第19話

 ――――メイが用意してくれたお茶が六つ置かれた背の低いテーブルと、それを挟むように置かれたソファー。僕の両隣にはカスケードとメイが座り、向かいには蔵之介、安川、小林が座っていた。


「ここ二週間、私がアルク様に替わりティア様のお供をしてたニャ。だけどティア様はずっと元気がないし、私が話しかけてもボーッとしてばかりだったニャ。……あんなティア様、見てられないニャ」


 どうやら僕に変わり、メイがシレンダさん探しを手伝っていたらしい。きっとあの方なら一人でもそれをしてしまうだろうが、心配したメイが付いて行ったんだろう。


「アルク様がティア様を怒らせたって話は聞いたニャ。だけどその理由も、そうなった経緯も教えてくれない。……私じゃ、ティア様の本心を聞き出せないニャ」


 そこまで話し、メイは悲しそうに俯いてしまった。


 僕のせいで色んな人に迷惑と心配をかけていたらしい。だけど僕にはもうどうすることもできない。


「ごめんメイ。けど僕はもうあの方の側近でも家臣でもないんだ。僕にできることは、あの方の記憶から消えることか、死ぬことだけなんだよ」


「……兄貴、本当にそう思ってるんすか? 兄貴にできることがそれしかないって」


 カスケードが僕を睨み付けてくる。


「うん、僕の生きる意味はもうどこにも無いん……」


「兄貴はアホっすか? 俺達は兄貴の自殺に付き合うためにこの世界に来たんすか? 違うでしょ? シレンダ姐さんを見つけて、ティア様の魔力を取り戻すためじゃないんすか?」


 ――その言葉はまさに青天の霹靂だった。


 後悔と懺悔の暗雲に包まれ、盲目になっていた僕に落ちた突然の雷鳴。忘れていたわけじゃない、ただ見えなくなっていた、見失っていた。


「兄貴がなんでそんなに死にたがってるのかは分からないっす。だけどそんなに死にたいなら、ティア様の魔力を取り戻して、そのティア様に頼むべきじゃないんすか? 500年連れ添った間柄なんでしょ? なら、兄貴にここまで自分を追い込ませたティア様に、その責任を取らせるべきっす。勝手だけど、そうじゃないと俺は納得できないっす」


「…………うん。そうだ、そうだった。ティア様の失ったモノを取り戻さないと。嫌われても、拒まれても、そばにいられなくても、ティア様の望みを叶えることが僕の存在理由なんだ。そのためだけに、僕は500年……ティア様に仕えてきたんだ」


 ハッキリと思い出した。胸に蔓延っていた暗雲の隙間から、太陽が差し込んできたみたいだ。


(なんで忘れてたんだろう。僕はティア様の役に立ちたかっただけなんだ。死ぬとか消えたいとか、そんなこと考えてる場合じゃなかった)


 立ち上がる。こうしちゃいられない。今すぐ豊橋中の空き家も廃墟もことごとく調べ尽くし、シレンダさんを見つけるために。


 だが今すぐ飛び立とうと翼を生やした僕に、蔵之介が『待った』を掛けた。


「待て、戻れ小僧。まずは座れ、飛び出すのはわしの話を聞いてからにせんか」


 なんだって言うんだ。今の僕を止められるのはティア様ぐらいしかいないのに。


「お節介だと分かっていたが、わしらはわしらで豊橋中の空き家を探しておったんじゃ。そこで目星を付けた場所がいくつかある。それを聞いてからでも遅くないじゃろ」


「是非お聞かせください蔵之介様!」


 すぐ止まった。座り直した。


 案ずるより産むが易し。急いては事を仕損じる。この世界で学んだ言葉を今こそ実行するべきだ。


「はぁ……お主、最初の印象より……まあいいや」



 そんな僕に蔵之介は呆れたように首を横に振ると、ゆっくり語り出した。



「――まず簡単に説明しておく。前にお主らの地図に印を打ったと思うが、アレはあくまでわしらの管理下にある、もしくは組の管轄にある物件じゃ。一応顔の効く商売相手からの情報も集めたがのう。だがあの時話したように、アレが全ての空き家や廃墟を網羅しているわけではない。……管理者すら放置した、あるいは市が形ばかりの管理者になり、その実まったく管理してない物件は印しておらんのじゃ」


 迅る気持ちを、早く本題を求める気持ちを必死に抑えながら頷く。


「そしてメイちゃんから聞いたんだが、魔力で操られた人間にティアマト嬢が拐われた廃墟。あそこもその一つだった。だからわしらは誰にも手入れされてない物件を中心に漁ってみたんじゃ。……えーっと、ほら、あの浮浪者達……なんと言ったかのう」


「神崎とゲンです会長」


 首を傾げた蔵之介に安川がすかさず答える。そこで出た懐かしい名前は、僕達にこの世界のことを教えてくれた二人だった。


「おおそうじゃ。あの二人、中々顔が広いうえ、かつて豊橋中の廃墟や廃屋を根城に転々としておったらしい。だから二人に協力してもらい、わしらなりに調査を進めたんじゃ。……もちろん、礼としてそれなりに包んでやったがのう」


「結局コンニャク持ってかれましたよ会長」


「うるさい、黙っとれ」


「すいやせん」


 項垂れた小林と蔵之介のやり取りの意味は分からないが、あの二人は元気でやっているらしい。色々片付いたらお礼を言いに行こう。


「とまあ、それで知り得た物件から最近人の出入りした、そして寝泊まりした跡のある場所を三つ割り出した。ほれ、この星マークを点けた三箇所じゃ」


 テーブルに広げられた地図。そこに分かりやすく点けられた赤星は、豊橋駅を中心に、すぐ隣の豊川市を含めた綺麗な三角形を描いている。


「アルク様、これって……」


 メイもそれに気付いたんだろう。ハッとした表情になり、僕を覗き込んできた。


「うん、これなら豊橋中に均等に魔力を分散させられるね。恐らく巧妙に隠された魔力の供給口があるはずだ」


 この街を包む微弱な魔力。その供給方法は分かったが、それでもやってることは神業だ。こんなの僕でも出来ないし、やろうとも思わない。改めてシレンダさんの凄さがヒシヒシと伝わってくる。


「シレンダ姐さんパネーな……」


 カスケードも口をポカンと開けている。同意だけど、もうちょっと別の表現はなかったんだろうか。


「ぱねーニャ」


「パネーのう」


 ああもういいや。シレンダさんまじパネー。


 ――だけどこれだけ候補が絞られたなら善は急げだ。一刻も早く、一分一秒でも早くこの場所に行くべく立ち上がる。


「まあもう少しだけ待て。聞けばシレンダとやらは空間魔法の使い手なんじゃろ? ならば一箇所ずつ探しても捕まるとは思えん。わしらの気配を察したら、別の赤星に転移して隠れるのが積の山じゃ」


 ごもっとも。この人僕なんかよりよっぽど側近――というか参謀役に向いてる。流石元魔王だ。


「そこでわしから提案じゃ」



 こうして僕達は蔵之介指導の元、『シレンダさん捕まえ大作戦』を実行に移したのだった――――。

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