第2話 冒険者

「俺は大河を渡って都へ行くつもりだ。……西部の冒険者の多くが、そうするようにな」


「そうなの。私も目的地は都よ」


 出会った日の夜、焚き火を挟んでそんな会話をした。

 私は最初、ミラクのことを警戒して眠らなかった。



 宿の雑魚寝部屋など、人目がある寝床でのみ眠る日々が数日続いていた。



 ……そんなある日、私はうっかり野宿で木に寄りかかって寝てしまっていた。

 目が覚めたときは焦って、すぐに身の回りを確認した。

 でも、何も失くなっていなかったし、私も怪我の一つもしていなかった。

 

「……ミラク。あんたは亜種族を殺して売り捌くような生活をしているんじゃなかったの……?」


 木の裏側で荷物をまとめていたミラクに、木の幹から頭だけのぞかせて尋ねた。


「お前みたいな餓鬼にばれるようにはしないさ」

 

 ミラクは怪訝そうに答えた。ミラクは、なんだか掴みどころのない奴だった。

 

 

 少なくともここ五日間は、ミラクと私は、掃いて捨てるほどいるような冒険者と遠くない生活を送っている。


 私は、ミラクがギルドから受ける依頼に付いて回っていた。ギルドとは冒険者組合の俗称だ。冒険者はギルドで依頼を受け、金を稼ぐ。

 

 私はまだギルドに登録していないが、ミラクは、偽名を使って登録しているようだった。――何のためかしら。


「ねぇミラク、もっと楽しそうな依頼を受けない? たとえば……そうね、ドラゴン狩りなんてどうかしら!」


 ……実力の底は見えないのだけれど、ミラクほど強ければ、いくらでも割の良い依頼がありそうなものだった。


 それなのにミラクはなぜか、殲獣のいる場所での薬草採取だの、交易商の一晩の護衛だの……地味な依頼ばかり受けている。

 私は腕の完治まで緊急のとき以外は戦闘は避けているけれど、地味な依頼ばかりだと、見ているのも退屈だった。


「ミラク、なんとか言ったらどうなの?」


 何も答えないミラクに詰め寄って言う。


「……黙っていろ役立たず。ドラゴンの依頼なんか、滅多に無ェんだよ」


「あぁ、そういえば、ドラゴンが出たみたいな噂は聞かないわね」


 帝国西部で、単独でのドラゴン狩りを成すことができる者など、おそらく数十人程度。

 都から派遣されている駐在騎士を考えても、ギリギリ三桁いるかどうかだろう。

 だから、普通の村人にとってはドラゴンとはかなりの脅威だ。

 

 よく考えてみれば、そんなドラゴンが近辺にいるなんて噂が流れたら、私も少しくらい耳にするはずだ。


 ……どうやら村の外でも、ドラゴンとは滅多に出会えない存在であるらしい。


「……でも、せめてミラクの強さを活かせる依頼にしたらどうなの? どうして地味な仕事ばかり選ぶのよ?」


「……」


「ねぇ! ミラク!」


「……」


 ――また、返事をしてくれなくなった。


 もしかして、ミラクは目立つと不味いことでもあるのかしら。

 ……まぁ、あるんでしょうね。


 私と出会った日のクズっぷりから明らかだ。きっと、誰かに命を狙われているんだわ。


 退屈のあまり、私はそんな冗談めいた考えを浮かべていた。

 


  *



 小鳥の鳴く声で目を覚ました。


「……うるさいわね」

 

 ――久々の一人部屋だからかぐっすりと眠っていた。

 寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと身を起こす。

 ……気分が悪いわ。もう少しだけ寝ていたかったがけれど、もう日が昇っている。

 この宿のやたら早い朝食に間に合わなくなるから、起きなければならない。


 目を覚ますため、腕を思いっきりに上げて伸びをする。

 

 ――腕が、痛まないわね。


 思わず笑みが溢れた。気分が悪いなんて、間違いだった。――とてもいい気分だわ。


 ――普段通りに腕を使えるまで回復している!


 昂った気持ちを抑えられず、ベッドの上に立ち上がる。

 古い宿のベッドは大きく軋んだ。カーテンを開き、朝日を浴びる。


 拳を数回握りしめる。

 ……よし、この数日散々我慢したんだもの。早速、ミラクと戦おう。

 ミラクは実力の底が見えない。一体どれほど強いのか……楽しみだわ!


 寝衣を脱ぎ普段着にしている戦闘服に着替える。

 そして、黒い翼を隠すために、外套を羽織る。

 村を出たときの、ライトの言い付けのとおりに。


 ――人前では黒い翼のことがバレないように、もっと気をつけよう。


 ミラクに奇襲されたことを踏まえて、私は翼を隠すことに村を出た時よりも気を張るようになっていた。


「……。ミラクはもう起きているわよね」


 ミラクはいつも早起きだから、きっともう食堂にいるわ。

 そう思い、私は食堂に向かった。



  *



 ダンっ! と大きな音を響かせて宿の食堂で、ミラクの座る席の前に朝食の盆を置いた。


「相変わらず早起きね、ミラク!」


「……いつにも増して騒がしいな」


 珍しく返ってきた返事にますます気を良くして、私は溢れ出る高揚感を抑えずに告げる。


「私、腕が治ったのよ! だから朝食が終わったら、表に出てよ。決闘を申し込むわ!」


 ミラクはいつもの冷めた黄色い瞳で私を見上げる。


「断る。表にはサキ一人で勝手に出ていろ」


「は……はあぁ!?」


 頭に血が上っていく。決闘ではいくつかの仕返しも込めて強めに殴ろう。

 そう思い、勢いよく座って朝食を流し込む。


「相変わらず、吸血鬼族が人族の食事をしているのには違和感があるな」


「……ウ……けほっ……ちょっとミラク! こんな場所で……吸血鬼族とか、言わないでよ……!」


 唐突なその言葉に、流し込んでいた酸い果実の汁ジュースをむせ返した。

 小声でミラクに注意して、傍に立て掛けておいた槍に手を伸ばす。


 警戒して辺りを見回す。数人の冒険者が私たちと同じく朝食をとっていたが、私たちの会話は聞こえていないようだった。

 いつの間にか朝食を終え、刀を弄っていたミラクはまた、口を開く。


「……腕が動くなら今日は働け。仕事がある。せめて生かしてやった分の働きはしろよ」


「なに言ってるのよ、腕が治ったんだから、今日は決闘するのよ!」

  

「……そんなに決闘がしたいのか?」


「当たり前でしょう? 私より強いかもしれない奴なんて、村を出てからは初めて出会ったんだもの。決闘するために、私は今日までミラクに従っていたのよ」


「そうか。決闘が優先か。だが、それは今日の仕事が……ドラゴン狩りでもか?」


 ミラクは事もなさ気に言った。


「……え……ドラゴン!?」


「そうだ」

 

「……でも、ドラゴンが出たなんて噂、私は聞いていないけれど」


「明け方にギルドに行ったら、ドラゴン狩りの依頼が貼ってあってな。……少し遠くの村の岩場で出たらしい。すぐに依頼の貼紙を剥がしたから、俺以外は見てない情報だろうな」


「……ふーん。ドラゴン狩りだなんて、急に派手な仕事をする気になったのね、ミラク」


「……まぁな」


 ここ数日、ミラクと行動を共にして分かったことがある。

 ――ミラクは目立つのを嫌っている。

 だから、ミラクはいつもの通りならば、地味な依頼ばかり選び、ドラゴン狩りなんて派手な依頼を選ばない。


「……ドラゴン狩りの噂を、私に押し付けたいってわけかしら」

 

「……普段は回らねぇ頭も、たまには機能するんだな」


 ミラクがなぜ、ドラゴン狩りの依頼を受けることにしたのか。

 ――ミラクは、腕が治って戦えるようになった私がドラゴンを狩ったという噂を流せば、ミラク自身の噂は流れないと考えているんだ。


「そうだ。派手な仕事をする際の隠れ蓑としてお前は働け」


「……」


 私がミラクと行動を共にすることを決めたのは、あくまでも、全快してから思いっきりミラクと戦ってみたかったからだ。

 利用されるなんてことは、まっぴらごめんよ。――だけれど。


「ドラゴン、か」


 思い返しただけで、感嘆してしまう。


 村を発つひと月前。そのころ、村から数刻の岩場にちょうどドラゴンが一体住み着きだしていた。

 そこで、ライトは、幻獣型の殲獣であるドラゴンを狩ることを都シュタットへの旅を認める最後の条件として示した。


 そのドラゴンとの戦闘を思い出す。

 あの咆哮。あの爪。あの牙。

 あの炎の息吹。あの紅蓮の翼。

 でかい図体のくせして、あんなに速く飛び回っていた。あの重い足蹴は、なかなか効いた。

 

 いつのまにか、槍を手にとり立ち上がっていた。


「とっても楽しい戦いだったわね。……ふふっ。……――ん?」


 ……四方から視線を感じる。見回すと、まわりの連中から気味の悪いものでも見るような目を向けられていた。

 「何かしら」と不機嫌さを隠さずに言うと、集まっていた視線は徐々に散る。


「……前に狩ったドラゴンは、手強かったわね。鱗はかなり硬くて、私のかつての愛槍が、ダメになったりもしたものだわ。最後は私が勝ったんだけれど」


 気を取り直して、席に座りながら言った。

 今の私の愛槍は、かつて狩ったドラゴンの牙槍。その白い槍を握りしめる。

 たったひと月ほど前だけれど、なんだか懐かしいわね。

 

「……でも、この辺りにドラゴンが住み着くような岩場があったかしら」


「三つ先の村の岩場にいるらしい。今から森の中を突っ切って行けば、昼過ぎには着くだろうな」


 なんというか頭の悪い奴隷に苛立ちを隠せず接する主のような口調だった。


「……たしかにドラゴンも魅力的だわ。……でも! 惑わされないわよ、ミラク! あんたそう言って私との決闘をうやむやにしようとしていない?」

  

 ミラクをじっと見つめてみると、ミラクは呆れたような眼差しを返す。


「やりたがっていたじゃないか、ドラゴン狩り」


「うっ……それは、そうなんだけれど」


 ミラクと出会うまでは、私より強いかもしれない奴と西部で出会うことなんて、期待していなかった。

 強者との戦闘は都シュタットで軍に入って楽しむつもりで、西部では殲獣狩りを楽しむつもりでいた。


「……でも、今はミラクとの決闘が一番の楽しみなの。譲れないわ」


 そう。決闘のためにミラクなんかと何日間も過ごしたんだ。やはり決闘だけは、譲れない。

 その思いを込めて睨みを強めると、ミラクはついに諦めたようなため息をついた。


「……仕方がないな。条件を出そう。ドラゴンを狩り終われば、お前の言う決闘に付き合ってやる」


「……え!?」


 ミラクがため息混じりに言ったそれは、願ってもいない条件だった。私が楽しみにしていた二つが、どちらも叶う。


「……ほんっとうね!? もちろん、いいわよ! ……言っておくけど、撤回なんてさせないわよ。そうと決まれば、早くいきましょうっ」


 あまりに魅力的な条件に、私は、はやる気持ちを抑えられずに席を立つ。


「さぁ、ミラクも行くわよ!」


「……調子の良い餓鬼だ」


 宿の料理人に礼を言い、盆を返す。この宿の料金は前払いで既に支払ってあるから、宿の入り口の受付で、宿の主人に「世話になったわね」とだけ声を掛ける。


「ミラク、森の中では走るけど遅れないようにしてよね」


「弱い奴はよく吠えるな」


「……弱いかどうかは、この後はっきりするはずよ」


 村を出たとき。

 西部で私を組み伏すような強い奴と出会うなんて、考えてもいなかった。脅されて、共に行動するようにまでなるだなんて、なおさらね。


 何もかも予想外。――なんだけれど……。ここ数日間は……なんだかんだ楽しかった。

 戦闘はおあずけだったし、ギルドでの依頼は地味で退屈なものが多かったけれど、垣間見えるミラクの強さと計り知れなさに期待させられている。


 ――ドラゴン狩りとミラクとの決闘を、目一杯、楽しもう。

 そう心に決めて、私は宿を出た。ミラクも私に続く。


 肌を撫でる山沿いの宿の早朝の空気は冷たかった。

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