ままある令嬢転生かと思っていた。

ダイダイ

モブ令嬢と平民ヒロイン

「展開遅い。早く冒険者になりたい……。」


夕日が資料室に差し込んでいる。

朝晩はまだ肌寒い季節。普段締め切られているはずの大きな窓は開け放たれ、少し気温の下がり始めた部屋は赤く染まっている。その窓から今にも飛び出しそうに身を乗り出し、独りごちる影。

恐らく部屋に入ってくる者の存在に気付いていないのだろう。誰かに聞かれるわけがないつぶやき。

決して大きくないその声はなぜか私の耳には良く届いた。


「冒険者に憧れていらっしゃるんですか?」


ハッとして振り向いたのは小柄でピンクブロンドの髪をした瞳の大きな少女。

彼女の名前をリリア・ヴァレーという。

平民出身で、今年の奨学生の一人。

学業は優秀、何よりも珍しい治癒魔法の才能を認められこの王立学園に通っている。



この子はゲーム「フラワーキングダム1」のヒロイン。

可愛らしい容貌と純粋な性格で第二王子殿下の婚約者になる役。

一応女性向きゲームの筈だけど、お胸が凶器になるほど豊満で所謂ロリ顔。純粋なはずだけど話し方が少々ぶりっこ気味。

容姿のせいか性格のせいか、その両方か。当然のように女性受けが悪い主人公だったけれど、ゲーム自体が小説やアニメのメディアミックスから人気が出たお陰か、系列レーベルから出た続編「フラワーキングダム2〜蝶舞う花園〜」でも続投した。

女性向きの体をとりつつ少々成人のお友達を意識した作品で、まあなんていうか……人気も評価もそこそこだけど、コミカライズはわりとヒットしたらしい。深夜枠だけどアニメ化も予定されていたし。

続編では四人の中から主人公が選べて、更に隠しキャラが一人。どの女性でゲームを始めるかを決めてから攻略対象である「第二王子殿下」または「皇子の側近で未来の宰相殿」または「ふたりの幼なじみでもある将来の騎士団長」を攻略していく。


どうせなら途中に入る訓練や冒険のターンを増やして王子様の存在を忘れたら面白そうなのに。まあそれでは最早別のゲームか。とは言え、せっかく余りある才能を持ったヒロイン達なのにその能力を使うのがライバルの妨害のためだけだとか、勿体ない。



そこまで考えてハッとしました。

わたくしは何を考えているんでしょうか。ゲーム?キャラ?何のこと?


見ると少女は声を掛けられたことにか、呟きを聞かれたことにか、そもそも無人だと思っていた資料室に人が居たことにか。そのどれか、もしくはその全てに驚いたまま固まっている。

逆光で顔は見えないはずなのに、その表情は予想出来る。

驚愕で目を見開いているはずだ。涙を浮かべているかも知れない。ゲームではそうだったから。


ゲーム。またゲーム。何のことかしら。

でもこの夕日は見覚えがある。

ここで密かに泣いている彼女を見つけて、わたくしは……この赤い夕日が目にしみて、彼女の姿が印象的で、力になりたいと思った……はず。

頭が痛い。


「失礼しますわっ」

飛び出した私に彼女が何か言おうとしたのを背中で感じていたけれど、そんなことどうでもいい。

一人になりたい。





寮の部屋に戻り、ベッドに潜り込むと次々に自分のものでは無いはずの記憶が流れ込んでくる。

駅に向かう人の流れの中でいつも通り下を向いてあくびをかみ殺していた。

誰かの危ないという声が聞こえて顔を上げたときにはもう。誰かの杖が高く飛んでいて、トラックがすぐ横の女子高生を弾き飛ばしていた。

スローモーション、そして暗転。


……。

…………。

………………。


うん、理解した。納得出来ないけど理解した。

コレあれだ。流行の異世界転生ってやつだ。


そう納得する頃には、ほぼ丸一日経っていた。

学校を無断欠席してしまった。明日先生方に体調不良だったと言っておこう。わたしは今まで無遅刻無欠席の真面目な生徒だから、一日休んだくらい何とかなる。


しかしなあ。

花キンかあ〜友人が促販に関わってて貰ったからプレイしたし、別の友人が巻末おまけコミカライズに関わっている関係で攻略本まで貰っちゃったから、かなりやりこんでおいたと言っても過言では無いけど……。

元々のキャラデザが好みじゃ無いんだよなあ。男性の。キラキラ線が細い王子様って、なあ。コミカライズだと大分変わってたけど。


あと学生時代に語ってたままの進路を進んだ友人達へのやっかみも少々ある。

自分は希望じゃ無い部署に配属されて、やめる勇気も無いまま既にアラサー……。享年29か。悲しい。


まあ転生なんて希有な体験も出来たしいいか。


でも転生先がなあ。デイジー・ブラウンか。

伯爵家三女デイジー・ブラウン。名前もなんとなく地味な私は1・2通してお助けキャラだ。

ブラウン家の長女は既に婿養子を迎えて仲も円満、次女は男爵家ながら商売で成功している実業家と婚約中。学園時代の同級生でこちらも仲睦まじい。

デイジーは末っ子で姉たちにも両親にも愛され、何の憂いもない人生を送っている平凡な貴族。

1では貴族と平民の壁を越えてリリアの親友となり彼女の手助けをする。2では突然出てきてヒントを呟いて去って行く都合の良いキャラ。全ルート攻略後に解放される隠しキャラクターでもある。

『シルエットで分かっていたけど隠しキャラがモブ』『ご褒美感の無い隠しキャラ』『近所にいそうでいない顔』『地味子がグイグイ来る』とネットをざわつかせて度々ネタ扱いされる地味キャラ。

三次元になった自分を鏡で見てみると、長めの栗色の髪にはウェーブが掛かっていて顔もそれなりに整っている。華美でもないし可憐でもないけど、悪くない。

瞳も焦げ茶で確かに地味だけど、ネットでネタにされるような容姿じゃないんだけどな。

「他のヒロインが美人過ぎるんだよ……」

学校ですれ違った事のあるヒロイン達の容姿を思い出す。可愛い美しい色っぽい清楚。

そもそもの話、立ってる土俵が違うんだよ。デザインの気合いの入り方が違う。



さて、色々考え続けておなかも減ったし食堂にでも行こうかしら。

紅茶が飲みたいわ。

……ああ、私デイジー・ブラウンなんだな。前世ではコーヒー党で紅茶は苦手だったのに。

デイジー・ブラウンは甘いミルクティーが好き。山盛りの砂糖を入れて攻略対象者を絶句させるシーンがあった。

そんな所で私は転生したのだと再確認してしまった。



ここが異世界だと痛感した所、二つ目。

食堂に白米がない。うどんもない。

確かに洋風な世界観で牛丼をかきこんだりうどんを啜る貴族は絵にならないな。あってもいいのに。せめておにぎりとか。


身分に関係なく在学生は朝昼夜自由に使える食堂は人がまだまばら。

牛テールの煮込みをお願いして席に着く。


前世の記憶を思い出したと言っても、デイジーの記憶がなくなったわけではないのでテーブルマナーはお手の物。身のこなしや話し方は勝手に貴族変換されるみたい。ただし意識すると分からなくなるので、今は無心で食事を口に運ぶ。

口の気分は牛丼かきつねうどんだっただったけれど、丁寧に煮込まれた煮込みは大変美味しかった。お肉はほろほろ、野菜の甘みも出ている。自分じゃなかなか出来ない、時間と手間を掛けた味だ。

パンとライスが選べたら更に良かったのに。

パンも好きだけれど今は無性にお米が食べたい。

丼ものに、カレーも良いな。原点に戻っておにぎりも食べたい。






「デイジー様、少しよろしいですか?」

リリアさんに声を掛けられて、今は昨日の資料室にいる。人の居ない所で、と彼女が希望したからだ。

手には食堂で淹れて貰った紅茶入りのタンブラーがある。角砂糖は一つ。食堂の方にはいつも最低5つは入れるのに、体調が悪いんですか。と心配されてしまって苦笑いを返した。

丁度良いと思うと同時に甘さが足りないとも思う。二つの味覚があると苦労するかも。馴染むのを待つしかないわね。


隅の作業机に彼女を促して自分も座る。

ここは良く資料の整理を頼まれるデイジーのお気に入りの場所だ。本棚に阻まれて入り口からは見えないけれど、横に小さな窓があり四季折々の景色も楽しめる。


「あのっ、昨日の独り言は聞かなかったことにしていただけませんか!」

さて、何から話そうかと考えていると緊張した面持ちの彼女の方から口を開いた。

「ああ、冒険者……いえ、昨日は何も聞いておりませんわ。どなたか珍しく此処にいらしゃったからつい覗いただけ。何も、聞いておりませんわ。それとも何かおしゃったかしら?」

うっかり口を滑らせたため、慌てて取り繕ったら早口できつい口調になってしまったかも知れない。

リリアさんは「いえ、」と言ったまま黙ってしまった。

彼女の考えはなんとなく理解出来る。

奨学生の彼女は卒業後一定年数国の機関で働くことが暗黙のルールで決められている。明文化はされていない。あくまで慣例だけれどそれを破りたいと思っている者に奨学金が出続けるか怪しい。

学費はそれなりに掛かるし、貴族の「それなり」は平民の彼女には大変な額だろう。

身分に関係なく国が学費を負担してくれる初等部までは多くの子どもが学校に通うが、中等部から一気に減るのはそのためだ。


そういえば今は高等部一年生だ。リリアさんも同学年の筈。そして今までゲームのイベントらしいことが起こった記憶はない。

ということはここは花キン2の世界観かしら。1は中等部がメイン舞台だったし。


「そういえば、リリアさんは昨日ここにいらしゃったのよね?わたくしはよく先生方に資料の整理を頼まれてここに来るのだけれど、あなたはどうして此処に?」


ゲームの冒頭に攻略対象三人衆と親しく話していたとか何とかで、女子生徒に嫉妬からの意地悪をされて資料室で泣いているシーンがあった。そこで登場して導きを与えるのがわたしデイジーだったはず。

昨日は前世を思い出すというイレギュラーな出来事でそのイベントを台無しにしてしまったのかも。

だとしたら今から軌道修正した方が良いかしら。

でも昨日はいじめられてメソメソという雰囲気でもなかったように思うのよね。ちょっと自分のことで精一杯で、しっかり見てはいなかったけれど。


「あの、伝説……いいつたえ?でここに私の探している物があるはずで、それを探して……」


伝説って。伝説……

『あの伝説のヒロイン好感度0の迷作が遂にコミカライズ!!!』

帯のあおり文句を思い出してつい噴き出してしまった。


「それなら私が力になれるかも知れないわ」

ここに、と昨日の大きな窓の方に誘導してから気付いた。こっちは「1」の隠し場所だ。「えーと2でリリアさんの隠し場所は壁際の箱の二番目、と。」

我慢出来ず出てしまった笑いを誤魔化そうとしたら場所を間違えた。1と2だとこの資料室は共通だけど、隠し場所や隠されているモノの種類が増えるのだ。


あった。癒やしのアミュレット。

「『これはあなたに預けます。よい導きがありますように』」

あ、ゲームの台詞を言ってしまった。唐突だったかしら。

リリアさんが驚いた顔をしている。



それから大変リリアさんに懐かれた。

懐かれたというか、友達になったと言っても良いかもしれない。シリーズを通して早い段階からデイジーとリリアは友達になるはずが、不思議なほど今まで接点がなかった。

無視をしているというわけでなく、ごく当たり前のように接点がなかったのだ。

それが嘘のようだ。


「それはそれまで私が避けていたからです。申し分かりません。」


また資料室である。

この部屋は便利だ。人は滅多に来ないのに、何故か知りたいことのヒントはだいたいここにある。今は許可がなくては入れない大図書館へ続く隠し通路があるのも知っている。攻略本様々。


「甘い……」

デイジー様に持っていくと言ったらそれを淹れてくれたんですけれど、お嫌いでしたか。

そうリリアさんは困った顔をするが、これはしょうがない。まだ味覚の統合がされていないのだ。今度スパイスと煮込んでチャイ風の飲み物を作ってもらおう。それなら甘くても何故か歓迎出来る。

なんでこの世界コーヒーがないんだろう。

米もないしコーヒーもない。魔法はあっても醤油がない。不便だ。



「リリアさんのせいじゃないの。最近ちょっと甘い紅茶に飽きてしまって。食堂の方にお伝えはしたんだけれど、利用する生徒は多いし、一度付いたイメージは簡単には変わらないわね。」

今度チャイを提案してみるわ。変わったものを提案したら印象に残りやすいでしょうし。

ワカメのビネガー和えが食堂に出た時は、考案者が植物に詳しい三年生の令嬢だとすぐに広まった。だから面識がなくてもその生徒が変わった食べ物を好むことは食堂の職員は勿論利用者も知っている。

どちらかというと不人気ですぐにメニューから外されたが、美容によいという事で個人リクエスト(有料)で作って貰う生徒もいるらしい。


「シナモンはあったわよねえ。カルダモンとグローブってあったかしら。あ、それと、はやめてね」

「シナモンロールはありますので、シナモンはありますが他はどうでしょう。気をつけます……」


また無言になってしまった。


「リリアさん?何か人に聞かれたくない話があったのではなくて?」

「……」

窓の外は柔らかい風が吹いている。

青々と茂った葉が緩やかになびいて、花壇には可愛らしい花が咲いていて細く開けた窓から華やかな匂いが入ってくる。可憐な見た目のわりに香りが強い花。初めて見た気がするから植える花を変えたのだろうか。

どことなく綿毛またはニラの花っぽくてポンポンと咲いた花がかわいらしい。

ニラかぁ。

レバニラ、チャーハン、餃子……。

駄目だ、最近すぐに食べ物に結びつけて考えてしまう。

食堂のご飯は美味しいけれど、洋食風のものばかりだから。ゲームならその辺の設定をもっと庶民的にしておいたら良いのに。ご都合主義歓迎なのに。他の設定緩いくせに。


「あの、わたし、上手く話を誘導するとかそう言うの苦手で、」

うん、そんな感じね。

まだ短い付き合いだけどそれはなんとなく感じていたわ。言うなれば体育会系直球型をまろやかにした感じ。

わりと気持ちが顔に出ちゃうしね。

私が「アミュレットを上手く使えば治癒魔法も安定するわ。特定の一族以外で発現するのは大変珍しいことだから、王族に見初められるなんて未来もあるかも知れないわね。今学園の二年生には第二王子殿下がいらっしゃるし、未来の宰相様に未来の騎士団長様もいらっしゃる。接点を持つことがあるかも知れないわ。リリアさんは大変可愛らしい方ですし。」なんてゲーム通りに説明キャラらしく言った日にはもう「無理・嫌・絶望」って顔に描いてあったもの。


「デイジー様、さんの口から時々出てくるワードとか、これから起こることを予知したりとか見ているうちにそうじゃ無いかなって思うことがあって。核心に迫る言葉を聞けたらって思ってたんですけれど難しくて。」

もう直接聞くことにしました。

デイジーさんは、日本人ですか。


「ええ、そうよ。」

私の方も思っていた。

リリアさん設定と違うな、と。

性格は実は真っ直ぐで情に厚いと言う設定もあったから、それが体育会系に見えているのかなとも思ったけれど。

攻略対象三人衆に行き会わないように避けているし、うっかり廊下ですれ違っても他の生徒に紛れ込むように努めているし。なによりもあの絶望顔。

ああこの子ゲームとは違うなって。

プレーヤーが誰をヒロインに選んでも、他の子達も大なり小なり三人衆の誰かに好意を寄せている描写があったし。時には妨害する側に回ったりね。

私は序盤で全員に良い顔する三人衆をイマイチ好きになれなかったけれど、デイジーは密かに思いを寄せている描写があった。

今探してもそんな気持ち私の中のどこにもないのだけれど。不思議ね。


「そんなに簡単に認めてくれるんですか……」

「だって確信を持って聞いてきたのでしょう?否定しても無駄だし、せっかくお友達になれたのに嘘をつきたくないわ」



その日からリリアさんと更に親しくなった気がする。


「王子様の取り合いとか、そう言うの趣味じゃないというか、関わりたくないというか。むしろこの邪魔な長い髪も、制服があざといデザインなのも全部嫌い。あと私好みのタイプは善良で真面目なゴリラ寄りのギリ人間って言う人です。なんで未来の騎士と言われてる人があんなモヤシの親戚なんですかね。納得いかないです。あとチャラい。」

資料室は本音を言い合う場所となって、ほとんど毎日授業後にお喋りをしている。

彼女は花キン1のコミカライズを友人に借りた事があるそうで、その記憶を頼りに魔法能力を上げるアイテムをあの日探しに来ていたのだ、と教えてくれた。

前世の記憶が戻ってきた中等部の頃から、いつイベントが始まっても良いように気を張って過ごしていたのに、そろそろ公爵令嬢と第二王子の婚約が発表されると思っていたのに、待てど暮らせど何も状況が進展しないことに業を煮やし、自分で行動してみようと思ったのだと。

まだ自分で制御しきれない魔法がアイテムで安定させられたら、正直学園をやめて冒険者になろうかな、と思っていたそうだ。卒業したら進路がほぼ決まってしまうし。

その方が性に合っているし、望まない学園ドロドロに巻き込まれることもない。

「アイテムなら私に言ってくれたらよかったのに」

実はアレ、私が探さないと出てこない設定になっている。同じ窪みを見ても、箱を開けても私しか見つけられないのだ。攻略本情報。

「デイジーさんに話しかけたら、自分ルートで何か始まっちゃいそうで。それは嫌だったので。」

それにしても2の方は攻略対象が三人もいるって知りませんでした。どおりで三人いつも群れてたんですね。まとめて避けてましたけど。

「群れてる、って。リリアさん結構王子様達嫌い?」

「嫌いと言うよりも興味がないんですよ。何かが始まっちゃ困ります。煩わしいので。ゴリラ希望。キラキラ爽やか風は顔の見分けも付かないです。正直。」

鼻に皺を寄せてイーとする姿が可愛らしい。聞いてみると彼女は前世で女子高生(ハンドボール部主将)だったそうだ。

年齢を聞いたからと言うわけでもないけれど、最近なんだか妹のように思い始めている。


「魔法が安定してきて、これからどうするの?」

「せっかくデイジーさんとも親しくなれたし、——前世を思い出してから上手く友達を作れなくなっていたんです——まだもうしばらくは学びたい事もあるんですけれど、正直迷っています。探していたアイテムは手に入れたことですし。魔法が安定してきているのは学園には一応秘密にしているので。」

最初デイジーさんに話しかけたときは、まだ学校から追い出されたら困ると焦っていたんですけれど、今はそこまで思い詰めてはいないですね。


「冒険者、登録しちゃいましょうか」

資料室の棚の上に横置きされてる、中が刳り抜かれている古い本の中から『デイジーブラウン用のアミュレット』を取り出す。

「私もね、珍しい魔法が使えるようになるはずなの。」

後衛だけになってしまうけど、二人でパーティー組んでみる?

わたしだって、ドロドロ女の戦いに巻き込まれるのはごめんなの。万が一のために自分が力をつけておくのも悪くない。

何かの拍子にルートが始まっては困るし、舞台から役者が減れば残りのヒロイン達が輝きやすくなるんじゃあないかしら。ヒロインはあと三人もいるんだし。

「学園在学中に冒険者で経験を積む方達はいるし、二年生から始まる薬草学の勉強が出来るという言い訳もあるわ。」

彼女は平民。

私は貴族とはいえ、甘い両親は三女の私は自由に暮らして良いと言ってくれている。理解があるわ。

「多くはないけれど、身分を隠して冒険者をしている貴族もいるわ。ちょっと楽しそうね。」

私だってラノベにゲーム漫画を嗜む身。

冒険者って響きは心が躍るわ。




夏の終わり。

こっそり練習していた(どうでも良いけれど、コソ練という言葉を初めて知った)魔法が何とかモノになってきたので自由組合で冒険者登録をすることにした。

しばらくは学園が休みの日だけの見習い冒険者の予定。


ドキドキしながら建物の扉の前に立つ。

ギルドには酒場も併設しているから絡まれたらどうしようかしら。こちらは若い女性ふたり。お胸が凶器で可愛らしいリリアもいるし。

「デイジー、緊張してる?」

「リリアこそ。行きましょうか。」

ふたりは駆け出しの冒険者に見えるように誂えた装備を身につけている。

リリアは最後まで遠慮しようとしたが、伯爵家の娘とその学友だ。布の服と檜の棒で冒険を始めるわけにはいかない。

実家からのおこづかいを惜しみなく放出した。勿論二人分。



扉を開けると見た目よりも軽い。と思ったら丁度内側からも開けていたようだ。つけた勢いが殺しきれずに、相手の胸に倒れ込む。


お嬢さん、大丈夫かい。おや?

……後輩かな。いや、もしかして、まさかね?

慌てて身を起こした私の肩を掴み、男性にも負けないくらいの長身に赤い髪の美女が顔をのぞき込む。


「まさか、ねえ?」

何がまさかなのかしら。

二人とも小柄な女の子なのが気になります?

「どうしたの?えっ」

その後ろから見事なプラチナブロンドの美女が顔を出す。

「なに?あら!」

更に美しい黒髪の美女も顔を出した。


なにかしら、今日は美女にばかり会うわ。

「君たちも来ちゃったか!しょうがない、作戦変更かな」


出ようとしたはずの扉から室内に戻っていく三人の美女。

それぞれ冒険者風の胸当てやローブを身につけているが、よくよく考えたらその顔には見覚えがある。


「リリア、あれってそうよね」

「ええ、間違いないと思う」



赤毛の女性はカサブランカ・ルージュリュビ辺境伯令嬢。

黒髪の女性はカーラ・ビーヤール子爵令嬢。

プラチナブロンドの女性はマリアローズ・ジョーヌパール侯爵令嬢。



ああ何で。

これから世界に羽ばたく冒険者になるわよと意気揚々扉を開いたのに、ヒロイン候補の三人が冒険者の格好で出てくるのかしら。

彼女たちは……冒険者の先輩って事?

しかも装備はほどよく使い込まれている。比べるとまっさら新品の装備の自分達が恥ずかしくなる。


本当にこれって……どうなっているの?









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