第20話
――深夜。
静まり返った市街。安さと品揃えが売りのメガドンキーボーテの近くの道を、僕は魔力の一切を消して歩いていた。
手には小林から渡されたこの世界での重要アイテムのスマホを持ち、地図アプリという機能を使って目的地の一軒家に向かう。
ここは地図の赤星で言う南西の位置。安川曰く『一番誰かの痕跡が残ってた場所』らしい。
『兄貴、こっちはいつでも行けるっす』
そしてもう一つ小林から渡されたイヤホンというアイテムから、カスケードの声が聞こえた。
「僕ももうすぐ着く。そのまま待機してて」
『了の解っす!』
スマホに向け話しかけると、すぐにイヤホン越しにカスケードが返事をしてきた。なんて便利なんだろう。
(もっと早く知りたかった……いや、知ってても買えなかったか)
なんせ身分証なんて持ってないんだ。……まあそれは置いといて。
「メイ、そっちはどう?」
『すみませんアルク様、少し寄り道してまして……あと五分くらい掛かりそうですニャ』
『すまんの小僧。その代わりメイちゃんの安全はわしの命に賭けて保証するぞい』
車の走行音に混ざるメイと蔵之介からの返事。北の赤星組は、戦闘に不向きなメイの護衛を蔵之介が買ってくれた。
というかメイがティア様のために仕事を休んでる間、空いてる時間に蔵之介の話し相手になっていたらしい。どうりで『メイちゃん』なんて呼ばれてたはずだ。元家臣の子どもは、親戚の子と同じだと蔵之介が嬉しそうに語っていた。
――ともかく、これが『シレンダさん捕まえ大作戦』の主な内容。
三組に分かれ、例の三箇所に一斉に突撃。シレンダさんを見つけたら即連絡し、足止めしながら応援を待つというものだ。
仮に戦闘になったら――というかなる可能性が高いが、メイには蔵之介が付いているし、カスケードも『そん時は俺もガチるっす。久々に全開でいくっすよ』と豪語していた。頼もしい弟分だ。
そして僕に関しては……まあ多分なんとかなるだろう。
「あの家か……分かってたけど、ボロボロだな」
月明かりに見えてきたのは、用水路の横にある小さな平屋。ベニヤ板が張られた壁は錆だらけで、茂ったツタが平屋全体を覆っている。ツタの間から見える窓と室内には、当たり前だが明かりは点いてない。
だが玄関らしい引き戸だけは、ツタが途切れ、磨りガラスが見てとれた。
(情報通り、最近誰かが出入りしたってことか)
道路を挟んで観察する。物音はしないしが、ほんのわずかに魔力の濃度が濃い。シレンダさんがここにいる、もしくはいたのは間違いなさそうだ。
『アルク様、今私達も到着しました。いつでも行けますニャ』
「……分かった。カスケードもいい?」
『もちっす』
「おーけー。それじゃあ……二分後、一時ピッタリに作戦決行だ。みんな、くれぐれも無理しないように。シレンダさんがいたらすぐに連絡を」
『はいニャ!』
『りょっす!』
言い終わり空を見上げる。雲が掛かり始めた月と、綺麗な星空を胸に焼き付ける。
(この夜空を見るのも今日で最期かもな……)
心は妙に落ち着いている。この世界に来てからの日々が、まるで走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
そこには常にティア様がいて、二人で行った様々な場所、目新しい体験は、思い出すだけで胸が躍りそうになる。
「――――よし、時間だ」
後ろ髪を引く思い出。ソレら一切を胸にしまい、僕は引き戸に手を掛けた。
――平屋の中は、家具や雑貨がぐちゃぐちゃの状態だった。古い日付のカレンダー、割れた茶碗や皿、布団や布が足の踏み場もないほどに埋め尽くし、さながらドラマで観た夜逃げの跡みたいだ。
オマケに空気はカビ臭く、ここでシレンダさんが寝泊まりしているなんて想像ができない。
「わお、こんな大きいの初めて見た」
壁を這う黒い蜘蛛は、まるでこの家の主のように堂々としている。不躾な客人の僕を観察しているんだろうか。
「あの扉は……お風呂、かな?」
奥に見える扉までなんとか移動。パキパキと何かを踏み割る音がしたがどうでもいい。
錆びたドアノブを握る。――だがその瞬間、立ち眩みというか、一瞬空間が歪むような感覚に襲われた。
「……魔力に反応して発動する待機魔法……罠、か?」
構わず開ける。そこにあったのはやはりお風呂――――ではなく、ぼんやりと薄く光る、夜空を思わせる空間だった。
その空間は外から見た平屋の体積と同じか、それより大きな正方形の空間。
どこで仕入れたのか、小さなベッドやナイトテーブルが置かれ、壁には丸い鏡や何かの絵が掛けられている。
「……この絵……僕が描いたやつだ」
間違えるはずがない。自分で描いたシレンダさんの捜索願いだ。なんでここにあるのか分からないが、ご丁寧に額縁に入れられている。
『兄貴、こっちは外れっす。けど魔力が垂れ流れてる魔法陣があったんで壊したっす』
『こっちも同じニャ。アルク様の方はどうですかニャ?』
――そこで入った連絡。音源はイヤホンだと分かっているのに、ギクリと周囲を見回してしまった。
「こっちにもいないよ。けどシレンダさんがここに居たのは確定したよ。……一度合流しよう」
『ういっす。じゃあ事務所で集合っすね』
『分かったニャ』
再び訪れる静寂。
どうやら二人の所にこの部屋は無かったらしい。なら魔力源の魔法陣を早く見つけて次の作戦を練り直そう。
(多分この部屋のどこかに……あ、あれだな)
部屋の中央、夜空が銀河を描く不思議な模様は、よく見ると幾何学的な魔法陣が組み込まれている。
「こんなのザルザルが見たら腰を抜かすだろうな――やっ!」
勿体無いと思わなくもないが、その中心に魔力を込めた拳を叩き込む。すると魔法陣は静かに光を失った。
(さて、これで街を包む魔力は消えるはず。隠れんぼは終わりですよ、シレンダさん…………ん?)
――だがその瞬間、魔法陣があった場所に別の何かが浮かび上がってきた。
それはこの世界のモノではない、だけど見慣れた、魔力によって光る魔界文字。
「………………分かりました。待ってて下さいシレンダさん」
そう言い残し、僕はこの空間を後にしたのだった――――。
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