第2話 楽園と毒沼

 壁の内側には、花園があった。とても美しい花園だ。エリとエリの侍従達の世話する花園。ユリは、そこが好きだった。美しい花たちは、香しい芳香を放ち、華美な装飾はユリの目を和ませた。果実を実らせる果樹たちは、時に美味しい果実をユリに、もたらした。甘い果実だ。


 壁の内側には、危険なところもあった。毒沼だ。毒沼それは、母であるエリに立ち入りを禁じられた場所。毒沼は、腐臭を放ち、ユリを不快にさせるだろう。足を取られれば、何処までもユリを飲み込み、遂には命を奪うだろう。エリには、それが推察が出来たので、ユリに丁寧に教えていた。


 しかし、壁の外に出ることの出来ないユリの好奇心は、毒沼に向かう事になる…。


 沼には、様々な生物が生きていた。見たことのない奇怪な植物や昆虫。神の手の入らない、これはこれで美を演出していた。自然の美だ。ユリは自然の美に酔いしれた。エリの目を盗んでは、毒沼へと足繁く通った。


 毒沼は、厳しい壁とは違いユリに優しかった。強いることはしなかったから。全てユリの意思を尊重した。曲のある腐臭も魅力あるものに変えるように、努力すらした。


 ユリを自らの奥地に引き込むために。それが毒沼なりの愛だった。


 しかし、ユリは賢明で、自らの生命を守る為に、そして、エリの言いつけを守る為に、毒沼の致命的な誘惑に掛かることは無かった。


 臆病さは慎重さに通じる。ユリは、毒沼では努めて賢明に振る舞った。そこには、強制は無かったから。壁の内側では、ユリは小さな王だった。ユリの前では、全ての者は従者だった。欲しい物を欲しい時に取り、自在に捨てた。そして、一時の鬱憤晴らしをすると、ユリはエリの待つ楽園へと帰って行った。


 それがユリの日常だ。

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