第28話

「――最初から違和感はありました。そもそも僕を手に入れたいのなら、僕が寝てる隙に記憶を奪うなり書き換えるなり、いくらでも方法があったはずです。だってシレンダさんはすぐ壁の向こうにいたんですから」


 シレンダさんは何も言わない。


「――次に感じた違和感はウロボロスです。全ての攻撃魔法を無効化する蛇王を、わざわざ僕にぶつけたことに違和感がありました。そんなことしても――ほら、こうなるだけですから」


 身体変化。自分の体を黒い体表で包む。


「そ、それはウロボロスの⁉︎ ……そうか、吸血鬼の種族特性か」


「はい。お陰で滅界からこの通り無事生還できました。……まあ体はグチャグチャになりましたが、ただの炎も雷も僕の命には届きませんから」


「全てはアルク君の力を見込んでのことです」


「お前が言うなシレンダ!」


「あはは、えっと、続けますね?」


「う、うむ」


 ティア様はシレンダさんを睨んでいる。


「そして最後の違和感――というかこれで確信しました。ティア様のすぐ頭上で滅界を使い、僕を落下させた。そして僕の体にまだ魔力が残っていることを知りながら、警戒を解き接触してきた。……全てシレンダさんの描いたシナリオ通りだったんでしょう。本当にまじパネーです」


 そこまで聞き、ティア様は信じられないといった様子でシレンダさんを見上げた。


「百点満点ですアルク君。流石は魔王様の側近。私も鼻が高いです」


 すごい褒めてくれる。だけど肝心なことは――シレンダさんがこんなことをした本当の理由は、僕なんかじゃ分からない。


「教えてくれますかシレンダさん? いったい何がしたかったのかを」


「……いいでしょう。と言うか今から話すつもりでした。実は……」


 しかしその瞬間、倉庫の影から見知った二人が顔を出した。


「ちょっと待つっす姐さん。俺も是非聞きたいっす!」


「そうですニャ! 私達だけ仲間外れは嫌だニャ!」


 そこには興味津々と言った様子のカスケードとメイがいた。カスケードはともかく、メイはどこにいたんだ。


 その疑問が止まぬうちに、もう一つの影が二人の後ろから顔を出す。


「ジジイの興味本位で悪いが、わしも聞いていいかのう?」


「メイ、蔵之介さん、いつからいたの?」


 思わず聞いてみた。


「なに、あの魔力を感じてすぐにメイちゃんを乗せて来たのじゃ。しかしあんな魔力、わしでもメイちゃんを守れる自信はなかったからのう……車の中で静かに気配を消しておった。……ああ、安川と小林は魔力にあてられて気を失っとる」


 納得した。図らずとも全員集合というわけだ。


 シレンダさんが珍しく戸惑っている。というかティア様に同情するような視線を送っている。


「む? どうしたシレンダ、早く教えろ」


「……本当にいいんですね?」


 何の確認だろう。ティア様だけじゃなく、この場にいる全員が頭にハテナを浮かべる。


「当然だ。何も偽らず語れ」


「…………分かりました」



 この後、この場に集まった全員が、呆れたり、ため息を漏らすことになった。



「結論から言います。――と言いたいところですが、これを見ていただいた方が早いと思います」


 シレンダさんが亜空間に手を突っ込む。そして取り出したのは、一通の手紙と魔水晶だった。その魔水晶には何やら人影が映っていて、全員が見守る中、その人物は喋り出した。


『――――なあシレンダ。わしとアルクが出会って、今年でちょうど五百年になるな』


 それは本来の――大人の姿のティア様。ベッドに広がる長い髪を、シレンダさんに櫛でとかしてもらっているようだ。


『そうですね。いつの間にかそんなに経つんですね』


『……そうだ。なのにアルクは一向にわしに好きだと、愛してると言ってこない。どういうことだ⁉︎ わしはそんなに魅力がない女なのか⁉︎』


『いえ、魔王様は誰から見ても美しく魅力的ですよ。……だけど、もしかしたらアルク君は、年下が趣味なのかもしれませんね』


『そ、そんな……』


 ティア様がショックを受けている。僕も同じくらいショックだ。というか既にこの時点で僕の理解が追い付かない。


『……納得できぬ。それにこれ以上待たされたら、わしが我慢できぬ。わしからアルクに好きだと、愛してると言ってしまう。…………そんなの無理、恥ずかしい。だってわし魔王だもん』


『困りましたね……』


『…………よし、こうなれば仕方ない。シレンダ、わしの魔力と毎晩アルクのことを相談してる記憶、それとわしのアルクへの気持ちをお前に預ける。だからシレンダはどこか遠く――そうだな、適当な異世界にでも隠れるのだ!』


『……えっと、何のために?』


『分からぬか⁉︎ 魔力を失ったわしは、アルクの趣味である可憐で美しくキュートな少女になるだろう。そのわしはきっとアルクを連れお前を探すはず。だがシレンダは中々見つからない。……するとどうだ? 二人で過ごすうちにアルクはわしの魅力に夢中になる。そしてゆくゆくはアルクからわしに愛の告白をするだろう。もちろんシレンダはいい感じにわしらを襲うなりしてくれて構わん。むしろしてくれ! そっちの方がドラマチックだ!』


『本気……ですか?』


 僕も映像の中のシレンダさんとまったく同じ気持ちだ。


『もちろん本気だ! 待ってろ――――よし、これがわし直々の指令書。全てが終わったらこれをわしに見せよ。そうしたらシレンダに預けた魔力も記憶もわしに戻るよう魔法をかけた!』


 チラリとティア様を見る。そこには完全に固まり、身動き一つしない彫刻のような少女が立っている。


『では今夜、わしが眠ると同時にこの指令が開始される。……くれぐれも頼むぞシレンダ。わしはお前をアルクの次に信頼している』


『……そこはお世辞でも一番と言うところですよ』


『わしは嘘が好かんのだ! くはははは!』


『……はぁ……分かりました。このシレンダ、魔王様の要望に応えてみせます』



 ――――そこで映像は終わった。

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