第21話
「――んで、結局シレンダ姐さんは見つかんないし、街を覆ってた魔力は綺麗に消えちまったし……って、まじでどこにいるんすかあの人は⁉︎」
事務所のパイプ椅子をぐわんぐわん揺らし、カスケードが天井を見上げている。
「そうじゃのう。てっきりあの魔力は自分の居場所を隠すためだと思っとったが……相手は中々の上手じゃわい」
「ですです。シレンダ様、どこに隠れているんでしょうニャ」
ソファーに座るメイと蔵之介も、お手上げと言わんばかりに首を傾げている。安川と小林に至っては、タバコを咥えながらテレビゲームをしている始末だ。
みんなが言ったように、豊橋に漂っていた魔力は無くなった。だがシレンダさんの魔力も気配も、どこにも感じることはできない。
恐らくだが、さっきの部屋のような亜空間に身を隠しているんだろう。
――だが僕に焦りはなかった。むしろシレンダさんに辿り着くための確かな手掛かりを掴んでいた。
「とりあえず今日は解散しようか。もう深夜二時だし、みんなも眠たいんじゃない?」
「まあ……新たな手掛かりを掴むまで出来ることは無いっすけど……」
「うん。それにシレンダさんは見つからなかったけど、魔法陣は壊したんだ。きっとシレンダさんが何か動きを見せるはず。その時まで英気と魔力を温存しよう」
「……了解っす。んじゃ俺は帰るっす。また何かあればすぐ連絡してくださいよ兄貴?」
肩を落としながら出ていくカスケードに「もちろん。頼りにしてるよ」と返すと、カスケードは少し明るい表情で扉を閉めた。
「じゃあ私も今日は部屋に戻るニャ。みんな、おやすみなさいニャ」
続いてメイも扉の向こうに消えていく。残されたのは僕とおとわ組の三人だ。
「お主はどうするのじゃ? あの部屋には帰れんじゃろうし、今日はわしの家に来るか?」
蔵之介のありがたい言葉。それに安川と小林が続く。
「なんなら俺んとこでもいいぜ?」
「おい安川、お前アルクに手ぇ出す気だろ。やめとけ、普通に殺されるぞ」
「そそ、そんなわけねーだろ! 俺にそっちの趣味はねえよ‼︎」
「ぷははっ、ならそんな動揺すんな馬鹿」
――まあ今のは聞かなかったことにして、僕は蔵之介にどうしても頼んでおきたいことがあった。
「蔵之介さん。貴方を見込んでお願いがあるんだ。これ以上迷惑を掛けるのも忍びないけど……もし僕に何かあって、万が一ティア様が力を取り戻せなかった時、ティア様を守ってあげてほしい。きっとカスケードもメイもティア様を守ってくれる。だけど、それでもティア様に危機が及ぶことがあったなら、貴方のできる範囲でティア様を守ってほしいんだ」
図々しいのは分かってる。いくら僕達に恩を感じてるとはいえ、ムシの良すぎる頼みだ。
蔵之介は答えない。僕の目をじっと見つめ、真意を読み取ろうとしているのだろう。
――そしてしばらくの沈黙の後、蔵之介はようやく口を開いた。
「――おとわ組会長・佐々木蔵之介の名に賭けて保証しよう。だが一つだけ約束しろ…………また、必ず顔を見せろ」
この人にはつくづく世話になった。最期まで世話になりっぱなしだ。しかも僕の真意を悟った上で、それを尊重してくれたのだ。
「おいおいアルク、これじゃまるで遺言みてーじゃねーか。どうしたんだ?」
「そんなんじゃないよ安川さん。ただ忘れないうちに頼んどこうと思って」
こればかりはカスケードやメイにも言えない。止められるのが分かってるから。
ソファーから立ち上がり、僕が割ってしまったガラスのない窓枠に手を添える。そのまま翼を生やしながら、小さくお礼を言った。
「ありがとうベルフェゾ。魔王様を、よろしく頼みます」
飛び立つ僕の背に「……達者でな、アルク」と、しゃがれた声が掛けられた――――。
間幕
――私にとって、二人は憧れだった。
私の故郷チェーリッヒ。父から伝え聞いていたベルフェゾ様に代わり、安寧をもたらしてくれた魔王様。
母に無理を言って、飛び出すように家を出た。
偉大な魔王様にお会いしたい。何の取り柄もない私だけど、魔王様にお仕えしたい。その想いだけを胸に、故郷から遠く離れた魔王城を訪れた。
『む? 魔猫族の娘か、こんなところに珍しいな。何の用だ?』
たまたま城門で出会った方こそ、魔王様だとすぐに分かった。
噂通り……ううん、噂以上に美しく、整った容姿。
それでいて威厳に溢れる態度と、全てを飲み込むような膨大な魔力。
『あ……えっと、その……えぅ……』
胸に抱えた想いと裏腹にパニックになった私を、魔王様が怪訝そうに見つめてきた。だけど――。
『あーあ、魔王様が怖い顔するから泣いちゃったじゃないですか。ほら泣かないで? 僕も魔王様も怖くないよ?』
『おいアルク、誰の顔が怖いって⁉︎ それと娘! アルクに優しくされたからと言って変な気を持つなよ? ……ええい、いつまで泣いておる! 顔を上げよ!』
そんな二人のやり取りに、私は可笑しくなって笑ってしまった。
私から見てもバレバレな気持ちを隠す二人を、応援したくなってしまった。
――だからこそ、きっと初めて喧嘩してしまった二人を見るのが悲しくて、すれ違う二人を見たくなくて、私はベルフェゾ様にお願いしたスマホをティア様に渡した。
「位置情報共有アプリ…………すごい世界ニャ」
――――朝日が昇る。
魔界では見られない、明るく透き通るような朝。
そんな身も引き締まるような、それでいて爽やかな朝日を浴びながら、僕は豊橋を一望できそうな高いホテルの屋上で伸びをした。
シレンダさんとの約束――というか、一方的に指定された時間まではまだまだある。それまでの間、しばらく暮らしたこの街を焼き付けようと決めたのだ。
「さて、一人傷心旅。ひいては愛しの魔王様との想い出巡りと洒落込みますかぁ」
後悔はない。むしろ晴れやかな気分だ。
その気分のままに、僕はホテルの屋上から飛び降りた。
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