4月1日⑤:青春の基準

土岐山市にある土岐山高校は普通らしい高校。


深参が通っていた聖清川音楽高等院のように何かに特化しているわけではない。

双馬が通っていた栖鳳西高校のように超が付く進学校をしている訳でもない。

だからといって、一馬が最終的に通うことになった沼田高校のように不良の巣窟でもない。

桜が通っていた神栄しんえい高校のような、ごく普通の空気が漂っている。


「ここが土岐山高かぁ…。話には聞いていたが、普通だな」

「誰から?」

「さっき話題に出した悠真。ここ出身なんだよ」

「世間は狭いねぇ」

「本当だよ」


志夏は今年度から、ここの特進科一年生として学生生活を送ることになる。

話を聞いた限り、授業がプラス一コマ。放課後は補習まであるらしい。


「…七時間授業に加えて補習とか、正直耐えられる気がしない。よくやろうと思ったな」

「普通科でもいいかなって思ったんだけど…進路、確実にしておきたいから」

「もう大学まで見据えているのか。そしたら尚更栖鳳西の方が良かったんじゃないか?あっちの方が進学率は…」

「栖鳳西は部活に全然力いれてなくて…勉強ばかり。制度は充実しているけれど、高校生活を送るには退屈そう。でも、一番は…私立だからってところかな」


志夏の性格上、堅苦しいところは苦手。

射程圏内にあっても、今後の進路を確実にするような「勉強ばかりな進学校」は候補から外していた。

「私立だから」という言い訳は今回の深参のように「この私立が射程圏内なのに、どうして」という疑問を一蹴するためだ。

ただ、この返答は「諸刃の剣」とも呼べる代物だ。


「…学費の心配とか、しなくていいんだぞ。それぐらいはちゃんと」

「流石にするよ。大学まで進ませてくれって、頼む立場なんだから。元々候補外にしていたし…深参兄さん達が気にするようなことは一切無いよ」


表には出さないが、志夏自身も家族の事を大事にしている。

全然気にしていないのに、お金のことを気にされていると誤解されるのだけは…本当に嫌だと感じていた。


「本当に、楽しい青春を送りたいってだけだから。だから勉強がそこそこ緩くて、進学率がそこそこ高くて、部活が豊富な高校を選んだだけだから。お金の心配とか一切してないから…」

「なんか、そこまで言わせると尚更申し訳なくなる…」

「ま、まあ…上の恩恵を受けている側としては、やっぱり「好きな道に進ませてやりたい」って気持ちは理解しているけれど、同時に無理はして欲しくないからさ」


数歩先に進んで、兄と向き合う。


「だから、音羽と少しずつ相談しているんだ。自分達の進路のこと」

自分が何をやりたくて、それを成す為に、どんな道を進まないと行けないのか。


じっくり考えてはいるが、結構難航はしている。

志夏は進みたい道が明確になっている。

けれど音羽はまだ定まっていない。

でも、音羽には志夏にはない「憧れ」がある。


「近いうちに、ちゃんと自分達の人生設計を話す機会を作りたいんだ。付き合ってくれるよね?」

「勿論。ほら、もうすぐ学校。玄関どこだ?」

「まっすぐまっすぐ。あの植え込みの先」

「…植え込み、中途半端な場所にあるな」

「外からの視線対策じゃない?」

「それにしては低すぎるだろ…全然隠れてないじゃんか」

「まあいいじゃん。しゃがんで、こんな感じになれば…いい感じに隠れられるよ」

「学校生活を送る上で隠れる要素とかないだろ」

「隠れ鬼とかするかもじゃん」

「ここ高校だぜ、志夏さんや。ほら、立ってくれ。目立っているから」

「へいへい」


志夏の手を取り、しっかり立たせる。

校舎に入る前に土埃も落とさせ、全てを完了したのを見届けてから二人は校舎内へと立ち入った。


・・


時刻は3時過ぎ。

急な予定だったとはいえ、志夏と共に入学前説明会を終えた帰り道。

慌ただしい一日が終わったような気さえ覚えてしまうが…まだまだ始まったばかりだ。


「どうしたの深参兄さん、荷物じろじろ見て」

「ん?ああ…いや、確かに、入学前って色々買ったなぁって。でも、こうして学校に買いに行くのは久々かも」

「桜姉さんの時はどうしたの?」

「桜の時は母さんがまだ生きていたし…それに、三波がわざわざ帰国してついて行ったから、俺たちは知らない」


九重家の両親は、三つ子が十七歳の時に事故死している。

児童養護施設出身だった両親には頼れる身内という存在がおらず、残された子供達は最初こそ離ればなれに暮らすことを提案されていた。


そこをどうにかしたのが、深参と三波。

深参は父親を超える月収、三波は研究職としては破格の給料を得ていた。

それと両親が残した遺産を軸に、兄妹全員で過ごせる基盤を整え…今は二人の報酬と、双馬と桜の給料の一部を合算し、九重家の生活費となっている。


「三波兄さんマジ桜姉さんの保護者…ブレないな。じゃあ、司?幼稚園も三月中に物品購入があったよね?」

「先月の物品購入は確か…音羽が付いていったはず。誰の予定も空いてなかったんだよな、確か。志夏もその日、出かけていたろ?支払と受取をするだけだったし、大丈夫かなって」


しっかりしているとはいえ、小学校を卒業したばかりの音羽に大金を預けるのは気が引けた。

双馬は流石に預けるのは不安だったので、志夏に予定を空けて貰おうとしていたが、音羽本人が「志夏姉さんには内緒にして欲しい」「自分に任せて欲しい」と必死に訴えて来たのだ。

そんな音羽を見て、一馬が任せてみようと促し…音羽に役目を任せたという経緯がある。

勿論、その理由も…上の兄妹達は既に把握している。


「もしかして部活メンバーで卒業祝いした日?言ってくれたら休んだのに」

「家族のことも色々あるけど、友達の方が優先。県外に行く子もいるんだろう?何度も家にも遊びに来ていたし、今も連絡取っているんだろう?大事にしろよ」

「そうするよ。お気遣いありがと」

「いいって。そう思うと…最後に物品購入に参加したのって、双馬の時か」

「なんか普通そう」

「今回みたいに普通だったよ」


「自分の分は?」

「俺は入学手続きが終わった数日後に、全部宅配」

「いいなぁ…こんな面倒事とは無関係で」

「楽はできたけど、味気なかったぞ。入寮まで書類だけのやりとりだし、校舎内に入ったのは入学式が最初だからな」

「それはそれで何か嫌…青春要素が足りない…。高校生活不安になってきた。私ちゃんと青春できるかな…」


深参は志夏のいう「青春」の基準がよく分からない。

彼自身、高校生活も大学生活も仕事に課題、そして練習に追われていた身。

小説や漫画のような青春らしい青春は送っていないと、自分では思う。


「志夏、青春の基準って何だ」

「さあ…なんだろう」

「わからんのかいっ!」

「わかんないねぇ」

「ま、わからんか。俺もわからん」

「分かりそうな人に心当たりは?」

「ん〜。分かるのは一馬と桜ぐらいじゃね?桜は普通オブ普通の高校生活だったみたいだし、一馬は特殊環境だけど、今も後輩と定期的に会うぐらいに仲いいみたいだし」

「じゃあ、桜姉さんみたいに普通を目指すべき?一馬兄さんみたいに支配者を目指すべき?」

「…桜はともかく、一馬の真似だけは絶対にやめろ」


桜ならともかく、絶対に真似をしてはいけない存在の真似。

深参の頭に「危険人物認定」「いじめ発展」「呼出」「停学」「最悪退学」が瞬時によぎった事は言うまでもない。

一馬が許されているのは特殊な環境だったからだ。土岐山みたいな普通の高校で一馬の真似をしたら間違いなく大変な事になる。


「いいか、志夏。誰かの真似なんてしなくていい。お前がしたいことを全力でやるだけでいいんだよ」

「私がしたいこと、か」

「ああ。三年間は長いようで短い。でも、お前なら大丈夫。特進科だし、勉強は大変だろうけど…土岐山は友達から聞く限り、結構緩い校風だ。お前がやりたいと思ったことをちゃんとやれる場所だと俺は思うよ」

「うん」

「兄ちゃん達は、お前が楽しい三年間を送れたって言える生活があれば十分だから。あんまり気負うな。お前らしくやれ、志夏」

「そうするよ」

「でも、支配者は目指すな。あれは沼田企画だから許されただけで、他では許されないから」

「再三言わなくてもわかってるよぉ…。やってみたかったけどさ」


本当に大丈夫なのだろうか。

訝しげな視線を向けつつ、目的地へ歩いて行く。


四時から深参は、今から近くのネットカフェの個室スペースで二時間ほど仕事を行うようになっている。

志夏はその間、大人しく待っている手はずなのだが…。


ちゃんと大人しくできるのだろうか。


奏や司に抱くような不安を志夏相手に抱きつつ、深参は仕事へ向かう足取りを進めた。

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