第8話
「――――とまあ、とりあえず間取りはこんな感じだ。電気ガス水道は通ってるし、家具もひと通り揃ってる。――まあ前に住んでた奴の趣味まんまだけど、あいつは蟹漁で数年は帰ってこねー。好きに使ってくれ」
あれから少し時が経ち夜も深まった頃、僕達は安川小林ペアに連れられ、豊橋駅に近いマンションの一室に案内された。
というのも、恐王ベルフェゾ――もとい佐々木蔵之介は、僕達に全面的な協力を申し出てくれたのだ。
『君達はわしの故郷と魂の恩人だ。わしに頼みたいことがあれば何でも言ってくれ。必ず力になる』
目を真っ赤にした蔵之介からの言葉。それを無下にするのも忍びなく『お願い』した住処は、蔵之介の電話一本で簡単に用意されたのだ。
「えっと、僕達が頼んでおいてなんだけど、ほんとにいいの?」
「良いも何も会長直々の指示だ。下っ端の俺らがどうこう言えねーよ」
小林がタバコという物を口に咥える。しかしすぐに「おっと、悪い」と呟き、元の箱にしまった。
「それとそっちの二人も頼まれた通り明日から出勤だ。どっちも住み込み希望らしいが、今日はここで泊まってくれ。明日までに部屋を空けとくからよ」
「あざーす!」
「ありがとうニャ!」
カスケードとメイが小林にお礼を言う。
トントン拍子に決まった二人の仕事は、どっちも人と話す機会が多いらしい。
――この件に関して蔵之介は驚いていた。「金についても面倒を見る」と申し出てくれたが「住処を用意してくれただけで十分だ、これ以上迷惑はかけれない」と僕達は首を横に振った。
実際寝泊まりできる場所だけでも大きな借りだし、僕達の目的はこの世界で金稼ぎをすることじゃない。
それにベルフェゾのお陰でチェーリッヒ地方は何の争いもなくティア様の統治下に置かれたのだ。むしろ恩があるのは僕達の方である。
――ま、何はともあれ、これで野宿はしなくてすむし、明日から僕とティア様はシレンダさん探しに注力できるというものだ。……二人には頑張ってもらおう。
そんなことを考えてる僕を横目に、ティア様が安川に話しかけた。
「神崎とゲンはどうなる? あの二人はわしらの恩人だ。変な真似はしないでほしいんだが」
「わーったよ。キャストには我慢するか地下道通らず信号渡れって伝えとく。まあ大した問題じゃねえよ」
らしい。これにて一件落着――ではないが、目先の心配事はなくなった。
安川小林ペアが「じゃ、そっちの二人は明日仕事場まで案内するわ」と言い残し部屋から出ていくと、僕達はそれぞれ床やソファーで寛いだ。
「――――ふぅ、見知らぬ土地のせいか、少し疲れたな」
ふかふかのソファーに身を沈めながらティア様がため息を漏らした。
「すみませんティア様。僕が不甲斐ないばかりに」
「何を言う、アルクに責はない。お前は側近として良くやっている」
「……ありがとうございます」
ティア様の言葉は本心だろう。しかし僕の思考は自虐に染まっていた。
(もっと早くティア様を休ませる方法はなかったのか? やっぱりティア様にバレないよう人間から住処を奪うこともできたんじゃ……いや、だけど……)
無いものねだり、もしもの可能性が何度も脳裏をよぎる。
しかしその無様な逡巡は、メイの言葉に掻き消された。
「それよりお風呂にしませんか? さっき見せてもらった浴室、とっても綺麗で広かったですニャ!」
「うむ、そうしよう。メイ、これから機会も減るだろうし、わしと入るぞ」
「ニャ⁉︎ 光栄ですニャ!」
キャッキャっと風呂場に向かう二人。その背中を見守っていた僕に、カスケードがニヤリと笑みをこぼした。
「……ねえ兄貴」
「それ以上喋ったら、分かるよね?」
「ひぃっ! じ、冗談っすよ冗談! だからその目やめて! 俺のトラウマが、黒歴史がああああッ⁉︎」
大袈裟に転げ回るカスケードに「分かってるよ、僕も冗談」と手を差し伸べる。
するとカスケードはようやく我に返り「……安心したっす。兄貴は変わってないみたいっすね」と僕の手を取った。
何かを含んだような言い回しだ。
「そういうカスケードも変わってな……」
「違うっす。俺が言ってんのはティア様のことっす」
気付いてたのか、なんて驚くつもりはない。むしろ観察眼に優れたカスケードが気付かないはずがない。だけどそれは僕だけが知っていたらいいことだ。
「あはは、何言ってんのカスケード? ティア様が失ったのは魔力だけ。それ以外何も変わってないよ」
「………………そうっすか。まあ兄貴がそう言うなら、俺はなんも言わないっす」
その後、お風呂から上がったティア様達と交代で、僕とカスケードはそれぞれ体を流し、長かった一日が終わったのだった。
そして次の日から僕とティア様は、シレンダさんを探す日々を送ることになった――――。
間幕
僕は贅沢者だ。満たされている。恵まれている。
ほんとなら誰にも知られず死ぬはずだったのに、ティア様に拾われ、そばにいることを許された。
もちろんそれに見合うよう、血反吐を吐くような努力をしてきたし、いついかなる時もティア様の役に立とうとしてきた。
こっちの世界に来て間もないが、ティア様が失ったナニかも薄っすらだが分かってきた。
魔界にいた頃は感じなかった淋しさ。やはり僕は恵まれ過ぎていたんだ。
カスケードとメイにこっそり聞いた。
『俺達は別の場所で寝泊まりするんで、兄貴はティア様と二人で過ごしてくださいっす』
ニシシと笑うカスケードに「僕とティア様はそんなのじゃないよ」と返した。
あれだけ離れていた寝室はすぐ隣になったのに、それをすんなり受け入れたティア様。その現実に、僕は押し潰されそうになった。
こんな気持ちになるなら、こんなに悲しいなら、あの頃のままが良かった。
距離は近くなったのに、途方もなく遠くに感じた。
僕は贅沢者だ。贅沢者だった。
だけど変わらない。僕の存在価値なんて、それしかないんだから――――。
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