第26話 ガー(1)

 あら? 騒がしいから、あの子が来てくれたのかと思ったら、別のお客様だわ。


 毒沼から、一人の美女に続くように、美女の群れも続々と這い出してきた。姿形(すがたかたち)は、全てユリの好みであり、どこか理想の女神である母エリを模範としていた。中でも一層の異彩を放つ美女は、毒沼ガーの権化体(ごんげたい)である。権化とは、本体は毒沼なのだが、人型に権現した姿の物を言う。


 退(の)け! 蜂よ! 巣に帰れ!!


 ガーと似姿たちは、煙を含む風を巻き起こす! 突風と言って良い風だ。


 うっ! なんだ!? この風は??


 ガーと取り巻きの存在に気が付いて居ないアーリは、突如撒き起こったフェロモンを含んだ煙の突風に吹き飛ばされた攻撃蜂たちの体当たり攻撃の洗礼を受けてしまう。


 アテテテッ!


 風が収まると、地面に落ちた虫たちは、死んでは居ないので、三々五々に元いた巣に向かい、立ち去って行った。


 虫たちが去ると、アーリの前に霧の中から美女たちが現れ、誘惑するように、アーリの周りに取り付いた。


 おほっ。蜂なんぞは、怖くないが、可愛い子ちゃんの大群は怖いねぇ、とアーリも満更でもなさそうに、おちゃらけて見せた。性欲などと言う欲望の源泉は、生殖機能にあるのだが、悪魔ほどの悪党になると、それも関係ないらしい。欲望は欲望のまま、悪として存在するのだった。


 毒沼のガーは、自らの形を持たぬ泥である。繰り返すが、今の美女たちの形は、ユリから与えられた形である。しかし、普遍的な理想であるエリを雛形としていた所為か、それはアーリをドハマりさせた。


 うほほ、皆んな、皆んな、可愛いねぇ。アーリは、鼻の下を伸ばしっぱなしだ。下もえげつない勃起を決めている。


 相手を選ばず、下品な舌をベロベロと伸ばすアーリを置いて、突如、取り巻き女たちは、一斉に平伏し、一人の女性を表出させる。


 貴方は、どなた? 秘密の道を通って来られたところを見ると、あの子の縁者かしら? あの子は、どこ?


 愛しのユリの来訪と思っているガーは、ユリを見つけるのに懸命だ。


 そもそも、ガーは、見慣れぬ天使などという属性も殆ど知らない。見た目からして、黒尽くめの不審人物なのだが、ガーには、そんなことはどうでも良かった。沼であり、地べたであるガーには、関係が無いのだ。外界などは、縁が無いのだから、仕方のないことだった。ただ、天界などと言うところは、自分勝手で自由なものだから、また、その延長なのだろう、などと理解していた。






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