こっくりさん、こっくりさん、あなたは何者ですか?

瘴気領域@漫画化してます

こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください

 小学校5年生の頃の話です。

「こっくりさん」って知ってますか?

 占いの一種なんですけど、けっこう歴史は古くって、明治時代くらいからある由緒正しい占いなんです。


 それを友だちとやろうってことになって。

 場所は小学校の旧校舎。何十年前に建てられたんだろうってボロボロの木造で、立入禁止なんだけど、男子はこっそり入って探検してたりして。雰囲気もあるからそこがいいかなって。放課後に、女子三人で。


 まず画用紙の上の方の真ん中に赤い口紅で鳥居のマークを書きます。口紅はサナエちゃんが持ってきました。お母さんのだからあまりすり減らないように。

 鳥居の左右に「はい」「いいえ」、その下に五十音の表と、0~9の数字を4Bの鉛筆で書きます。

 あとは十円玉。昭和64年のものがいいそうです。

 これは小銭貯金が趣味のカナコちゃんが持ってきました。


 木板の打ち付けられた窓から夕日が差す教室。放置されていた机に画用紙を敷いて、鳥居に十円玉を置き、そこに三人で人差し指を乗せます。それから唱えます。


「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」


 十円玉がすうっと動きました。

 誰も力を入れてはいません。

「はい」に動いた十円玉に、みんな「すごい、すごい!」とはしゃぎました。


 タカシ君は誰が好きとか、ミヤギ先生とヤマムラ先生は付き合ってるのかとか、私たちは将来結婚できるのかとか……そんなことを聞いて、こっくりさんの答えに黄色い声を上げたり、がっかりしたりしました。


 十回だったか、二十回だったか。質問のネタも尽きてきた頃です。


「こっくりさんって、何者なんだろう?」


 誰からともなく、そんな疑問がわいてきました。


「狐狗狸、きつね、いぬ、たぬきって書いてこっくりさんなんだって。動物の低級霊らしいよ」

「もともと外国の占いだったらしいよ」

「外国のペットの幽霊ってこと?」


 そうだとすれば、なんだか馬鹿らしい気がしてきます。

 動物に人間のことなんてわかるわけがありません。

 適当に十円玉を動かしているだけで、答えはでたらめなんじゃないでしょうか。

 だから尋ねてみたのです。


「こっくりさん、こっくりさん、あなたは何者ですか?」


 十円玉はぶるぶる、ぶるぶる震えました。

 それからものすごい勢いで画用紙を滑ります。


――おれのなは こっくりさん

――ちまたさわがす らいじんぐさん

――それをよびだす がきども なまいき

――ぜんいんけってい じごくいき


 指がくっついたまま十円玉が宙に浮いて、それからダンッと机を叩きました。

 これは明らかに歌詞リリックでした。

「さん」と「いき」でライムを踏んでいます。

 十円玉はいわばマイク。

 フロアに叩きつけ、対戦相手私たちにターンを渡す。

 そう、私たちはこっくりさんにラップバトルを挑まれたのです。




 Doドゥ! Doドゥ! Doドゥ! Doドゥ




 サナエちゃんが頬を膨らませ、得意のヒューマンビートボックスで重低音のベースを奏でました。私は体を揺らしながら、フロウに乗せて十円玉を滑らせます。


――おれたちはなから うまれたじごく

――いまさらじごくじゃ おおはばちこく

――べびーべっどの かわりにかんごく

――こっくりじもとは どこかのほごく?


 ちょっと読みづらいと思うので、漢字にします。


――俺たちハナから生まれた地獄

――いまさら地獄じゃ大幅遅刻

――ベビーベッドの代わりに監獄

――こっくり地元はどこかの保護区?




 ドゥクドゥクドゥクドゥク ギュッギュッギュッ




 カナコちゃんが十円玉を回転させ、スクラッチ音を軋ませます。

 この小さな十円玉をターンテーブルのように回すのですから、さすがはカナコちゃんです。

 私はダンッ! と勢いづけて十円玉マイク画用紙ステージに叩きつけました。

 木造の教室がびりびりと震えます。


 ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ!


 リリックの応酬が続きます。

 私の喉も、人差し指も、脳みそまでも限界です。

 汗みどろになりながら、脊髄を雑巾絞りにしてリリックをひねり出します。

 ラップバトルは総合格闘技。

 全身全霊を込めた戦いなのです。


 しかし、苦しいのはこっくりさんも同じでしょう。

 しばしば迷うように十円玉が止まる瞬間が現れていました。


――あまりナメんな人間如き

――俺は百年選手の神様なんだぜ

――十歳ちょっとのメスガキどもが

――楯突こうなんて百年はええ


 チャンスです。

 フロウに乗り切れず、ライムは成り立ってない。

 ここで一気に畳みかけます!


――韻すら踏めねえリリックだせえ

――年齢とししか自慢はねえのかうぜえ

――神様気取りのマンスプレイニング

――許可ゆるしてやるよいいぜカンニング


「雑魚が」


 そう小声で言い添えて、ダンッ! と十円玉を置きました。




 Doドゥ! Doドゥ! Doドゥ! Doドゥ

 ドゥクドゥクドゥクドゥク ギュッギュッギュッ




 十円玉はぶるぶる震え、五十音表をふらふらさまよいます。

 時間は虚しく過ぎていきます。

 私は再び十円玉マイク動かし握ります。 


――俺は正体知ってる狐狗狸こっくりさん

――全国どこにでもいる量産

――神様騙るてめえは盗っ人

――時代はとっくにサンセット


 ダンッ!


 十円玉を置いた瞬間、そこから画用紙が燃え上がり、火柱が立ちました。

 すさまじい絶叫が響き渡ります。聞いたことはありませんでしたが、これが断末魔というものなのでしょう。


 朽ちて穴だらけの天井からキラキラと光の粒が降って、旧校舎フロア中から歓声が沸き起こりました。

 気がつけば、数え切れないほどの黒い影オーディエンスが私たちを囲んでいたのです。


 旧校舎フロアが震えるほどの喝采レスポンスを浴びながら、私たちは十円玉マイクの後継者となりました。


 つまり、私たちは新たなこっくりさんとなったのです。

 そして、これを読んでいるあなたの挑戦を待っています。


 Hey, Guys! イモ引いてんじゃねえぞ?

 財布の十円、お前の情念、俺にぶつけて目指せや頂点!! オーケイ?

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