テロリスト養成学校
ますかれいど
第一話
この物語はフィクションです。実際の人物、団体とは関係ありません。また、本作は現代におけるテロリズムを賛美するものではありません。本作に描写される暴力行為は、本来決して許されないことだということをご理解ください。
(1)Overture~Terorists~
一台のジェット機が空中を泳いでいた。
その翼は夕焼けを浴びて、オレンジに照っている。
機体は風をうけながら、鳥の群れを追い越していった。
対して俺、君嶋侑平は地上にいる。俺はビルの屋上から、その機体を仰ぎ見ていた。
空に浮かぶジェットは着陸態勢に移っており、少しづつ高度を下げている。
そろそろ、俺の右手に握っている無線機に、出番が回ってくる。
「こちら新火鳥共和国営四国飛行場。着陸受け入れの準備完了。これより送信する位置データをもとに着陸せよ、どうぞ」
どうぞ、の言葉から一秒も経たずに『WBー89機、了解』の返事が返ってきた。
俺は背後にいる、一人の女子を振り返る。
桃山冴。あどけなさの残る彼女の顔は、パソコンのブルーライトを浴びていた。
彼女が俺が振り向いたのに気づく。そして彼女はこちらの顔を見て口を開いた。
「準備できてるよお」
彼女はそう言って、サムズアップのサインを送ってくる。
「あと六秒」
俺はそう言って、六、五、四と心の中で念じた。数が減るたびに、心拍数が上がっていく。いつものことながら煩わしい。
三。二。一。
俺はゼロ、と言う代わりに彼女に言い放った。
「送信」
彼女は間髪入れずに、「りょうかいっ」と言って、パソコンのエンターキーを叩いた。
うまくいったか。
俺はジェット機の方を見る。
機体はすでに地面に差し迫っていた。
しかし、ジェットは明らかにバランスを崩している。右に揺れ、左に揺れ、上昇したかと思えば、急降下する。
手負いの鳥のような機体を見ていると、俺は右手に違和感を覚えた。
無線機が振動しているのだ。
俺はなんというわけもなく、それを耳に当てた。
『四国飛行場応答せよ! 着陸地点に別機体あり! 避けられない! 応答してくれ!』
どうやらうまくいったらしい。
張りつめていた俺の心が、ふっと緩む気がした。心拍数も元に戻る。
八。七。六。
俺はもう一度、心の中でカウントダウンを始めた。
五。四。三。
そして、俺が二とカウントしようとしたそのときだった。
無線から、音割れしたようなノイズが響き渡った。
「おっと、予定より早かったな」
耳に無線機をあてがっていなくても、問題なく聞こえる轟音だった。
そしてその直後、無線から何も聞こえなくなった。
俺は背後を振り返る。
「成功だ。退避行動をとるぞ」
俺はそう告げて、地面に置いていたボストンバックを拾い上げた。
彼女も、ぱたんとパソコンを閉じる。
「おつかれさま。かっこよかったよぉ、君嶋」
俺はそう声をかけられ、「どうも」とだけ返した。
俺、君嶋侑平。そして彼女、桃山冴。
俺たちは学生であり、また、テロリストである。
(2)生徒会
放課後を告げる鐘が鳴ってから、五分ほどたった頃。俺は生徒会室に入った。
もうすでに、桃山は来ている。
「やっほー君嶋。昨日と一昨日が出張だったから、仕事がすっごくたまってるよお」
桃山のこの言葉を聞いて、俺は背負っていたリュックが何倍にも重くなった気がした。
「さっき国防大臣から連絡があった。四国飛行場は大惨事だったらしいぞ」
桃山の顔がぱあっと明るくなる。
「嬉しい! どうだったって?」
「別機体の燃料と引火して、飛行場は火の海。火薬などの物資もすべてお釈迦になったそうだ」
「わああ!」
桃山には興奮を隠す様子が一切ない。彼女は人よりも小さい体でぴょんぴょんと飛び跳ね、着ている薄ピンク色のカーディガンをばさばさと揺らした。
よくもまあ、こんなにはしゃげるよなと思う。
ここまで無邪気さを全面に出すから、彼女はよく周りからぶりっ子だと揶揄されるのだろう。
「はあ。早く統一させたいよねえ」
桃山がそうぼやいた。
俺が一瞬目を離したすきに、彼女は丸椅子に腰かけていた。
まさに神出鬼没というべきか、彼女は。
「明後日で、日本列島が分断されて六十五年。中部地方以南の新火鳥共和国も、関東地方以北の日本共和国も和平するつもりは一切ない」
俺は独り言のようにそうつぶやいて、リュックを地面に置いた。黒地にピンクの文字で【SIBUYA FUJIWARA GAKUEN】と書かれたリュック。学校指定のものである。
「そう。確かに日本列島の情勢はいかれてる。今じゃ中東といい勝負だもんね。そこで、私たちの出番!」
桃山が叫んだ。
「新火鳥共和国の勢力を削いで、一刻も早く貧国にするには、テロしかない」
俺がそう言うと、桃山が「うんうん!」と頷いた。
「そういうこと! 君嶋はわかってるじゃあん」
桃山が「イェーイ!」とハイタッチのポーズをする。しかし俺はそういう気分ではなかったので、見て見ぬふりをした。彼女のテンションについていく体力が残っていなかった。
「やっぱ君嶋はノリが悪いからきらーい」
「別にいいよ、嫌いで」
「なによそれ。なんか癪に触るう」
「そうかよ」
「あーあ。いっそC-4とかで吹き飛ばしちゃおうかなあ。君嶋のこと」
「よせよ。この学校の校訓を忘れたか?」
俺はそう尋ねると、部屋のドア上にかかったポスターを指さした。
【一、テロ禁止
二、無駄な犠牲を許してはならない
三、誰を守るか、でなく、誰を見捨てるか
四、目には目を、で済ませてはならない
五、全ては正義のために】
五つある校訓のうち、一つ目が【テロ禁止】なのである。
「【一、テロ禁止】。忘れてはいないだろ?」
「わかってるけどさあ」
俺は丸椅子に腰かける。
「私立藤原渋谷学園。国に二つしかないテロリスト養成学校の一つ。今の日本に必要なテロリストを生み出すために作られた、最高峰の教育機関だ。俺たちにはテロリストになるための知識や技能を、骨の髄まで叩きこまれる。すべては、国に貢献するテロリストになるために」
俺がここまで行ったところで、桃山がしかめ面をした。「またこの話だ」とでも言いたげである。
「しかしその性質上、学校はテロリストの卵であふれている。中には俺や桃山のように、国防省からテロの依頼がくる者もいるほどだ。だからこそ校内でテロが起こることは、絶対に避けなければならない。だから校訓の一番上に【テロ禁止】が来るわけだ。そして......」
「校内テロを未然に食い止めるのが、私たち生徒会の仕事。違う?」
俺は何も言わずうなずいた。
そうだ。こいつはこの学園の生徒会長。この学校にいる誰よりもテロの才能にあふれている。少なくとも、副会長の俺よりは。
「やっぱ君嶋って怒ると怖いんだよねえ。ほりが深いからかなあ」
「悪かったな」
どうやら俺は、昨日の一件で心身ともに疲弊しきっているらしい。これ以上桃山に嫌味ったらしいことを言ってしまうのも申し訳ない。
俺は、今日は早めに上がろうと思った。
しかし、不都合なこともあるものである。
またも目を離したすきに、桃山がパソコンの前に移動していた。そして「ねえ、こっちにきて」と言いながらこっちを見ているのだ。
「どうしたんだよ?」
俺は桃山の元に向かった。そしてパソコンの画面を覗き込む。
「誰かが毒を買っている」
「何だって?」
「だから、誰かが毒を買っているの。バルビツール酸系の粉末を、それも大量に」
この学校に通う生徒のネット利用情報は、リアルタイムで学校側に共有される。これも校内テロを未然に防ぐためだ。
「バルビツール酸って、睡眠薬につかわれている、あれか?」
俺がそう尋ねると、桃山は首を縦に振った。
「でも薬として使うには量が多すぎる。瓶二本分も買ってるのよ?」
「バルビツール酸と言えば、量次第では簡単に副作用が現れる。それも副作用は呼吸麻痺による窒息。簡単に人を死に至らしめることができる」
「もしかして、テロのために買ったの?」
「いや、自殺目的かもしれない。購入元は?」
「三年生の姫井麗華。私は知り合いじゃないけど、とにかく秀麗な人だって聞いたことがある」
「本人に聞きこむしかないな」
俺がそうつぶやいたその時、即座に行動が始まった。
桃山は吸い寄せられるように部屋を出ていく。俺もそれに続いた。
言葉を交わさずとも、これからすべきことは分かっている。
「どうやら、休めないみたいだな」
俺はそう嘆いて、生徒会室の電気スイッチを切った。
(3)アリバイ
俺たちは教室で文庫本を呼んでいた姫井を捕まえると、空き教室で事情聴取を始めた。
「ねえ」
隣に座る桃山が、俺に耳打ちする。向かい側に姫井が座っているのに、怪しまれるようなことをするなと言いたくなる。
「すごい美人だねえ」
「そんなことかよ」
俺もひそひそ声で返す。
彼女は、たとえるならば紫式部を現代に連れてきたような、そんな見ためをしていた。
長い髪に、透き通るような肌。背も高いし、その佇まいは貴族そのもの。彼女より十二単が似合いそうな女性が、日本にいるのだろうか。
「あの、用がないなら帰ってもよろしいですか?」
姫井にそう言われて、俺は心臓が揺れる気がした。姫井の語調が強い。苛立っているようだ。
「ああ、ごめんなさあい」
桃山はいったん謝ると、本題に入らんと姿勢をただした。
「姫井さん。あなたのネットでの購入履歴に、バルビツール酸がありました。これは量によっては毒になりえる危険物です。なんでバルビルーツ酸を買ったの?」
桃山はそう尋ねて、姫井の顔をじっと覗き込んだ。
「私はそんなものを買っていません。人違いではありませんか?」
姫井は一切動じることなく、そう聞き返した。さっきにもまして語調が強い。
彼女は「なんてくだらないんだ」とでも言いたげにため息を一つ吐いた。
仕方がない。俺も加勢しよう。
「姫井さん。あなたはサッカー部の袋田と柴本の二人と、かなり仲が悪かったようですね。なんでも、大事なバイオリンのコンサートの直前に、腕をやられたと」
俺がそう尋ねても、姫井は表情を一切変えない。
「だから私が袋田と柴本を殺そうとして薬品を買った、とでも言いたいのですか?」
姫井は俺に、そう問い詰めた。俺は「そう言うわけではありませんが」と言葉を濁す。
「たしかにそのコンサートは、お父様の会社の名を背負った大事な会でした。それがつぶれたせいでお父様の会社の面子はめちゃくちゃよ。おかげでうまくいきそうだった大手商社との商談がなくなったの」
そんな大変な役割を高校生にやらせるのか。たかだかバイオリンのコンサートだけで会社間の関係が左右されるなんて、とんだ笑い話だ。そう言いたくなるのを、俺はぐっとこらえる。
「でもそれが袋田さんと柴本さんを、まして殺しなどする理由にはなりません」
「しかし、バルビツール酸の購入履歴があるんですよ? それはどう説明するんですか?」
俺がそう問い詰めると、姫井の表情がさらに険しくなった。
「他の人のものと間違えたのではないですか? とにかく私は毒なんて持っていません。それに第一......」
「第一、なんですか?」
「袋田と柴本は自殺したんでしょう?」
自殺。その言葉を聞いた瞬間は、こいつは何を言っているんだと思った。嘘でも言っているのではないかと、そう疑った。
ふと横を見ると、桃山も狐につままれたような表情をしている。
「自殺ってどういうこと?」
俺よりも先に桃山が聞いてきた。俺もまた「そんなこと初めて聞いたぞ」と返す。
「サッカー部の連中が言っていたんです。袋田と柴本が体育館倉庫で自殺したって」
姫井がはっきりと告げた。
校内で人が死ぬなどといった事案が発生したのに、生徒会に連絡が届いていないなどありえない。
しかしそう思った直後、パソコン上の『未読のメールが十件あります』の文字がフラッシュバックした。
まさか。出張でいなかった間に、生徒が二人も死んだのか?
「そんなことがあったの?」
桃山が俺の顔を覗き込む。
彼女もまた、不安に包まれた顔をしていた。いつもは上がりっぱなしの口角が下がっており、目元も暗い。
生徒が死ぬなんて、桃山と俺が会長、副会長になってからは初の事だ。それまでは人が死ぬ前に手を打っていた。
「すいません、少し確認をとらせてください」
俺はそう言って、桃山とともに一時廊下へ出た。
「他の生徒会役員は何をしていたのよお!」
桃山がそう嘆くのを無視して、俺はスマホを取り出した。会長と副会長は、生徒会のデータベースにスマホからでもアクセスできる。
未読のメールを見たところ、確かに袋田と柴本の死亡事案についての報告が届いていた。時間は昨日の放課後。場所は体育倉庫だった。
そしてその死因は、バルビツール酸系薬品の過剰摂取による窒息死だったと記載されている。
「これは、明らかに自殺じゃないよお!」
桃山がそう俺に訴える。確証があるわけではないが、当然俺も勘付いている。おそらく姫井が二人を殺したのだと。
桃山はそれを知ったとたんに、ドアを開けて空き教室に乗り込んでいった。俺の制止も聞かず、そのまま姫井の前まで詰め寄る。
「姫井さん。袋田と柴本の死因は、バルビツール酸系薬品の過剰摂取だった。あなたの購入履歴にも、おなじものが乗っていたでしょ? あなたがバルビツール酸で袋田と柴本を殺したとしか、考えられないの」
桃山はそう言って、姫井の顔を見据える。
しかし俺の見る限りでは、姫井に怖気づく様子はなかった。
姫井はなぜか自信に満ちたような、そんな堂々たる様子を見せていた。それはまるで、処刑されるその瞬間まで威厳に満ちた王妃であり続けた、かのマリー=アントワネットのように。
明らかに、罪を追及されているものの顔ではないのだ。
「私にはアリバイがあります」
「アリバイ?」
俺と桃山がほぼ同時に聞き返した。
「そう。私は二人が死んだ昨日の放課後、バイオリンのけいこに行っていました。交通系ICカードの履歴も、バイオリン講師の証言も、立派な証拠になります。私にはその時間帯に、袋田と柴本を殺すことなんてできません。それに何度も言いますが、私はバルビルーツ酸とやらを買ったことはありません」
姫井の弁論は、まさに完璧なものだった。
俺と桃山は何も反論できない。彼女の言い分には付け入る隙がなかったのだ。
まさか、彼女は無関係なのか?
でもそれならなぜ、袋田と柴本が死んだ原因が、よりによって姫井が買ったとされているバルビルーツ酸だったんだ? 偶然にしては明らかにできすぎている。
「君嶋」
桃山が俺の袖をくいくいと引く。彼女の声はささやくような小さな声だった。
「一回、体制を整えようよお」
「そうだな。そうしよう」
この姫井という女は、俺たちが思っていたよりも相当手ごわいのかもしれない。
「君嶋」
「どうした?」
「絶対崩すよ。姫井のアリバイ」
俺は返事をしなかった。そんなことは、当たり前のことだからだ。
俺たちは捜査のため、袋田と柴本が死んだ体育倉庫へやってきた。
体育倉庫は校舎から外れたところにある。そのためその近辺は雑草まみれ。また辺鄙な場所にあるために、道中では生徒に合わなかった。
「ボトルはここに干されているんだな」
体育倉庫の入口付近に、フックのようなものでつるされた水筒があった。キャップ部分と本体部分で分解されている。
袋田と柴本は、バルビツール酸の過剰摂取で死んだ。彼らの水筒には、バルビツール酸が溶けていたらしい。
「じゃあ、開けるよ」
桃山に聞かれて、俺は「ああ」と答える。
体育倉庫のスライドドアがぎいという重い音をたてて開いた。
「ごほっ。ごほっ」
桃山がドアを開いた瞬間にせき込んだ。中は埃っぽく、校庭に線を引くための石灰が舞い散っていたのだ。
「こんなところで自殺しようなんて、つゆにも思わないな」
「絶対にそうよお。こんなところで死ぬなら、布団にくるまれたまま死にたあい」
桃山の意見に久々に同意したように思う。
「サッカー部では練習のはじめにスポーツドリンクが作られる。これはマネージャーが水道水を水筒に注いで、粉末のスポーツドリンクを入れて十分に振ることで完成する」
「じゃあその粉末のスポーツドリンクに、あらかじめバルビルーツを入れていたとか? それなら死亡時刻に姫井が学校にいる必要はないよ?」
「いや、スポーツドリンクの空袋からはバルビルーツは検出されなかったらしい。姫井が学校内にいない以上、バルビルーツが付着した空袋を、取り除くことなどできないからな」
「そっかあ」
桃山が首をかしげて、ううんと唸っている。
俺自身も、これといった考えがあるわけではない。
水筒にあらかじめバルビルーツを入れておけば、サッカー部のマネージャーに気づかれる。
粉末を溶かし終わって完成したスポーツドリンクに、バルビルーツを入れる、という線もありえない。
スポーツドリンクを作るのは放課後であるため、完成したスポーツドリンクに、姫井は関与することができないからだ。
じゃあどうやったんだ? なにかバルビルーツを、誰にもばれないように仕込むことができる、魔法のようなものがあるのか?
「証拠品は生徒会室に届いているってさあ」
桃山がスマホを見ながら言う。
「バルビツール酸が混入した経路が分からない以上は、どうしようもないな」
「生徒会室にもどろうよお。私はできるだけ早く、この埃まみれの体育倉庫から離れたいの」
確かに、桃山の目は真っ赤に腫れている。鼻をずるずるとすすっているのを見るに、埃っぽいのには弱いらしい。
「そうだな。戻ろう。ここに用はなさそうだしな」
俺たちは体育倉庫から出て、スライドドアの持ち手を握る。ぎいっという重厚な音があたりに響いた。
(4)解明へ
この学校の科学室には、ありとあらゆる薬品がそろっている。
テロを学ぶ上で、毒は絶対に外せないものであるからだ。
瓶二本分のバルビルーツ酸を、たった二人殺すために使い切ったとは思えない。おそらく姫井はまだ、バルビツール酸を保持している。
そのためには、ある程度の準備はしておかなければならないのだ。
あった。これだ。
俺は真っ黒な物質が入った物質を、棚から取り出した。これ自体は劇物でも何でもない。それどころか日頃の生活でもかなり身近な物質の一つだ。
「君嶋。なにしてるのー?」
「わっ!」
俺は背後から突然聞こえた声に、腰を抜かしてしまった。運良く、薬瓶は手元から離れなかった。
「桃山! 俺は薬品を扱っているんだぞ! 余計なことをするな!」
「えー。君嶋ならへいきでしょー?」
果たして桃山は、俺をなんだと思っているのか。
「ねえ君嶋」
「なんだよ。今は忙しいんだ」
「データベースを何度調べなおしても、バルビルーツを買ったのは姫井で間違いなし。絶対に逃れられないはずなのに、なんで姫井はしらばっくれるんだろう?」
「逃げ切れると思っているんじゃないか?」
俺は机の上に薬瓶を置いた。
「彼女には完璧なアリバイがある。袋田と柴本が死んだときに、彼女は校内にいなかった。遠隔操作でバルビルーツを混入したりしなければ、まず二人を殺せない」
「ドローンでも使ったのかなあ」
「防犯カメラのお世話になるだけだろう?」
「そっかあ」
桃山が机に寄りかかって、「じゃあどうやったのよお」と嘆く。
「もおー!」
癇癪でも起こしたように、ばたばたと体を揺らす桃山。その振動で、机もがたがたと揺れた。
あっ。まずい。
揺れのせいで、机の上におかれていた薬瓶がことんと倒れた。蓋が外れ、中の黒い物質が薬さじ一杯分ほどこぼれ出る。
「おい! 気をつけろ!」
「いいでしょ? 劇物じゃなさそうだし」
「まったく。あきれたもんだ」
「ねえ、それ何に使うの?」
桃山に尋ねられたが、真摯に返答するのが馬鹿馬鹿しい。
「まあ念のために、な」
俺は言葉を濁すことにした。十八年間とやるせない人生を送ってきて、こうやって誤魔化すのはかなり上手くなった。
俺は薬瓶を立て直し、蓋をつけなおす。
「雑巾を持ってきてくれ」
俺は目も合わせずに桃山に頼んだ。
しかし、返事が返ってこない。
「桃山?」
今度は彼女の目を、ちゃんと見て尋ねた。
しかし今度も返事がない。
彼女は無表情のまま、凍り付いたようにその場にたたずんでいるのだ。
「桃山? なんかよくないものでも吸ったか?」
「ねえ君嶋。あるかもよ。遠隔操作でバルビツール酸を混入させる方法」
「何だって?」
「あ、いや操作とは言えないかもしれないけどね。君嶋、水筒持ってる?」
「ああ。向こうの机の上だ」
そう言うと、桃山は俺の水筒の方へ掛けて行った。
俺の水筒はサッカー部の連中が使っているものと、ほぼ同じ型。今はスポーツをしていないが、中学時代にバスケをしていた名残で、俺は今もこの水筒を使っている。
「サッカー部の部室では、乾いた水筒はふたが外された状態で保管されていた」
桃山はそう言って、水筒のキャップを外した。水筒は瓶の部分とキャップの部分に分けられる。
「そして、バルビツール酸を用意する」
桃山は机に置かれていた、適当な約瓶を取った。さっきこぼしたものとは違う、ただの砂糖である。
「これを......」
彼女はまた少し移動し、ある器具の前に着いた。それは粉末状の物質をタブレット状にするための器具だった。
「四つあれば足りるかな」
桃山は粉末を充填し、プレスして錠剤を作り出す。ラムネ大のタブレットが四粒できた。
「あとはこれを......」
彼女はもう一度水筒の前に戻る。
そして、水筒のキャップを手に取った。
「ここに入れるの」
桃山は飲み口を覆っていたカバーを、くるくると回した。やがてカバーは外れて、筒状の飲み口が露わになる。
そしてそのまま、彼女は飲み口のカバーにタブレットを充填した。
一粒、二粒。そして三粒入れたところで、タブレットはカバーの底面にバランスよく敷き詰められた。隙間はあるものの強く押し込んでいるため、逆さにしても落ちてこない。
「あとは、飲み口を閉めて瓶部分とくっつければ、出来上がり」
桃山はタブレットが詰められた飲み口カバーを、飲み口につけた。そのままキャップを瓶部分とを合体させ、見慣れた水筒の姿になる。
「これじゃあ、タブレットは飲み口カバーの裏についたままだ」
俺はそう異議を唱える。しかし彼女は「よくぞきいてくれた」とでも言いたげに顔をぱあっと明るくした。
「確かにカバーをつけただけじゃ、タブレットは落ちてこない。だって、そうとうぎちぎちに詰めたんだもん。でもね」
桃山はボトルを降り始めた。
俺は、ああそうか、と顔を手でおおった。
振られた衝撃で、飲み口カバーの底面に取り付けられたタブレットは落ちる。
落ちたタブレットは飲み口を通り、キャップ部分を通過して瓶内部に届く。そして中身のドリンクに落ち、溶ける。
これなら証拠を残すことなく、しかも自身が別の場所にいたとしても、バルビルーツ酸を混入させることが可能だ。
「はい、どうぞ」
桃山は俺に水筒を手渡した。
俺は飲み口カバーを外し、中の液体を飲み込んだ。
「甘い」
「でしょ?」
俺は確認のために、飲み口カバーの底を見る。そこには、一粒のタブレットも残っていなかった。タブレットはすべて瓶部分に落ちたのだ。
「確かにこれならできるぞ。これなら姫井が遠くに居ても、袋田と柴本を殺せる。姫井のアリバイは成立しなくなった!」
「姫井のアリバイを崩せた!」
桃山が手のひらを掲げた。それは間違いなく、ハイタッチの合図だった。
「はい! やろうよ!」
久々に乗ってやろうか。そう思って俺は桃山の方を向いた。彼女の顔はきらきら輝くような明るさをたたえていた。目を細めて、白い歯を見せて笑う。彼女は事件を解決したり、テロを成功させたりすると、この顔をする。
俺は手を振り上げた。
しかし、次の瞬間だった。
眩しい笑顔が、俺の視界から消えた。周りの棚も、机も、何もかもが消えた。
電気が消えたのだ。
「停電か?」
もう日は暮れており、電気が消えた科学室は真っ暗闇だった。
「きゃあっ!」
甲高い奇声。桃山の声だ。
「桃山! どうした!」
俺はそう叫びながら、ポケットに秘めたスマホを取り出す。電気をつけて照らしてみると、さっきまで桃山が立っていたところには、誰もいなかった。
「しまった! 姫井の仕業だ!」
俺はすぐさま科学室から飛び出した。
彼女が桃山を連れ去る先として考えられるのは、一か所しかない。
「くそっ! 手こずらせやがって!」
俺はどこまでも続く廊下へ向けて、そう叫んだ。
(5)「テロ禁止」
昼に体育倉庫を見に行ったとき、確かに異変を感じた。
辺鄙な場所にあったために、他の誰にも合わなかったのだ。
人が通るとすれば、運動部が練習を終えた後。逆に言えばそれ以外の時間帯は、体育倉庫周辺には人がいないことになる。だから姫井も、体育倉庫前に干されていたボトルに細工をすることができた。
今は部活終了時間をとっくに超えた十九時半。この時間帯は、体育倉庫周辺とそこに向かうまでの道には、人がまずいない。
つまり、姫井が連れ去った桃山を運ぶには、体育倉庫は格好の場所というわけだ。
俺は、猛ダッシュで体育倉庫まで向かっていた。
今日来るのは、これで二回目。
俺は体育倉庫に着いた。
すぐにドアの取っ手に手を乗せる。しかし情けないことに、俺は開けるのを躊躇った。
何をしているんだ。俺は。
俺はスライドドアをぎいっと開けた。昼間と同じ、ドアの重い音が響く。
開けた瞬間に、背の高い人影が俺の視界に映った。俺はその姿を、懐中電灯で照らす。
「......なんでわかったの?」
中から聞こえてきたのは、確かに姫井の声だった。そしてその奥からは、誰かがせき込む声。桃山に違いないと思った。
俺はスライドドアを全開にして、体育倉庫に入りこむ。
十畳ほどもない狭い体育倉庫には、暖色系のランタンがつるされていた。
「俺たちは真相を掴んだ」
「だからこうやって、あなたの仲間を殺した」
昼間尋問した時の姫井は、そこにいなかった。今目の前に立っているのは、麗しく清廉な姫井にあらず、殺気だった鋭い目をしている、殺人鬼の姫井だった。
「桃山はまだ死んでいない」
「彼女にバルビルーツ酸を飲ませたの。あとニ十分もたたないうちに死ぬわ」
「なぜこれ以上人を殺すんだ? 無駄に罪を重ねることもないだろう?」
「これは袋田と柴本の時とは違う。忠告のために殺したの。私のしたことをこれ以上嗅ぎまわるようなら、あなたの仲間を一人づつ眠らせる。この女のようにね」
「悪いがそうはいかない。なぜなら、あなたに彼女を殺すことはできないからだ」
「なんですって?」
俺はこの質問には答えない。
代わりに俺は、一丁のグロックを構えた。即座に照準を定める。そして弾丸を、彼女の右肩にぶち込んだ。
何かが破裂したような、乾いた音が響く。
弾は姫井の肩に命中。そして彼女は「うっ!」と怯み、その場にうずくまった。
今だ。
俺はこの一瞬の隙をついて、桃山の前に差し迫った。
彼女は息を荒くして、せき込んでいた。いつもの威勢が嘘のようだ。
「きみ......しま......」
「これを飲め」
俺は彼女の前にしゃがみこみ、一本のペットボトルを差し出した。そして彼女がこれを受け取ると、俺はポケットからあるものを取り出す。
「飲めるか?」
桃山は頷いた。
俺は手のひらに握っていた真っ黒な錠剤を、彼女の口に放り込んだ。
そして彼女はペットボトルの水を、錠剤ごと飲みこむ。
「あなた! 何をしたの!」
姫井が右肩をかばいながら、こちらを振り向いていた。落ち着きはらっていた彼女の声は、いまや金切声に変貌している。
「活性炭を入れさせてもらった! 活性炭の表面吸着作用、分子間相互作用が、バルビツール酸の吸収を抑制する。これで桃山は死なない!」
「なんでよ! なんでみんな邪魔ばかり! うざい! 死ね!」
姫井は金切り声で当たり散らしている。しかし陳腐な暴言を並べられても、俺には何も靡かない。
「桃山。寝たままでいい。俺が何とかする」
俺はそう桃山に告げて立ち上がった。
生徒会長、副会長にのみ支給される、オートマチック式の拳銃。
俺はそれを、さっきよりも強く握った。いや、無意識に入る力が強くなったのだ。
我々には、拳銃を持つこと以外にも特権がある。それは自分らの身が危機に陥った場合に捕獲対象者を殺すことができるということだ。
しかし、それだけは絶対にしないということを、桃山と固く約束していた。
相手が誰であっても、同じ生徒を殺すことは、絶対にしては行けない。そこだけは唯一、俺たちの意見が完全に一致している箇所なのだ。
「うざい! うざい! 死ね! 死んじゃえ!」
姫井は悲鳴に似た叫び声をあげながら、こちらに突進してきた。彼女の手には、一本のハードルが握られている。
まずい。反応できない。
銃を構えるのが間に合わなかった。彼女のハードルが、俺の腰に直撃する。
腰がプレスされるような、重い痛みが走った。
「このっ! このっ!」
乱暴に振り回されるハードル。
俺は避けるので精一杯で、拳銃を構えることができなかった。この狭い体育倉庫では、十分に間合いをとることもできないのだ。
さっきやられた腰が痛い。少し気を緩めれば、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。
「死ね! 私は悪くないのよ! 死んじゃえ!」
彼女は、ハードルをさらに強く振り回す。
だめだ。避けきれない。
俺の耳に、金属がぶつかり合う音が聞こえた。ハードルが俺の拳銃にあたったのだ。
俺の握力は強くなかった。そのためハードルにぶつかった拳銃は、俺の手から離れる。
そのまま拳銃は、後方の棚の中に入り込んでしまった。
「くそっ。最悪だ」
俺はこう言うしかなかった。
姫井は目を血走らせて、こちらを鋭く睨んでいる。彼女は完全に理性を失っていた。
「終わりよ。私を寄ってたかっていじめて。あなたって本当にゴミ人間ね」
何か状況を打開できるような、いい手段があるだろうか。少なくとも、俺は思いつかない。
どうする。
グレネードは使えない。桃山もろとも体育倉庫が瓦礫の山になる。
「万事休すか......」
俺は観念した。
こうなるかもしれないことは、副会長になる際に覚悟はしていた。そのはずだった。
ああ。やっぱ怖いな。
そろそろ走馬灯でも見るんじゃないか、なんという下らないことを考えてみる。
しかしそんなことを考えていた、その時だった。
俺の背後から、かちりという音がした。金属がやさしくぶつかり合うような、そんな小さな音。
まさか。桃山!
俺は背後を振り返った。そこには、生まれたての小鹿のように、足をわなわなと震わせて立つ、桃山の姿があった。
まさか! バルビツール酸を飲まされたのに、たてるのか!
ふと、桃山と目が合う。
挙動は弱々しい。顔色も悪い。
だが彼女の目は、気迫に満ちていた。
言葉を介さずとも聞こえてくる。彼女の声が聞こえてくる。
『援護をお願い』
お前はやるつもりなんだな。桃山。
そうだ。状況を打開するには、これしかない!
俺は二歩前へ進み、姫井と距離を詰めた。そして彼女の持つハードルを、がっしりと掴む。
「放して! このっ! このっ!」
姫井が俺の手を振りほどこうとする。手がハードルごと揺さぶられ、腕の感覚が遠のいていった。
俺は自分に言い聞かせる。力を緩めるな。絶対に、緩めるな、と。
「桃山! 打て!」
俺は余っているすべての体力を使って、そう叫んだ。
俺の腕は、もう限界値を超えていた。今決めなければ、こいつは倒せない。
俺の叫びが届いたかは分からない。ひょっとしたら、姫井の金切り声に消されたのかもしれない。
だが、俺には分かる。
俺の意図は、確かにあいつに伝わっていると。
ちらりと背後を見る。
彼女はおぼつかない足取りで、直立していた。そしてその右手には、一丁のオートマチック銃。
その表情からは、今まで見たこともないほどの、辛さと苦しさが垣間見えた。泣きそうな顔。いやもう泣いているんじゃないか。
彼女はゆっくりと、銃身を姫井に向けた。まっすぐに、そして力強く、彼女は銃を握っている。
「離せよ! 離せ!」
姫井がハードルを振る手を強める。その時、俺の両手はハードルから剥がれ落ちた。
「打て! 桃山!」
俺が叫んだその時、とうとうその瞬間は訪れた。
彼女の体が、ぶるっと揺れる。
地震にでも遭ったかのように、全身を一度だけ、ぶるっと振るわせたのだ。
そしてその直後、銃から弾けたような轟音が鳴り響いた。同時に、銃口からわずかに火花が飛ぶ。
銃声が鳴り響くと、それからしばらく体育倉庫の時間が止まった。
音が止み、余韻も終わると、体育倉庫が沈黙に戻る。そしてその直後、姫井がその場に崩れ落ちた。
左肩。それも関節を狙った的確なショット。
そういえばそうだった。彼女には発砲する直前に、ぶるっと体を震わせる癖があるのだった。忘れていた。
「あなたたちなんかに! これは夢よ!」
その場に倒れた姫井が、汚い声で言う。
髪がめちゃめちゃに乱れ、声もガサガサになったお嬢様は、見るに堪えないものがあった。
「君嶋!」
桃山は俺に、拳銃を投げ渡した。そして彼女は体力を使い果たしたようで、その場に力無く倒れこんだ。
「よくやった」
俺は目を瞑った桃山に向かって、そう告げた。
そして俺はすぐに姫井の方に向き直ると、銃口を彼女の額に向けた。
「姫井麗華。校則第一条『テロ禁止』の違反により、拘束する」
彼女からの返事はなかった。彼女は俯いたまま動かない。
体育倉庫のランタンは淡く灯っている。
彼女のぐしゃぐしゃになった長髪だけが、ランタンの陽を浴びて、俺の目に映っていた。
(6)二人の生徒
放課後を告げる鐘が鳴ってから、五分ほどたった頃。俺は生徒会室に入った。
もうすでに、桃山は来ている。
「やっほお君嶋」
「よっ」
俺は荷物を置き、その場で伸びをした。
「体調は平気か?」
俺が尋ねると、桃山は眩しい笑顔を浮かべながら、ピースサインをして見せた。
「ちょっと頭が痛いくらい! 君嶋は腰痛い?」
「いや、病院に言ったら大したことないって」
あの後、桃山は血中のバルビルーツ酸を取り除くために人工透析をした。そのため今日は、午後からの登校だったらしい。
腰をハードルで叩かれた俺も、今は少し痛む程度にまで回復した。
お互いにテロリスト志望だから、痛みや怪我には大層強く作られているのだ。
「それにしてもすごかったよお。活性炭、よく準備していたねえ」
「姫井がバルビルーツ酸を持っているとしたら、俺たちがそれを飲まされる確率も、ゼロではないと思ったんだ。もっとも、活性炭での応急処置はそこまで正確性がない。正直に言えば、おまえに治ったような気になってもらえれば、万々歳だったんだよ」
「プラシーボ効果ってやつ?」
「そういうことだ」
俺はそう答えて、パソコンがおかれたデスクに腰かけた。
そう、溜まっている仕事は昨日の一件だけではない。この他にも、処理しなければならない仕事が山のようにある。
「はあっ」
俺は思わず、深いため息を吐いた。それに呼応するように、桃山も「はあっ」と重いため息をする。
「......ふふっ」
合いの手のように桃山がため息をついたのがおかしくて、俺はつい笑い声をこぼしてしまった。
「......はははっ!」
桃山も一切の我慢をすることなく、高らかな笑い声をあげた。俺も我慢せずに、笑い声をあげる。
久々に、生徒会室が笑いに包まれた瞬間だった。
「桃山」
「ん? どうしたの?」
俺は手を差し出した。手のひらを開いて、彼女の前に差し出す。
「昨日、結局できなかったろ」
桃山はそれをみると、表情をぱあっと明るくした。事件を解決したりテロを完遂したりした時に見せる、あの笑顔。彼女はそれを俺に見せたのだ。
「これからも、よろしくねえっ!」
俺の右手と桃山の左手が、ぱちんという音をたてて合わさった。ぴったりと、ほぼ同じサイズの手だった。
この学校の校訓、『テロ禁止』。
私立藤原渋谷学園の秩序を守るべく、今日も生徒会はここに集う。そして時には科学室で実験し、時に拳銃を構える。
俺たちのテロリストとしての生活は、これからも続くのだった。
「あ、花壇の水やりしなきゃ」
「ひまわりか? 最近買ったって言ってたな」
「そうなの。咲くのがたのしみなんだよお」
桃山は喜びに満ちた声でそう言うと、窓の方へ駆けていった。
さて、仕事再開だな。
俺は椅子に座り、マウスを握った。
ん?
俺は画面を凝視した。
ブラックリスト登録人数が、増えているのだ。
ブラックリストとは、この学校の要注意人物を記録したデータのことである。
暴力的である、過激な思考を持っている、ずばぬけた犯罪技術を持っているなど、登録される理由は多岐にわたる。
デスクトップの【ブラックリスト】のアイコン黒い正方形のアイコンである。その右上に書かれている数字が、【6】になっていた。今までは【5】だったのに、だ。
つまり登録されている人物が、五人だったはずなのに、六人になっているのだ。
俺たちが出張している間に増えたのか?
俺はブラックリストのページを開く。そしてページ内の【最近追加された項目】を押した。
え?
一気に脈が上がったのが分かった。驚きのあまり、息の仕方を忘れてしまう。
そんなまさか。
俺はパソコンから目を外し、桃山の方を見つめた。彼女は窓辺にある植木鉢を「早く咲かないかなあっ」と呟きながら覗き込んでいる。
昼の陽を浴びている、健やかな若者の姿が、そこにはあった。
何かの間違い。いやそれはない。データベースは常に正確だった。
俺はもう一度パソコンに目を落とす。やはり事実は変わっていなかった。
【要注意人物、六 桃山冴】
テロリスト養成学校 ますかれいど @Masquerade_Ace
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