第12話
はっと、目が覚めた。が、うまく立ち上がれない……俺は、いよいよ死んだのか?
一瞬そう思ったが、単にベッドがふかふかすぎて力が入らないだけだった。
「クラフト、目が覚めた?」
そんな、けだるそうな声。シフィだ。つられて見ると、そこには立派な椅子にもたれかかる彼女の姿が見えた。
「ここは……?」
「リリアの家よ。あなた、三日は眠ってたのよ」
「三日、ってことは生きてるのか。ああ……グリドスのおやじが助けてくれたのか」
ぼやいて現状確認してみると、シフィは赤い目を細めてクスクスと笑った。
「そうね、グリドスのおやじ様がね。でも、やった事は……いえ、しなかった事はダンジョンの閉鎖くらいよ。後は全部あなたがやってしまったもの」
「ああ、『冷徹』の龍か。冒険者人生で最強の敵だったなあ」
「驚いたわよ。皆して決死の覚悟で向かったら、両方とも倒れていたんだもの」
そう言って、シフィは立ち上がる。そして、俺の腕を掴んで起こしてくれた。
「英雄様の目覚め、私一人で独占してちゃ悪いわ。さっき知らせてはおいたから、そろそろ――」
「クラフト様っ! お目覚めになられたのですね!」
今度はリリアが部屋に飛び込んできた。後ろにはグリドスも一緒だが……やけに装飾にまみれた服装をしているな。
こうしてみると、あの気さくなおじさんがまるでどこかの王様だ。
「ああ、リリアの治癒魔法のおかげだよ」
(その治癒魔法は私が教えたのだけど……)
「本当にあの傷を癒やせるなんて……よかったです」
途中でぼそりと何か聞こえた気がしたが、シフィが僅かに唇をとがらせていただけだった。
「クラフト、よくぞ国家の危機を救ってくれた。もはや儂の命一つの問題ではない。今度という今度は、正式に礼をさせてもらわねばならんぞ?」
「グリドス……んな大げさな事言うなよ。たかがダンジョンボスを倒しただけじゃねえか」
「いいや、ドラゴンシリーズだけは違う。奴らは人間というものを深く恨んでおる。ダンジョンより生まれ、出て行き、目が届く全てを塵にするまで破壊するのだ。それを未然に防いでくれたとなれば、勲章がいくつあっても足りんわ」
あいつが、ダンジョン内の魔物が外に出て行く……? そんな事があるのか。しかも、あんな攻撃を仕掛けてくる奴が都市を舞ったら……氷結の大地で済むかどうか。
「だけど、金は自分で稼ぐって決めてんだ。命を救ってもらったのは俺もだし、店だってくれたじゃねえか。礼っつっても、おっさんに何かできんのかよ?」
「ああ、儂なら……この国の中でなら、何でもできるぞい。何しろ儂は――」
グリドスは日光を遮っていたカーテンをざっと開ける。するとそこには、あのパイプだらけの綺麗すぎる町……を、一望できる絶景があった。
見下ろせば城壁。左右には他の城屋根。歩くだけで数時間はかかりそうな広大な城……城だ。
流石の俺も、ここまでくれば分かる。
「あ、あんた……グリドス。本当に王様なのか?」
「王、とは少し違うがの。皇帝だ。この大帝国全ての頂点、それがこの儂よ」
ぽかーん、と開いた口がふさがらない俺を見て、シフィは耐えきれないように笑った。
「なあに、クラフト。グリドスのおやじが、どうしたって言ってたかしら?」
「馬鹿、ばかばか! 知らなかったものは仕方ねえだろ! 元から俺は礼儀とかそういうのには疎いんだよ……」
となると、いくつも合点のいく所がある。
「自分の家まで来いっていったのは……」
「我が国、マジスティアへ、だ」
「リリアが国を背負って立つとかどうとか……」
「ふむ、リリアはまだ若いからの。儂以外に皇帝は務まるまいて」
「……」
もはや絶句するしかなかった。それなら確かにどんな礼だってくれるだろう。なら、俺は何を望むのだろう――
「……何でも良いって言ったよな?」
「ああ、構わん。国宝でも秘術でも……とはいえ、どちらもお主には備わっておるな。だからこそ問いたいのだ。何が欲しいのかと」
「俺は、旅をしたい。伝説のアイテム……いかなる不可能さえも可能にするというアイテムを求める旅を。魔物をバッサバッサと切り裂く力が欲しい。その力を使って色んな装備を使って、生み出して、自分も他人も喜ばせたい。俺は、俺は――」
混乱する俺の様を見て、グリドスはふっと笑った。
「そのために、何を求める?」
「居場所が、欲しい。追い出される事のない、周りの人間も温かくて、笑って仕事をできる場が!」
「そう、それこそがお主の目的だ。そして、このマジスティアこそがお主の居場所だ。商売するも旅をするも仲間を作るのも自由。だが、帰ってくる場所は変わらずここにある」
俺は、溢れてくるものを見られたくなくて顔を伏せた。そうだ、強くなりたいだとか言い装備が欲しいだとか見下してきた奴を見返したいだとか、欲は億千万もある。
だけど一番は、そこだった。自分だって役に立てる。自分だって仲間が作れる。自分だって、安心して暮らせる場所がある。そう言って欲しかったのだ。
「ようこそ、クラフト。マジスティア大帝国には、お主を拒む者はおらん。お主がモノを欲しがらん事くらい分かっておった。だから、権利を与えよう。あらゆるダンジョンや国への通行証。いくらでも広げられる『合成屋』。どんな人間にも顔つなぎをしよう。それでよいか?」
「十分過ぎるさ……ありがとう、ございます」
「わっはっは! 似合わん敬語はよせ。お主とは、少なくともプライベートでは対等でありたいのだ」
グリドスの笑い声で、ようやく俺も笑えた。
「ってことは、リリアもお姫様なのか?」
「はい。隠していてすみません……といっても、第三姫なのですけどね」
「へえ……なんだ、俺は本当に何も見えてなかったんだな」
嘘を吐いていたわけじゃなかった。だけど、本心と向き合えた事で視界が変わった気分だ。
「それじゃ、私からも報酬をあげましょうか……後でね。きっとクラフトにぴったりの魔法だわ」
「そりゃ楽しみだ。なんだ、なんだよ……」
改めて俺は、この国で一番高い場所からマジスティアを見渡す。
「ここが、ここが俺の家か……人生、捨てたもんじゃないな」
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