第26話
『鬼人族』
魔界で暮らしながら、唯一魔力を持たない種族。
しかしその鼻は魔力を匂いとして捉え、魔力の代わりに非常に高い身体能力を有する戦闘種族。
その膂力は一振りで空を割り、その手足が生み出す桁外れの速力は、彼らの手足に、何もない空間に炎を巻き起こす。
故に彼らは手足を隠す服を纏わない。焼け落ちるだけだと分かっているから。
言うなれば手足を晒した装いこそ、彼らの戦闘服なのだ。
――そしてそんな鬼人族の中でも飛び抜けた戦闘能力を持つカスケードは、その赤い頭髪とは不釣合いな蒼い炎を両腕に纏わせ、スライムの触手を受け止めていた。
「カスケード……どうしてここに……」
「いやいや、あんな台風みたいな魔力感じたらすっ飛んで来るに決まってるっすよ! そしたら案の定兄貴は一人で闘ってるし……てか、ティア様こそなんでこんな所にいるんすか?」
巨大スライムと交戦中なのに、ジーっとティア様に視線を送るカスケード。
状況はともかく、僕はその疑問に賛同した。
(そういえばなんでだ? 僕がここに来ることは誰にも教えてないし、仮にシレンダさんの魔力を感じたとしても、カスケードより早く来れるはずがない)
「わしは……その……た、たまたま散歩してたら……シレンダとアルクを見かけて……」
「流石に無理があるっすよ⁉︎ ……どうせメイっちの仕業でしょ? ティア様、ほんと素直じゃないっすね。兄貴が苦労するはずっす」
「う、うるさい! いいから目の前の敵に集中しろカスケード!」
「はぁ……了解っす」
二人のやり取りは、メイがどんな糸を引いたのかは分からない。スライムに振り返ったカスケードに聞きたいが、今はその気持ちを抑えた。
「カスケード! そのスライム、海にも触手を伸ばしておるぞ! お前に燃やされた水分を補給しておるのだ!」
ティア様の言うように、海に浸かった触手からグビグビ海水を吸っている。これじゃいくら燃やしてもすぐ元通りだろう。
しかしそう思った瞬間、カスケードから発生した熱風が僕達まで届いた。蒼い炎はさらに高く燃え上がり、際限なく熱量が上がっていく。
「兄貴! こいつは俺が引き受けたっす! 兄貴はシレンダ姐さんを頼むっす!」
「だけどカスケード! そのままじゃカスケードの体まで……」
鬼人族は頑強だ。もちろん熱に対する耐性も高い。だがそれにも限界があるはずだ。このまま火力を上げ続ければ、いずれカスケードの体ですら耐えられなくなるだろう。
だが――。
「舐めんなよ兄貴! こいつの再生が追い付かなくなるまで燃やすだけだ! 『蒼炎悪鬼』カスケード、久々に燃えてきたぜッ‼︎ ヒャハハハッ‼︎‼︎」
完全に戦闘モードに入ったカスケードには、もう僕の声すら届かないだろう。
何よりあんなに楽しんでるカスケードに、これ以上野暮を入れたくなかった。
「ティア様、僕達はシレンダさんを!」
「うむ!」
ティア様を抱えたまま振り返る。その先には静かに目を閉じたシレンダさんがいるが、さっきまでの暴風のような魔力はピタリと止まっていた。
「空気を読んで待っててくれた――ってわけじゃなさそうですね」
冗談めかして出た言葉。しかしそんなはずがない。静かすぎて気付かなかったが、シレンダさんの周囲は濃い魔力に包まれている。あれならどんな魔法も使い放題だろう。
「……わしの魔力を完全に取り込んだか。流石シレンダ、やりおる」
「言ってる場合ですか⁉︎」
今のシレンダさんから感じるのは静かな湖のような魔力。波紋一つない水面の底に、深淵よりさらに深い、底が全く見えない魔力を纏っている。
それはかつてのティア様を――魔界史上最強の魔王を想起させるものだった。
「アルク君、最後の確認です。魔王様を忘れ、私のものになりませんか?」
要求は変わらない。正直信じてなかったが、ここまで来ると本気なのかもしれない。
だけど僕の答えは決まっていた。
「ごめんなさいシレンダさん。やっぱり僕、どこまでいってもティア様の側近なんです。僕が一生仕えたいのは、僕がずっとそばにいたいのは……ティア様だけなんです」
「…………っ……アルク……」
ティア様がハッと僕を見上げる。しかしすぐに顔を赤くさせると、「仕方ない奴め……」と俯いてしまった。
「ティア様、危ないので少しの間離れていてください。またすぐにお迎えにあがります、絶対に」
「……うん、約束だぞアルク」
「はい」
小指を交わす。この世界で学んだ約束の誓い。
遠くに駆けていくティア様を見つめた後、僕はシレンダさんに振り返った。
「よく分かりました。ならば貴方を戦闘不能にし、記憶を奪うまでです。その後にゆっくり魔王様を殺すとしましょう。……覚悟はよろしいですね?」
「ええ、いつでも」
負けられない。それに死ねない。生きてあの人の手を取るために。
「『次元操者』シレンダ、参ります」
「『鮮血従魔』アルク、征きます」
僕の全てを賭けた戦いが、幕を開けた――――。
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