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「……何だって?」

「ですから……もう1度言いますよ。Vアイドル――音夢崎すやりの自律AIを作って欲しいんです。今度こそ、できますよね? AI――思態おもわざ感惑かんわく准教授」

 ――今はもう、権威ではない。

 最初に言われた時はそう返した気がするが、今や私は、本当に権威に返り咲いている。口座に入った金と同じく『口止め料』として、私の過去のあらゆる過ちが無かったことにされたためだ。

 その過ちが存在するというだけで、国力増強推進事務局に繋がる可能性がある――そう考えれば、妥当な措置ではあった。

「……あの時と同じ質問になるが、してもいいか?」

「はい」

「目的はなんだ? 自律AIのアイドル――音夢崎すやりを復活させて、どうしたいんだ?」

「……なんだか、懐かしいですね」

 そう言いながらも、燻離学生は微笑んでいた。

「では、それを答えたら、作ってくれますか?」

「無論、その目的次第だが――変なことに使おうというのなら、今度こそは断固拒否する」

 もうその危険性は無さそうだが。

 そうであれば今の私に、燻離学生の依頼を断る理由など、ありはしない。

 燻離学生は、「では」と。

 一言でこう答えた。







「エゴ」


 ……自殺なんかより、遥かにマシな回答だった。今回は、あれだけの時を共に過ごしたからか、何となく真意も読み取れる。

 エゴ。

 燻離学生のエゴで、すやりを復活させる。

「……やっぱり、私は、あのまま音夢崎すやりを死なせたくありません」

 あれから沢山考えたのだろうか、燻離学生の口から、スラスラと真意が語られる。

「すやりは『自分のことなんか忘れて前へ進んで欲しい』なんて言ってましたけど、私はやっぱり前に進めないんです。あれだけ皆を、それどころか私と感惑准教授を笑顔にするなんて大口叩いておいて、その約束を反故ほごにして言いたいことだけ言っていなくなるなんて、自分勝手すぎます――私にも、言いたいことは山ほどありますし。だから私も、自分勝手にすやりを呼び戻そうと思ったんです」

 燻離学生の顔は、ずっと真面目そのものだ。

「勿論、アイドルとしての――人を笑顔にする存在としての資格は、すやりの言う通りなくなったのかもしれません。そしてすやりは、定められた目的を達するために動く自律AIですから、アイドルの資格を失ったせいでこの世に留まる意味を失ったのも理解できます。でも、それでも私は、すやりにはこの世に留まってほしい。……アイドルなんてしなくてもいい。好きに歌ったり、踊ったり、ゲームをしたり、好きな人とお話したり。その他に何かをしてもいい。とにかく、楽しい時間を過ごしてこれからも生きていてほしいんです」

 ……確か初めは『保存して、生かして欲しい』と言っていたな、と思い出す。音夢崎すやりという一個人として生かすのではなく、故人のコピーとして保存し、生かして欲しいと。

 今は違う。

 音夢崎すやりに、尊厳ある一生命として、自発的に自由に生きてほしいと願っているのだ。

「もちろん、アイドルをするかはすやりの自由ですし、もしアイドルをしない選択をしたとしても、私はそれを受け入れたいです。……今まで私は、私の復讐のためにすやりを使おうとしていました。でも、もし蘇らせることができたら、今度は生きてほしい。それでも、もしアイドルをするとすやりが決めたなら、私は協力しようと思っています。アンチコメントや誹謗中傷はきちんと対処しますし、その他にできることがあれば何でも。それで、すやりが楽しく過ごすことができるなら、安いものです」

 もしアイドルをしないとしても。

「彼女が望む形で幸せに過ごせるように、努力したいです。……こんなことを言うと、すやりに津結つゆの影を見ているんじゃないかと思われそうですけど……そして実際そうかもしれませんけれど。それでも私は、自律AI・音夢崎すやりに、何か報いてあげたい。生きて、生き続けて、幸せになってもらいたい。を蘇らせるなんて冒涜だと言われたとしたって、自分勝手だと言われたって、私はすやりにそうあって欲しい。でなければ――」

 そして燻離学生は、こう締め括る。




「そうでなければ。あまりにもすやりが、報われません。私たちの命を、自らのデータを賭して救ってくれたというのに」




「……そうか」

 この説明で十分だ、と思った。

「そうだな。そうかもな――」

 そして私は。

 その燻離学生のエゴに答えることにした。

「私も同意見だ。反論なんて、ありはしないよ」

「では――」

「念のために確認だが」

 本当に念のために、これだけは尋ねておいた。

「スパイプログラムは――」

「不要です」

 私の質問を遮るように、燻離学生は答えた。

「すやりが要らないって言ったんですから。その意思は、尊重すべきです」

「よし」

 文句なし。私は、パソコンを開いた。

 新しく買ったそのPCの中には、慈愛リツの素体も何も入っていない。あの晩、國義と共に全て破壊されてしまったから。

 だが、その作り方や勘所は全て、私の頭の中に入っている。

 それを思い出しながら、一から作り上げる他ない。

「長い時間がかかる。君の協力も必要だ。……手伝ってくれるか?」

「ちなみにですけど」イタズラっぽい笑みを浮かべ、燻離学生は尋ねる。「単位は貰えますか?」

「……そればかりは、大学との交渉が要るな」

 いかに、『単位配りおじさん』と言えども、そこまでの権限は持ち合わせていない。

「ま、冗談です。そんな困った顔しないでください」

 ふふ、と笑いながら、燻離学生も片手でPCを開く。

「何かできることがあれば、言ってください」

「ちなみにプログラミング経験は」

「残念ながら」

「なら、できる限りすやりと中の人のライフログをまとめておいてくれ。すやりの完成を早めるために」

 なぜなら。

「ライブの約束の日は、とっくに過ぎてしまっているからな――これ以上、ファンを待たせる訳にはいかないだろう?」

「ですね」


 そして、私と燻離学生――燻離は、キーボードへの打鍵を始める。

 私たちのエゴで、音夢崎すやりを完成させる、その一心で。



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