第5話
その後、何度か戦闘を挟んだが……無事に俺達は迷宮から出ることができた。
「あー、太陽気持ちいい!」
「私には少しまぶしいわ……400年ぶりだもの」
何はともあれ、ここまで来たら町はすぐそこだ。とっとと帰って――
「あのっ、この迷宮ってもしかして……もう踏破されてしまいましたか?」
と、そう声をかけてきたのはまだ二十もいってないような少女だった。シフィの艶やかな褐色肌に銀髪とは打って変わって純白な肌に黒髪をしていた。
「さっきボスを倒してきたとこだけど……何か用だったか?」
「そんなっ……で、では。『ランダムマジック』は……?」
「発生したよ。大したものは入ってなかったけど」
それを聞いて、少女はまさに絶望という顔つきをしてへたり込んでしまった。
「……何があったんだ?」
「お父様が……B系統の毒にかかってしまったんです。あと数時間も、保つかどうか……その特効薬が、このダンジョンのボスから出ると聞いて、いてもたってもいられず……」
おおぅ、ヘビーだねぇ。
「譲ってやりたい気持ちは山々だけど……そんな特効薬は出なかったぞ?」
「ですよね……そんな美味しい話、ないですよね……」
俺は、何も言葉はかけなかった。ここで諦めるならこの子の父親はそこまで。俺は慈善は好きじゃない。それは弱者を真の弱者たらしめるものだと知っているからだ。
だから、彼女が何もしなければ、俺はその場を去っていただろう。
「っ……まだ、まだです。お父様はいずれこの国を背負うお方。私にできる事があるのなら、何だってします」
「……何か、手がかりはあるのか? そうやってがむしゃらに走るだけか?」
「そうでもしなきゃ、助けられないじゃないですか! て……すみません。何も知らない貴方に怒鳴ってしまって」
良いだろう。いい加減こっちの良心の呵責も限界だった所だ。
「『ランダムマジック』の中に、体内の毒素を消し去る効果がある魔石が出た。それなら、譲ってやってもいい」
「本当ですか!? あれ、でもさっきは……」
「試すような真似をして悪かったね。だけど、こいつは使ったが最後、二十四時間後に確実に死ぬおまけ付きだ。それでも欲しいかい?」
「譲っていただけるなら、何だってします……! また二十四時間の猶予ができるなら!」
ちょっと、とシフィがそこで口を出してきた。
「アレはだめよ。今なら他の薬でどうにかなるかもしれないわ。だけど、アレを使ってしまえば本当に死ぬわよ」
「おいおい、忘れたのかよシフィ。俺は『合成師』だぜ? 出たものをそのまま使うなんて芸のない真似をするかよ」
さて、と俺は少女に向かって手を差し伸べた。
「よくこんな下級冒険者に、お嬢様が頭を下げた。後は俺に任せろ。家まで案内してくれ」
「はいっ。ありがとう、ありがとうございます……!」
そして俺たちは、駆け足で彼女の家まで向かった。その先にあったのは、どこの世界の大富豪だと言わんばかりの大豪邸だった。
「ここは……って、んな場合じゃないか」
「こちらです。裏口からで申し訳ありませんが……」
いやいや、その裏口でさえ豪勢なんだって。
「ここ、お父様が眠ってる……!」
「急ぎましょ、深刻化した系統Bの毒素なんて一分一秒が惜しい状態よ」
そして、彼女の父親がいるという部屋まで急ぎ足でやってきた。
「お父様!」
真っ先にベッドに向かった少女の前には……顔に紫色の痣が広がっている壮年の男が横たわっていた。その他にも数人の大人達が立っていたが、誰もが絶望的な表情をしていた。
もうここまでくれば分かる……大抵の薬じゃ延命にすらならない、末期だ。
「……まだだ。この魔石には毒素を消し去る力がある。それでどうにか……」
「魔石、魔石だと!? 貴様、どこの誰か知らんがこのお方を殺す気か?」
「リリア様、ポーションは……!?」
ああ、この子はリリアというのか。しかし、まあそうだよな。病気に対して魔石を使うなんて、尋常の考えじゃない。
「リリア……俺はまだ諦めてねえ。だけど、何もさせてもらえないんじゃ助けられねえ」
「貴方の持ってる毒を信じるか、お父様を見殺しにするかって事? そんなの……!」
やはり、ダメか? そりゃ、俺には関係無い事だ。部外者も良いところ……だけど、あんなダンジョンまで単独でやってきたリリアを俺は見捨てられない。
何より……あいつらが馬鹿にした、見捨てた俺の力を、今ここで証明したい。
他の誰でもない、俺が俺に自信を持つためだ。こんな腹づもりで信じてもらおうなんて方が妙な話か……だけど!
「リリア、俺を――」
「信じます。あんな情けない私に手を差し伸べてくださった、貴方を信じます。何もしないでお父様が死んでいくのを見るくらいなら……!」
その言葉に、大人達から動揺の声が漏れ出てくる。だが、不思議な事にそれ以上は何も言ってこなかった。だけど、今はそんな事どうでもいい。許しがもらえたなら、俺にできることは……『合成師』としての仕事だけだ。
「ハイヒールの指輪、ワーグナーの魔石……『合成』」
俺の『合成』では二つを一つにすることしかできない。だが、今はそれで十分だった。そして出来上がったのは……なんてことのない、一つの銀一色の指輪。
「な、何をするつもりかと思えば……指輪で体内に入った毒が癒やせるわけがないだろう! たかが魔法行使の僅かな助けになる程度のものではないか!」
その声達もいい加減鬱陶しくなって、俺はただ端的に告げた。
「黙れ。俺はお前らと言い争いをするために来たんじゃねえ。こいつを助けるために来たんだ。それを信じてくれたリリアを、馬鹿にするつもりか?」
その一言で、黙りこくる。そして俺は指輪をリリアに渡した。
「これを装着させればいいのですか?」
「ああ、それだけでいい」
緊張の一瞬。リリアが父親の屈強な腕を持ち上げて人差し指にそっと銀の指輪をはめ込む……。
すると、ぽう、と父親の全身が一度だけ光った。エンチャントが成功した証だ。そして、数秒後……。
「……ん? 儂は……死んだはずでは、無かったか?」
むくりと起き上がった父親を目の前にして、リリアは感極まるようにその胸に飛び込んでいった。動揺しているのは、周囲にいた大人達のみ。
「な、何だ……あの指輪は! まさか、貴様は『レジェンド・クラフト』だとでも言うつもりか!?」
「さ、先ほどまでの無礼を詫びよう……だが、こんな綺麗さっぱり末期の毒素が抜けたというこの事実は、一体……? どうか、教えてはいただけないだろうか?」
俺に迫ってくる奴らの質問全てに答えることはできなかったが……まあ、理屈くらいは開示してもいいだろう。
「あれは『薬の回復効果増強』の付いた指輪に魔石から解毒のエンチャントを抜き出して『合成』しただけだ。レジェンドレア……LRなんてほど遠い。ただの
その言葉に、今日最大のぽかーんとした顔が見られた。それだけで何だか、十分なお返しだと思えた。やっぱり、捨てたもんじゃないな、俺の『合成』は。
「じゃ、俺達は町に戻るから。一族の感動の再会に水差す気はねえから、安心しろよ」
そう言って、俺は宿を出た。そして、確信する。俺は、やはり『合成』の力で食っていける、と。
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