第27話

 ――――夜空に閃光が、炎が、雷が奔る。


 空を駆け、亜音速で飛び回る僕のすぐ横を掠め、空の彼方に消えていく。


 その一つ一つに莫大な魔力が込められており、直撃したらタダでは済まないだろう。


「逃げ回ってばかりですか? もしや魔力切れを狙っているわけではないでしょう?」


 僕の後方を飛ぶシレンダさんが、自身の周囲にいくつも張った魔法陣に魔法を放つ。


「まさか。何万発撃っても、尽きないでしょ?」


 途端に僕の前方に現れる魔法陣。そこから放たれた水の刃を、身を捻って躱す。


「では何が狙いですか? それともやはり、降参を選びますか?」


 今度は僕の真下に現れた魔法陣から、龍の姿を模した雷が空に駆け上る。


「あはは、まさか」


 急減速から反転。シレンダさんとの間合いを一気に詰める。


 だがそれに気付いたシレンダさんは、瞬時に転移魔法を展開し、僕との距離を取った。


(接近はしてくれない、か。用心深いな)


「さっきみたいに抱き締めてくれないんですか? 僕のこと、嫌いになっちゃいました?」


「見え見えの挑発ですね。体術で上回るアルク君にみすみす近付くはずないでしょう」


 距離を取りながらも淡々と返される。あれだけの魔力を纏いながら、その表情に油断は欠片もない。


(だったら……)


 魔力を血に変換。周囲に霧状にした血液を広げる。


「目眩しですか。だけど無意味です」


 今度はシレンダさんの手から直接放たれた暴風が、血の霧を消し飛ばしていく。しかし僕は既にそこにいなかった。


「……どこに……はっ⁉︎」


「――おしい」


 僕の手がシレンダさんの背中に触れる直前勘付かれた。咄嗟に飛び上がったシレンダさんは身を翻し、灼熱の炎を僕に放つ。


「直撃――――ですが今のは」


 肉の焦げる臭いが周囲に漂う。溶けた服と皮膚が混ざり、もはや熱さすら感じない、むしろ心地いい激痛が僕の全身を襲う。


「ダメじゃないですか。ちゃんと魔力を込めないと、ただの炎じゃ僕は倒れません」


 再生。ティア様から頂いた服も元通り。


 白煙が風に流れ、再びシレンダさんと対面する。


「……そうでしたね。私としたことが迂闊でした」


「あはは。――なんて、僕も気を引き締めます」



 ――気付いたことがある。


 シレンダさんの魔力量は確かにティア様のそれだ。しかし繰り出してくる魔法は、シレンダさんが元々使っていたものばかり。ティア様が得意としていた超範囲殲滅魔法や極大消滅魔法は使えないようだ。


 それでもあのデタラメな魔力で強化された魔法は脅威だが、シレンダさんの動きと魔法陣の位置に気をつければ避けれないことはない。


 かと言って近〜中距離に至っては、ティア様直々に鍛えられた僕に分がある――と、シレンダさんは思ってるだろう。実際はシレンダさんの体術は僕と遜色ないはずだが、僕の種族特性を鑑みての判断だろう。


 ――――ならば、シレンダさんが打つ手は、自然と考察できる。


「本当はこれを使うつもりはありませんでした。流石に大人げないですからね」


 きた。想定より早いが、冷静に戦力を分析した故の判断だろう。合理的なシレンダさんらしい。


 僕の周囲の空間が歪む。薄い壁が僕を完全に囲んでいる。そして壁の内側全てに、びっしりと魔法陣が浮かび上がった。


「信じてますよアルク君。貴方ならこれでも死なないと。どうか生き延びて、私のものになってください」


 それはシレンダさんが『次元操者』と呼ばれる由縁。


 相手を亜空間に閉じ込め、一方的に殺戮する極悪理不尽魔法。


「――滅界」


 瞬間、魔法陣から噴出した灼熱の炎が、耳と身を劈く豪雷が、絶対零度の吹雪が、全てを切り裂く突風が、その全てが閉ざされた空間を埋め尽くす。もちろんその全ては、僕の忠告通り莫大な魔力を帯びている。


 逃げ場なんて無い。耐えられる者なんていない。


 ――――だからこそ僕は、握っていた拳を解いた。




「……少々やり過ぎましたね」


 閉ざされていた空間が解かれる。暴力的な、壊滅的な魔法を受け、原型すら留めていない僕だったモノが地面に落下していく。


 ベチャリと、グジャリと音を立てたソレは、もはや肉塊とすら言えないだろう。


「…………アル、ク……?」


 声が聞こえる――いや、感じる。幸か不幸か、避難していたティア様の近くに落ちたんだろう。


 だがその声に応える口も、肺も、今の僕にはない。全て燃えて溶けてしまった。


「……嘘だ……治るんだろ? 迎えに来るって……約束……した、だろ?」


 僕の一部が持ち上げられる。だがソレは固形ですらなく、ぼとりと地面に落下した。


「嫌だ……嫌だよアルクッ! 吸血鬼だろう⁉︎ 再生するのだろう⁉︎ なんで何も答えぬ! …………命令だ……お願いだ……わしを、置いてか……ない、で……っ……」


 熱い雫が落ちてくる。何粒も何粒も、降り止むことはない。


(……ごめんなさいティア様。貴方をまた、泣かせてしまって……)


 虚な思考のまま謝るが、やはり伝わるはずもない。ただただ心の中で謝るだけだ。


「魔王様……」


 今度はシレンダさんの声が聞こえた。その声に悲しみが混ざっているのは気のせいじゃないだろう。


「……シレンダ」


 ティア様の声に怒りはない。それどころか、気力を全て無くしていた。


「わしを、殺せ」


「魔王様……」


 初めてシレンダさんの声に動揺が浮かんだ。


「もう良いのだ……アルクがいないなら、わしはもう良い。アルクにしたように、わしも同じ姿にして殺してくれ……」


 僕の体を、温かい手がゆっくり撫でる。


「……ごめんねアルク、ずっとわしのワガママに付き合わせて。こんなになるまで頑張らせて。わしも、すぐにいくから」


「申し訳ありません魔王様。それはできません」


「…………今さら何を……何を言ってるのだ貴様! わしから全てを、アルクを奪い、それでもまだ足りぬのか⁉︎ わしが貴様に何をした⁉︎ そんなにわしが憎いならば、わしだけ殺せばいいだろうッ‼︎」


「それは…………」



「――そうですよシレンダさん。いつまで演技を続ける気ですか?」


「なッ⁉︎」


 再生。残された魔力を全て使い、刹那に元に戻った僕の手が、シレンダさんの肩をポンと叩く。


 ティア様は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら驚愕しているが、シレンダさんは諦めたように両手を上に挙げた。


「貴方も人が悪いですね。こんなタチの悪い演技で魔王様を泣かせて」


「気付いてたんですか。流石シレンダさん、まじパネーですね」


「ふふっ、それほどでも」


 そこには僕に愛を語っていたシレンダさんの姿はなく、本当にいつも通りの、優しくて冷静なシレンダさんが立っていた。


 だがティア様は状況が理解できていないらしく、オバケを見るような目で僕を指差している。


「おま、アルク……え、なんで? だってあんなになって……えっ?」


「あははは、こんなに驚いた顔のティア様初めて見ました。いやー、新鮮で可愛いですね」


「んなっ⁉︎ い、いいから何がどうなってるか説明しろアルク! 何で無事なのだ⁉︎」


「分かりました。それはですね――」



 そうして、僕はこうなった経緯を、自分なりの解釈を混えて語り始めた。

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