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『完全自律AI作成計画(仮)』。
それは一言で言えば、『自らで思考し、自らで指向性を作り上げるAIを制作する』計画。
荒唐無稽に思えるかもしれないが、実際、そういうAIを作り上げること自体は、技術的に可能な次元にある。
――以前にも述べた通り、AIの機械学習には、3つの段階がある。
1つ目は『教師あり学習』。つまりは人間が教師となり、正しい結果をAIに教えていくこと。通常のデータのインプットと何ら変わりはない。
2つ目は『教師なし学習』。人間がAIにデータをインプットするのは変わらないが、さっきとの最大の違いは、正解のデータを教えないことだ。つまりAIは、これまで教えてもらった正解データの蓄積から、正解を自ら導き出さねばならない。
そして3つ目が『強化学習』。AI自らで正解を導くところまでは『教師なし学習』と同じで、今度は導き出した正解に
その進化(深化)は留まるところを知らず、2020年頃には既に、画像や映像・音声などといった複数種類のデータからの推論も可能になっている。例えば、2人の人間が話している映像を想像して欲しい。その映像に音声が付いていなければ、仲良く話しているのか口論になっているのか、判断がつかないだろう(顔が見えなければ尚のこと無理だ)。ここに音声データ――つまり、話の内容や声のトーンが追加されて初めて、その会話が穏和か険悪かを判断できる。
こういう判断や情報処理が、AIでもできるようになってきている。例えばこれを監視カメラに応用すると、ある2人の会話が口論だと判断すれば、喧嘩になる危険性が高いと判断して警察に通報――なんてこともできるようになる。
こうした学習と複数データから推論を行うAI、所謂マルチモーダルAIは、自律AIの走りとさえ言われている。故に自律AIを作ることは、技術的には全く不可能という訳ではない。
このように、AIの進歩は早い……異様なまでに。だから世の企業は、社会貢献のため、そして何より自社利益のため、他を出し抜こうと必死だ。
「まず、弊社のビジョンですが、世界をAIで明るく、というものです」
ハキハキとした声で、パワーポイントのページを遷移させながら、克己はプレゼンする。
「弊社の名前、『
個人的には、よくできた社名だと思った。また、まだ見ぬ答え、だからこそ『
「私は、AIには無限の可能性が秘められていると考えています。その可能性の中には、人間社会の数々の問題を解決してくれる、というものもあると考えています」
「失礼。質問してもいいだろうか?」
「勿論です」
「例えば、その『可能性』にはどういったものがあるとお考えで?」
「労働力の担い手としては言わずもがな。他にもセラピストとしての役割や、企業や顧客の問題解決をするアドバイザーとしての役割などがあると考えています。この中で、弊社アドバイザーとしての役割を持つAI事業――要は、カスタマーサポートとしてのチャットボットAIの事業に成功しております。が、これだけをしていても、弊社の理念は達成し切れません。このアドバイザーAIの知見を用いて、更に進歩せねばなりません」
そこで、とパワーポイントを次にめくる。
「次に弊社が目指すのは、セラピスト――悩める人へのアドバイザーの役割を持つ自律AIです。とは言え、精神科医と同じレベルでのセラピストは、初めから目指すとなると中々に困難です」
これには同意した。
精神科医に求められるのは、人から情報を引き出す力。インプットに頼る部分がまだまだ大きいAIに、セラピストは困難な仕事だ。
実際2023年、アメリカのとある機関がセラピストとして対話型AIを導入したところ、かえって有害なアドバイスをしたために、わずか数日で停止されている。
「実際にセラピストとして機能するためには、膨大な、
頷く。
「ですから」
そして、克己は。
「まずはその1歩目として」
パワーポイントを、めくる。
「こちらを作ることにしました」
パワーポイントの画面に現れたのは――可愛らしいデザインをした、少女。
白く、肩まで届かないくらいの短い髪。『A』と『I』の文字を模した2つの
……正直、少し、茫然としてしまったのを覚えている。
そこにいたのは紛れもなく、配信者というか、アイドルのような見た目の少女だったからだ。
「……驚かれているようですね」無理もない、という感じで克己は微笑んだ。「そうです、私がセラピストAIの走りとしてまず、バーチャル配信者を作ろうと思うのです。ただし、中の演者――いわゆる、『中の人』はいません。これを完全自律AIで作ろうと思っています」
――この時、2020年7月。
今でこそ、幾つかの有名なAI配信者はいるが、この当時はまだ片手で数えるに足るくらいしかおらず、しかもそれ程話題にも上がっていなかった。むしろ、バーチャルアイドルを含め、配信者には『中の人』がいて当然だった。名だたる企業は、炎上というリスクを恐れるからだ。
しかし、このリスクには大きなリターンが付いてくる。
実際、話題性としては申し分ない。そしてその話題性があれば、例えばクラウドファンディングでのウケも良い筈だ(勿論、宣伝の仕方は凝らねばならないし、
この時点で、かなり面白い試みだと思った。
が、やはり炎上のリスクはついて回る。
「もう1つ良いか」
「ええ」
「医療現場に出さないとは言え、世には出す訳だ。配信者ならば尚のこと、発言の影響力も大きくなる。下手なことを言ったらもっと目も当てられない事態になりはしないか?」
克己は想定内とばかりに微笑む。
「勿論、リスクヘッジは取ります。実際に回答を発言させる前に、運営管理者である我々の方でその内容を確認します。問題なければそのまま発言させて、問題があれば回答を再生成または適宜修正します。回答が難しい場合は、ちょっとお茶を濁して逃げる予定です。そうしてこの自律AIの間違いを正し、正解を教え込み、いずれは1人でに正解を導き出し、選び取ってくれることを目指しています」
なるほど、その辺りもしっかり考えている訳だ。
「どうです? この話、貴方にとっても悪い話ではないはずです。自律AIはまだまだ発展途上。AIを研究されている感惑准教授にとっても実績の1つになりますし、利のある話だと考えています」
無論、と克己は注釈を加える。
「仰られたように、リスクがない訳ではありません。釈迦に説法ですが、AIの動きはブラックボックスです。よく言われる自動運転とトロッコ問題の議論も、現在はまだ解決されていません。いくらリスクヘッジを取るとは言え、成功すればするほどより多くの衆目にさらされ、いわゆる炎上のリスクが増大します。そうなった時には会社としてキチンと対処しますのでご安心下さればと思いますが」
もし、と克己は一旦言葉を止めてから、続ける。
「そのリスクを回避したい、ということでしたら、今回の話は無かったことに。無論、この話に関しては守秘を貫いていただくことにはなりますが――」
守秘。
それはつまり――私がここで断った場合は、別の人にこの仕事が回るということを意味し。
克己は本気で、この事業を始める気なのだということをも意味していた。
ここでの私の返答は、自ずと決まっていた。
「……わかりました。そのお話、受けましょう」
私は、幾つか打算的な考えを浮かべていた。これによって会社から(些少とは言え)お金が貰えること、研究を前へ進めるためにも丁度良い機会であること、それによって昇進の可能性も少しは高まるだろうと思ったことなど。これらだけでも、リスクと釣り合っていると私は判断した。
しかし、それ以上に。
彼の口車に乗ってみるのも、案外面白そうだ、と思ったのが大きい。
だからこそこの後、彼とは数年もの間、交流をすることになる。
「本当ですか! ありがとうございます!」
ここまで即決されると思わなかったのか、克己は思わず立ち上がり満面の笑みを浮かべていた。やはり気持ちの良い人物だと、この時も思った。
こうして私は、自律AIを開発するチームに名前を連ねることになる。
しかしこの時、私は何も分かっていなかったのだ。
釈迦に説法とまで言われた、『AIの動きはブラックボックス』というのが、どういうことかを。
グッドデイズ、マイシスター。 透々実生 @skt_crt
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