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『歌は良いよな〜 歌は 人間は終わってんのに』
『お前なんかに歌われて、この曲も可哀想に❗️』
『いいからとっとと消えちまえよブス』
……酷いものだった。
それも、こんなのが2つ3つではない。ここで言えないようなもっと酷いものも含め、動画のコメント欄に貼り付けられていた。この被害は、SNSにまで及んでいた。
こうした誹謗中傷は、
何があったんだ。
……正直に言えば、自殺を止めるという目的以上に、野次馬根性的な部分が大きいが、気になったら調べずにはいられないのが、教授の性だ。
私は時折作業を止め、検索エンジンに文字を打ち込んでは、ネットの海に散らばる情報を調べていた。
『音夢崎すやり 炎上』と検索すれば、いくらでもまとめサイトが出てくる。そこに、炎上理由が書いてあった。
曰く、音夢崎すやりの担当イラストレーター兼モデラーと不倫関係にあった、と。
初めにその文言を見た時には度肝を抜かれた。本当なのか――もしそうであれば、この誹謗中傷の事態は自業自得なのではないか、と。
だが、こうしたゴシップは
半信半疑ではあるものの、しかし『中の人』のことを知るためと、この先の情報を追うことを決め、幾らか調べてみた。
まずは個人ブログ(恐らく、
知恵袋などの質問サイトにも幾つか質問があり(『音夢崎すやりさんが不倫したって本当ですか?』など)、それに対する答えが、複数の回答者間で割れていて、論争の火種になっていた。
掲示板サイトも出てきた。ここではアンチと信者で論争になっていたが、多勢に無勢か、アンチ優勢だ。それでも、すやりの信者とでも言うべき複数名(特に『もくもく』というユーザーは熱心だった)は、アンチと論戦を交わし続けていた。……ちなみに、『好き嫌いを本音で告げる』をコンセプトにした掲示板サイトもあったが、もう私には、そちらを見る勇気はなかった。
そしてすやり自身、あるいはコラボ相手のお気持ち表明動画も出てきた――私に対して(または私の大切な友達に対して)、誹謗中傷はやめてあげて下さいと訴えかける、黒い背景にキャラだけが動く2分〜5分程の動画だ。更には、流布している噂には全くの根拠もないことも訴えた――実際、不倫を裏付ける証拠は1つも上がっていない。今でこそ、AIを使えばお手軽にフェイク画像を作れるが、当時はそれほど技術が進んでいなかったのか、または単に流行でなかったからなのか、そういうフェイク画像も出回ることは無かった。それだけは、不幸中の幸いだろう。
とにかく、そうした表明動画をきっかけに、以降の配信ではアンチコメントの量が減ったように見え、不倫をネタに叩く投稿も減った。
が、それでも完全撲滅はされなかった。
歌が下手だとか、コラボするなとか、果てはここに書けないような人格否定まで、手を変え品を変え形を変え、誹謗中傷は行われ続けた。
……こうしたアンチコメントを撲滅するのは、大抵難しい。「悪いことをすればそいつには何をしても良い」と歪曲した正義感を抱えた者が、匿名性を武器にして叩くのが常だからだ。そこに嫉妬や敵意まで混ざってくると、もうほとんど手の付けようがない。
法律など、抑止力になりはしない。
そんな抑止力を、一過性の悪意は、軽々と超えていく。
誹謗中傷をする者にとって、目の前に映る攻撃対象は、最早人間ではなく、打ち倒されるべきバケモノなのだ。
――気付けば私は、怒りで歯を食いしばっていた。
もし、不倫が事実であれば確かに報いは受けるべきだろう。
しかしそうだとしても、これは、あんまり過ぎないか。あまりにも、過剰ではないのか。
冤罪なら(というかほぼ冤罪に見えるのだが)、目も当てられない。
大体、当事者でも何でもない第三者が、こんなことにとやかく言うものではない。まあ、そう思ったとて、この誹謗中傷者どもはやめないのだろう。
叩くことそのものが、気持ちが良いから。
実際、本当に気持ちよかったのだろう――活動休止を報告する動画や声明には、「ゆっくり休んで」という労りのコメントと同数だけ、「2度と帰ってくるな」「せいせいした」というコメントまであった。
……純然たる悪意に触れて、私はすっかり憔悴してしまった。額から
最悪な気分だ。
しかも、当事者でないというのにコレだ。これが当人ともなれば……もう想像だにできない。
そして音夢崎すやり――否、
自身という脆弱な心と肉体を殺し、音夢崎すやりという心も肉体もない存在を生み出す、気の狂った依頼を携えて。
確実に依頼を遂行させる為の、秘密兵器まで用意して。
「……だが」
厳しいことを言えば、彼女がそうまでして成し遂げたいことは、誹謗中傷者と同じようなことだ。
つまり、誹謗中傷をした奴らを悪と断じ、「悪いことをすればそいつには何をしても良い」と歪曲した正義感を抱え、音夢崎すやりを隠れ蓑にした匿名性を武器に、叩こうとしているに過ぎない。
最終目標はそこには無いと彼女は言っていたが、どうにもこれが最大目的ではないか、と私は推測している。
そして彼女の今の行動は、全く私の手に負えない。誹謗中傷者に対する、純然たる敵意が混じっているからだ。
普通に私が挑んでも、彼女を止められない訳だ。
しかし。
その敵意を持っているが故に、勝算はある。
その敵意を削ぐことを目指せばよいのだ。
手段はある。その最たるものが『開示請求』という制度だ。簡単に言えば、誹謗中傷などをした人物が誰か、投稿サイトや携帯会社への裁判を通じて照会できる、というもの。これを使って、敵である誹謗中傷者を追い詰めることができれば――
ピリリリリ。
と、スマートフォンが鳴り響く。
通話だ――相手の番号を見て、即座に電話に出る。
『今夜7時、カフェ・メロウにて待ってるよ』
変声器で加工された、聞き慣れた声がただ一言それを告げ、通話はすぐに切れた。時計を見ると、今は午後4時。1時間あれば着くから余裕はある。
頭の中でスケジュールを弾き出してから、私はデータを喰らうすやりの傍ら、私はスパイプログラムの開発を続ける。
(Seg.)
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