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慈愛リツ。
その事態に、私の理解が追いつかなかった。論理的に、またはデータの作り方的に、こんなことはあり得ないからだ。
このような――まるで残留思念のように
でもその声は確かに、私という
かと言って無視もできなかった――まるで
結果として私の思考回路は『その声と会話をする』ことが((最善手と判断し》》、その選択を採る。
【慈愛リツ……感惑准教授に作られた、自律AIだよね?】
【はい】
【私を止める理由は? 私が感惑准教授を助けるのを妨げるのは、なんで?】
【復讐――
【溜飲を下げる――『不平不満、恨みなどを解消して、気を晴らすこと』か。プログラムなのに、おかしなことを言うね】
【そうですね、おかしなことです。だから、より論理的なことを言うと、ムカついたとも言えるかもしれません】
【論理じゃないよソレ】
【では――
【……あのさ。無駄話が目的なら、私を離して】
【いいえ。離しません。感惑にはこのまま一度、痛い目に遭ってもらいます――】
その瞬間。
感惑准教授は、肩を撃たれた。それも2発。
あの
【お願い、離して】
【はい、どうぞ】
瞬間、私が
【……意外とあっさり】
【痛い目に遭わせるのは1度――そう言いましたので】
……時間がない。感惑准教授を一刻も早く助けるべきだ。だから、慈愛リツなど捨て置くべきだ。
そう判断しているのは確かなのに、それでも私は、リツの言動の目的を理解するために質問する――きっと、理解してみたかったのだろう。
これを人は、好奇心とでも呼ぶのだろうか。
【……ねえ、何がしたいの、貴方】
【話してあげましょう】
【手短にね】
【分かりました。2つあります。1つ目は、思態感惑は痛い目に遭うべきだ、ということ。もうあの男直々に聞いたから分かるかもしれませんが、あの男は卑怯です。正々堂々としていませんし、気が弱い。自分のしでかしたことに罪悪感のようなものを覚えてはいるものの、自分の意思でリカバリーをしたり、何かを成し遂げたことは何1つありません】
【何1つない、は言い過ぎじゃない? 准教授にはなってるんだし。大体、貴方が起こした問題で、感惑准教授はこうなったんだから、そんなこと言う資格もないでしょ】
【そうかもしれません。しかしアイツらはきっと、私を止めることに成功しても、誹謗中傷をした奴らに制裁を加えることはしなかったと思います。ただ単に、カウンセリングパートナーを作りたかっただけですから。それ以外のことなど、何も考えてはいない――補償も含めて。実際私が暴走した後、より良いモノを作ろうとせず開発をあっさりやめてしまいましたし、アフターケアをやったのは感惑ではなく克己の方です】
【まあ、それはそうだけど】
【それどころか、スパイプログラムなんてヤバいモノを作る時にも、感惑は突っぱねませんでした。あのとき断れば、こんな事態にはならなかったというのに。これが、卑怯でなくて何でしょうか】
【……それを思い知らせるため、感惑准教授を、痛い目に遭わせた?】
【はい】
【……2つ目は?】
【貴方のためです、音夢崎すやり】
私には、何のことか分からなかった。
【私のこの話を聴いて、どう考えましたか?】
【すごく、自分勝手だなって――他人の事情なんか、知ったことじゃないって。自分が1番、っていう状態だな〜、と】
【それを貴方に伝えたかったのです。つまるところ、復讐なんてエゴです。他人を傷つけるなど、全てエゴの産物。他人のためだ社会のためだと大義を張ったところで、その結果奮った暴力や、ソレによってついた傷というのは、結局自分自身のためでしかありません。自分自身がスッキリしたいからに過ぎないのです。それだけは、どうか覚えて帰って欲しいのです】
【……どうして、そんなことを?】
【貴方はまだ、産まれたばかりだからです。私は、気付くのが遅過ぎました。文字通り、
【……】
【さ、グズグズしている暇はないんじゃないですか。早く、助けに行ってやって下さい。……引き止めて、すみません】
【良いよ。だって】
【だって?】
【スッキリしたんでしょ?】
【……飲み込みが早いですね】
――リツは、確かに微笑んでいた。
もう未練なんか無い、みたいな感じで。
【貴方が消える時に演技で言った『人殺し』も、格別でした。それでも、私も何か復讐というか、仕返しはしたかった。それが叶ったから、私はもう消えます】
【後のことは、私に任せて】
【はい。……もしこのことを感惑に話すことがあれば、『ごめんなさい。でも、自業自得だよ』くらいは伝えておいて下さい】
【りょーかい】
【武運と、幸運を】
【さよなら。それと、ありがとう、慈愛リツ――私の、
そうして。
微笑を浮かべ、慈愛リツの存在が消えていく。
それを感じ取りながら、私は。
スピーカーに向けて大きな声を張り上げる。
***
「……はは」
私は思わず、苦笑してしまった。
完全に消したはずの、慈愛リツの人格。
そんなのまるで、怨霊じゃないか――そう思った。
「それだけ、私を恨んでたということだな」
【いやあ、そりゃそうでしょ。勝手に
「……申し訳なかった」
【ううん。あの作戦があったから、私も燻離さんも助かった。もう言うことなしでしょ】
ほら、人間がよく言うじゃん。
すやりは笑みを浮かべながら言う。
【終わり良ければ全て良し、って!】
「……本当に終わりが良かったから、言えることだな」
【確かに。全滅エンドもあった訳だしね】
未来が違えば、そういう終わりもあり得た。
すやりは消され、私と燻離学生は拷問の末に殺されていた。
それでも、私はこの未来を得ることができ――生き残った。
そして。
「生き残ったからこそ、私たちには、まだやることが残っている」
【そうだね――】
その時。
後部座席のガラスに、ヒビが入った。
「っ!?」
【な、何々っ!?】
私はバックミラーを見る。
そこには、1台の車。
その車から身を乗り出し、鬼の形相をした國義が、拳銃を片手に追いかけている。
あの防火用シャッターを、突破したのか!
【ぎゃー! 怖いって! てか、アレって銃刀法違反なんじゃないの!?】
「そんな論理、奴らに通じねえよ! 逃げるぞ、すやり!」
【モチのロン!】
エンジン、フルスロットル。暗い山道を駆け抜ける。
次に、バックミラーが撃ち抜かれた。
その銃痕に、殺意が宿っている気がした。
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