第3話 霧

 高い壁を越えて、霧が楽園に侵入したことがあった。霧は、ヌーと言い、老人の姿を取っていた。だから、高い壁を越える体力も、堅い壁を壊す力も有るようには見えなかった。しかし、明らかに壁外の来訪者だった。ユリに取って、初めての他人だった。


 ユリは、様々な質問をしたが、ヌーは笑顔で、それに応じるだけだった。ユリのヌーが持つであろう秘密の探求は、尽く空振りに終わった。


 ヌーは、暫くすると、ヌーはユリにあれこれと物乞いをし始めた。ユリは、出来うる限り楽園から物を持ち出して、それに応えた。高い壁を越える秘密を知りたかったから。


 しかし、楽園での一時の満足を終えると、要求が出尽くしたのを期に、ヌーは、壁を越えるというユリの希望に答える事なく、突如として去って行った。何の痕跡も残さずに。文字通り、霧散したのだ。老人の姿を取った、それは、ユリの目の前で満足げな高笑(たかわら)いの余韻を長く響かせていた。

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