨金を直接受け取ることも認められている。


「それなら、村に行ってみたいわ!」


 こうして私たちは、その村まで向かうことになった。


 

 

「ところで、サキちゃんとミラクさんは都を目指しているんですよね?」


「そうよ。ニーナもそうじゃないの?」


「……私には目的地は無いんです。西部を当てもなく旅をしているんです」


「都に向かわない冒険者なんているのね」


「実は、文官志望だった姉から聞いた話なのですが……都は西部の人たちが思っているほど良い場所ではないんですよ……特に人族にとっては」


 村への道中で、ニーナは都の話を語り始めた。文官志望であったニーナの姉は登用試験のために都を訪れたことがあり、ニーナは姉から都の様子を聞いたのだという。


「そうなの? 都では特に亜種族と人族の仲が悪いとは聞いているけれど、帝国の皇帝は人族なのよね?」


「はい……。名目上は、そうですね。五十年前の大陸戦争の結果は『人族の王を皇帝とした大陸帝国によって各種族の国を統合された』ということになっています」


 ニーナの言うことは、私が村で教わった通りのことだ。


「ですが、帝国の実態は、『亜種族が人族を支配しているだけ』です。傀儡の皇帝をえて、人族を間接的に支配しているんですよ」


 さらにニーナは話を続ける。


 それは、まとめるとこんな話だった。

 およそ五十年前、亜種族たちは、人族の直接支配を目指して戦争を仕掛けた。

 亜種族たちは、突如世界に現れた殲獣と呼応するかのように増幅した各亜種族ごとの固有の特殊能力と、殲獣を利用した『魔術』に驕り切っていたという。

 しかし、人族の人口の多さゆえに亜種族は思いの外の長期戦を強いられて苦しんでいた。

 

 そしてついに、後に『帝国建国の英雄』と謳われることになる若き将軍ライトの凄まじい戦果を見た亜種族たちは、人族を侮っていたことを悟った。

 

 最終的に、亜種族たちは人族の直接支配こそ諦めたものの、人族の王を傀儡くくつとして皇帝に擁立した。間接的に人族を支配することにしたのだという。

 

 そうして五十年前に建国されたのが、私たちの暮らす大陸帝国だ。


「……ライトってたしかに強いけれど、帝国の歴史にそんなに深く関わっていたのね」


 亜種族と人族は仲が悪いということは知っていたが、背景まで踏まえた帝国の歴史は初めて聞いた。

 頭がいっぱいになった中なんとか絞り出した感想に、ニーナはきょとんとした顔をした。


「……ライトって……まるで人族に英雄とたたえられたライト将軍を知り合いみたいに言うのですね」


 知り合いもなにも、ライトとはずっと一緒に暮らしてきたのだけれど。


「ニーナ。ライトは私の親父なのよ」


 私がそう言うと、ニーナは驚いた顔をする。

 ミラクの表情は読めなかったが、微かに目が見開かれた気がした。


「……サキちゃん? 面白い冗談だけれど、その冗談は控えたほうがいいわ。……西部では特に良く思わない人が多いわ」


「冗談なんか言わないわ。私はシャトラント村でライトに育てられたのよ」


「俄には信じ難い話ですね……」


「えー……本当よ?」


 ニーナに説明したが、半信半疑のようだ。

 信じてもらえず不貞腐れて足を早めた。

 ニーナと距離ができると、黙って私たちのやり取りを見ていたミラクが歩み寄ってきた。「なによ」と悪態をつこうとしたが、その間もなくミラクは私の耳に顔を寄せた。


「良い噂が出回りそうじゃないか。建国の英雄の娘。槍術の達人。蒼龍狩り。……事を荒立てない為にこの場では言わないでやるが、その外套の中身も……。まぁ隠れ蓑としては優秀だな」


「ちょっとミラク!」


 耳打たれたのは、ニーナに聞かれると私が吸血鬼族の血を流すと悟られかねない内容。そして明らかに悪意がこもっていた。私は応戦して、肘でミラクの鳩尾みぞおちを狙う。

 だが、ミラクは難なく躱した。

 本当に気に食わないわ。


「あらお二人とも、内緒話ですか? ふふ、仲が良くていいですね。実は、私も姉と同じように文官を目指していましたが、姉から都の話を聞いて文官になることを諦めたんです。そして冒険者になってからは、ずっと一人旅なのでお二人が羨ましくなってしまいます」


 私たちのやり取りを戯れあいか何かと勘違いしたのか、ニーナは目を細めて微笑ましいものを見るように笑った。

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