第9話

「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。こちらは世にも珍しき『合成屋』! 今の装備に不便を感じているなら革命を起こして見せましょう!」


 そして、俺は帝国の大広場で店を開く権利をもらった。それだけでありがたいというのに、小さな町の冒険者でしかなかった俺には見たこともない大都会の景色をもらった。


 大きなパイプが入り乱れ、大きな歯車がぐるぐると回っている。まるで街全体が一つの生き物のようだ。鑑定をするまでもない、どのパイプがどのパーツを活かしてるのか、そのパーツは何をもたらしているのか、それが全て把握できる。


 把握はできる、が……こんな繊細で機械的に完璧な街を築こうとしたら、どれだけの年数と知恵が必要になるんだ、と驚いた。


「どうですか、クラフト様。私たちの住む国は」

「すげえ……学がないもんだから、ありきたりな言葉しか出てこねえけど……街が生きてる。一軒一軒……いや、柱の一本までもが少なくとも三つ以上の役割を果たしてやがる。それでいて、使われていない部分もあって……これは、どこかが狂った時の保険か?」


 神が設計図を作ったのだろうとしか思えない帝国の国は……見る人によっては無機質で油まみれに見えるかもしれないが、そこで暮らす様々な種族達は幸せそうに見えた。ならきっと、ここは素敵な場所なのだろう。


 そこで仕事をできる俺はきっと、立派な幸せ者だ。


「お姉さん、ここは何の店なんだ?」

「そこの店主に聞いてちょうだい」

「おいおい、素っ気ねえなあ。そんなんじゃ、この激戦区じゃ潰れちまうぜ?」

「潰れないわよ。彼が店主なのだから」


 だが、肝心の客引きをしてくれるというシフィがあまりに我流過ぎた。あれでは酒場のウェイトレスさえ務まらないだろう。


「へえ、べっぴんさんのあんたがそこまで買ってんのか。じゃ、ちょっと見せてもらおうか」


 だが、その態度が引っかかる人がたまに現れるのだから不思議なものだ。


「えーと……『レジェンド・クラフト』。ここの店名か? はは、ずいぶん大層な名前を掲げてんだな」

「名に恥じない働きをさせてもらうつもりだぜ。さあ、何をして欲しい? 装備の見直しか? それとも、『ランダムエンチャント』か?」


 後者の言葉に、客は目を丸くした。


「それって、ぼろ剣でさえ名刀に変わるかもしれないっつー伝説の技か?」

「まあ、運次第だけどな」

「料金は?」

「クズ銅貨一枚。装備の見直しなら素材と物々交換だ」

「おいおい、ずいぶん安いな……元が取れるのか?」


 その心配はない。なぜなら、この商売には元手は一切かからないからだ。素材は客が持ってきてくれるし、『ランダムエンチャント』は本当に何も考えず『合成』の力を使うだけだからだ。


「じゃ、一つ頼もうかな……クズ銅貨一枚で、この槍を頼むよ」


 そう言って客が差し出してきたのは、見るからにボロボロでシンプルな一本槍だった。


 ○N:鈍い 二本角

・物理ダメージ:3~8

・耐久値:8/39

・『二回突き』

 ○


 そのニヤけ面を見るに、きっと断られると思ったのだろう。だが……。


「はい、毎度あり! そんじゃ、行くぜ」


 そういう奴らを見返すのもまた、この商売の楽しい所だったりするもんだ。


 俺は何も念じず、槍に備わった能力の付け直し……『リロール』をする。


 ぱあ、と光が灯って現れたのは、まるで新品の三本刃だった。


 ○SR:切り裂く トライデント

・物理ダメージ:25~49

・耐久値:129/129

・水ダメージ:3~9

・『流破斬』

 ○


「ほい、一丁上がり」

「な、なっ……なんだこりゃ!? まるで別物じゃねえか!」

「悪いな、『ランダムエンチャント』ってのはこういうものだ。思い入れもあったんだろ」

「あ、あんなボロ槍がなんだって……」


 客はそう言うが、顔に影は残っている。


「確かにあの槍はそう大したものじゃなかったかもしれない。だが、それをあそこまで使い込むほど冒険を重ねてきたんだろ。柄を折らずに、手入れもしっかりして……じゃねえと、あの槍は生まれなかった」

「……そうだな。長く一緒に戦ってきてくれた槍だった」

「新たな槍にも、その思い入れだけは残してある。こいつも姿形は違えど、ちゃんとしたあんたの相棒だよ。大事にしてやってくれよな」


 ちょいちょい、とシフィを呼ぶと、彼女は面倒くさそうに槍を鑑定してくれた。人間というものは『泊』というものに弱い。


 だから、シフィには鑑定士としての資格を取ってもらったのだ。そこに並んだ効力を見て、客はさらに驚く。


「えっ……あのノーマル武器がSRランク武器になったのか!? しかも、俺の得意な水系統の武器だ。おいおい、こんなもの銀貨五十枚はするぜ? とても受け取れねえよ! 後でどれだけふっかけられてもおかしくねえ!」

「言ったろ、俺がもらうのはクズ銅貨一枚だけだ。それ以上もそれ以下もねえ。自分の幸運に感謝するんだな。そいつともきっと、これまでの冒険がなきゃ出会えなかった代物だろうぜ」

「ありがとう、ありがとうな! せめてもの礼に仲間にも『レジェンド・クラフト』の事は広めておくぞ!」


 なに、本当に感謝されるようなものじゃないんだ。こうしていれば――


「お、おい。俺のも頼むぜ! SRの武器だ。もしかしたらSSSだって……!」

「私も! ただのNRだけど、良い効果が付くかもなら!」


 勝手に客は集まってくるんだからな。客がツイてるって事は、俺もツイてるって事だ。


「クラフト様は、本当にすごいですねえ……あっという間に広場中の冒険者が殺到してきましたよ」

「対して魔力も使わねえのにこれだからな。顔を広める手段は金だけじゃねえって話さ」


 ――あああ! 俺のSR武器がぁ……!

 ――ランクは変わらなかったけど、これはこれで……?

 ――よっしゃあ! 重たくて仕方なかった大剣が……って、軽すぎて逆に使えねえよ!


 あちこちで嘆いたり喜んだり。しかし、俺はクズ銅貨一枚を返す必要はない。これもまた、この商売の良いところだ。


 そこで、そっとシフィがジト目でこちらを見ている事に気がついた。


「……クラフト、他人の武器をいじくるだけでどれだけ稼いだの?」

「クズ銅貨十枚で銅貨一枚だから……銅貨十八枚くらいか? 初日にしちゃ上々だな。今晩は良いもの食えるぜ」


 さて、店は二日に一回くらい開く事にして……今度は、お楽しみの素材掘り冒険だ。帝国のダンジョンには興味がある。


 他人の装備をいじるのも好きだが、やぱり自分の装備を揃えるのが醍醐味だからな。


 いらない武具は売りに出して、素材は『合成』して店用にとっておき、アタリの素材は自分で使う。


「完璧なプランだ……!」


 俺の楽しい新生活は、順調だった。

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