第3話 ドラゴン狩り
「言葉のとおりなかなかやるわね、ミラク!」
私たちはドラゴンのいる岩場を目指して、森の中を駆け抜けている。
枝を避け、槍の石突で押して道すがらの猪型の殲獣をいなす。ここ数日おあずけだった分、普段よりも戦闘への興奮が大きいわね。
宿を出たときは早朝だったけれど、今は太陽も高く昇り、少しずつ暖かくなってきている。
ちらりと横を走るミラクに目をやる。
――この殲獣だらけの森で、私に遅れずについてくるなんて、やっぱり、只者ではないわね。
「宿でも言ったけれど、私は駆けっこでも負けないから!」
そう宣言して、さらにペースを上げる。
「待てサキ。お前は道を知らねえだろうが」
ミラクは駆けたまま黄色の瞳だけを向けて、横を駆ける私を見る。
「はあ? このまま行けば着くんでしょう?」
たしかに、私は道を知らない。
でも、ずっと道なき森をまっすぐ走っているから、このまま直線的に進んだら着くんだと思っていた。
「……もう着いた。そこの崖下の岩場だ」
そう言ってミラクは急に立ち止まった。
――私たち、かなりの速さで走っていたはずなのに。
「え、ちょっと……! そんな急に……止まれなっ! ――痛ぁ!」
立ち止まれず――私は勢い余って目の前の木に衝突してしまう。ミラクはどうして、わざわざ急停止したのだろう。
「……っ……おいミラク……あんた、わざとね」
ミラクの口元には揶揄うような笑みが浮かんでいるのが見えた。
痛む鼻を抑え、ぶつかった衝撃で落ちてきた木の葉を払いながらミラクを睨み付ける。
――わざとに違いないわ。最初に腕を踏みつけられた分も含めて、ドラゴン狩りが終わった後は、決闘で借りを返してやる。
「何のことだ? それより見ろよ、いるぜ」
「……!」
とぼけたことを言うミラクの視線につられて横を見る。木々が絶えており、明るい。しばらく横に行ったところが崖になっていた。ドラゴンが棲みついているのであろう、その崖の下の岩場を覗き込む。
澄んだ風が吹き抜けた。
ミラクは振り返り、口を開く。
「改めて聞こうか。かつてのドラゴンとの戦闘は、楽しかったか?」
「当然よ。……だけど、このドラゴンはその比じゃないようね。……稀種だわ」
ドラゴンは、蒼かった。幻獣型の殲獣”ドラゴン”の稀種、蒼龍。
その蒼い炎の息吹は、一般的な赤いドラゴンの炎より遥かに熱く、蒼い翼が天に溶け込んで見えるほど素早いという。
蒼龍は悠々と岩場で寝ている。
「……ミラク」
「何だ」
「……とっても、楽しい戦いになりそうね」
ミラクは満足気な顔を見せる。
「蒼龍を見て逃げ出すようなら、お前を殺して、その翼をはした金に変えるつもりだった」
「……そう」
ミラクの目的は私を隠れ蓑にして、目立たずに危険度の高い殲獣を倒し、金を効率よく稼ぐこと。
ミラク本人がそう言っていた。
それができなければ、私を殺すことも本当にミラクは厭わないのかもしれない。
「私は、少なくとも決闘までは、あんたと行動を共にしてあげるわよ」
私は、ミラクのようなクズとは違う。
不意打ちで勝ったことをいつまでも擦り、私を利用しようとするようなミラクでも……。
強者として、戦闘で私を楽しませてくれるのならば、すべてを許してあげてもいい。
強いだけというわけでもない。蒼龍の情報を入手してくるところとか、なかなか使えるところもある。
「先手は譲ってあげないわよ。私から行くわ」
肩に担いでいた槍を両手で構えて宣言する。
「いいぜ。合わせてやる」
ミラクは腰の刀を抜いた。いつもより声の調子が高い気がした。
腐っても冒険者を自称する者として蒼龍相手は、興奮するのかしら。
だとしたら……ちょっと癪だけれど、好感が持てるわね。
蒼龍という強敵相手に昂る気持ちは、よく分かるから。
だが、その溢れる高揚感は抑える。
――ライトの教えでは、戦闘を楽しみすぎるのは私の欠点らしい。
楽しんでこその戦闘だと思うのだけれど、この蒼龍を狩ったあとにはミラクの相手をすることになっている。
そのことを考えると、蒼龍に負傷させられるのは避けたい。
だから私は努めて冷静に、崖の下の蒼龍を見据える。
ギロリ
蒼龍の目が開く。こちらの存在を気取られた。全身の毛が逆立つ。
「――蒼龍っ!! 相手に不足はないっ!!」
槍を地面に刺し、スピードを調整しながら崖を一気に駆け降りた。
蒼龍は咆えた。かなり離れているのに、その蒼い炎の息吹は熱い。
「……ッ!」
頬を掠めかけた炎を避けて距離を縮める。
かつて戦ったドラゴンよりも、速いっ……!
寸前で槍で受け止めた爪は、かつてのそれより重かった。
一瞬の油断も許されない戦闘。
目が冴え、自分のものとは思えないような笑いが溢れる。
「アハハハハっ! なかなか楽しませてくれるじゃない……!」
後退して、蒼龍の足蹴を受け流す。
体勢を直して、反撃に転じようとした。
そのとき、背中に衝撃が走る。
「……っ……!」
「囮、ご苦労だったな。サキ」
何が起きたのか分からなかった。戦いに夢中でミラクを気にしていなかった。
起きたことを理解したときには、すべてが手遅れだった。
――ミラクは体勢を直す私の背中を踏み台にして、蒼龍の喉元を斬った。
そこから蒼龍は暴れたが、狙いが雑になっていった。そして、決着はすぐに着いてしまった。
私たちの勝ちだ。
蒼龍の喉元を斬ると、もう終わりだとばかりに背を向けて下がっていったミラクの代わりに、私が暴れ狂う蒼龍にトドメを刺した。
なんと後味の悪い戦いだろう。
蒼龍が倒れたのを確認してから、ミラクは黙って蒼龍の死体に登って、鱗や牙などの解体を始めた。
高値で売れる部位を店やギルドに運ぶためだ。ミラクは、名を上げたくないから、私の名前を使って。
ミラクは茫然と蒼龍の死体を見つめる私には、目もくれない。
「ミラク」
「何だ? しつこく言っている決闘なら、後にしろ。せめてこいつを売り捌いて金にしてからだ」
ミラクは蒼龍の上で作業を続けながら答えた。
「どうして邪魔をしたのよ?」
「邪魔だと? 効率よく共闘しただけだろう。……まぁ、お前の槍術は期待以上だった。俺の隠れ蓑としてその調子で頼むぜ」
ミラクは、最後まで私を見ずに言い切った。
思わずため息がこぼれる。
蒼龍の血に塗れた愛槍を払って血を落とした。私はひとまず、蒼龍の解体を手伝うことにした。
蒼龍の鱗は日に照らされて輝いている。
森を駆け、そして殲獣を狩る。
殲獣を売り、金を稼ぐ。
――冒険者らしいと言えば、そうなのだけれど。
足元に落ちていた蒼龍の鱗を手に取り、日にかざす。
まだ日は昇りきったばかりだ。
鱗は蒼く煌めいていて、とっても綺麗だ。
私は人生二度目のドラゴン狩りを成した。それも、蒼龍。
もしかすると、たった二人で、しかもこんなに短時間で蒼龍を狩るなどちょっとした偉業かもしれない。
蒼龍の身体を売り捌くと、明日には近隣の村々に噂が広がるだろう。
槍術の達人の美少女が、蒼龍を討ち取ったとして。
――シャトラント村にも、きっと噂は届くわね。
ライトや村のみんなは、きっと喜んでくれるわ。
そう考えると良い気分になってきた。
「フフ…」
名は、都シュタットで軍に入ってから上げるつもりだったけれど。
まあ少し早まっただけね。
ドラゴンのことは消化不良だけれど、名も上げられそうなことだし、欲求不満はこの後のミラクとの戦いで解消してやればいいわ。
――ミラクは、狡猾な戦い方をするわよね。これまであまり戦ったことがないタイプだわ。
蒼龍の上で作業を続けるミラクを見ながら思う。
……ミラクから不愉快そうな視線が、返ってきた。
私たちは数秒間何も言わずに見つめ合う。
ミラクは、足場としては不安定であろう蒼龍の上で難なく立ち上がった。
――おそらく、私の戦意を見抜いたんだ。
槍を握る手に力が入る。
「……ミラク、今すぐに私と決闘してくれるなら、蒼龍との戦いに水を差したこと、許してあげるわよ?」
「……お前のうるさい口を閉じて解体作業を手伝わせるには、その決闘とやらが一番早いのか?」
そう言って、ミラクはついに腰の剣に手を掛けた。
「……乗り気になったのね」
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