NO.6-3 チートキャラな後輩に慕われる件について

 クナスブチ家初訪問から二日たった。昨日はステージマネージャーのリンクスさんが現場を調査しに行って、クナスブチ屋敷のホールは問題なく使えると結論が出た。私が行ってもやることないので、うちでSWPOのルーチンワークをこなして、語りのパートの原稿を作ったり、曲目の検討もした。


 そして今日の午後、私は再びクナスブチ家に来ている。


「ちょうどいい。リリーは今新しい発明の調整テストをしてる。彼女のことを知ってほしいから一緒に見に来てくれないか」


 依頼主のデュモルにそう言われて中庭に来たら、リリーちゃんが作業を中断して元気に挨拶しに来たけど……


「あぁ!アリアお姉さま!来てくれたのですね!ごきげんよう!」


「……ええ、ごきげん、よう……」


 自分の顔が引きつっているのがよくわかる。リリーちゃんが持っている「ソレ」はどう見ても、先日見た夢の中でエリカを襲った、あの銀色の鎖。


「リリーちゃん、それ……」


「ん?『ウミヘビさん』が、どうしましたの?」


 そう言えば、夢の中でもあの鎖はそんな名前だったような気がする。


「どうして、リリーちゃんが……その、ウミヘビさんを……」


「あっ!もしかして他の人が先に似たようなおもちゃを作りましたの?ウミヘビさんはワタシの発想ではなく、絵本から得たアイディアだからありえますね」


「そんな訳あるか!こんな無駄に行動力と技術力があるやつ他にいないから」


「はぁ?無駄って!いくらお兄ちゃんでも今の発言はあんまりです!ウミヘビさんはちゃんと役に立つのです!」


「わかったわかった。じゃ早速そのウミヘビとやらの役立つ姿を見せてくれないか」


 数メートル先にある人型の的に向けてリリーちゃんがウミヘビとやらを掲げると、いきなり鎖の先端が飛び出て的に巻き付く。そして、ビリビリと放電して、的から薄い煙と微かな焦げた匂いがする。ひぇ、完全にあの夢に出た武器じゃん……


「このウミヘビさんはですね、ワタシが読んだ絵本の中の武器を再現したおもちゃなんです!あれは、神殿騎士下っ端の少年五人による大冒険の話です!主人公の一人がこんな鎖を武器に使うのですよ!話の中では防御にも使えるけど、そこは構造の強度に問題があってまだうまく再現できません。あとはね、遠くから精神攻撃仕掛けてくる敵に鎖だけ空間跳躍で反撃しましたよ!ほんとにすごいですよ!」


 いや、それ……セイントの闘士たちの話だよね?昔親戚のお兄さんと一緒にアニメを観た。<*1>


「でもそれを実現するには伝説の時空魔法が必要だから、断腸の思いで断念しました。代わりに別の絵本からこのおもちゃに合いそうなコンセプトを導入してみました!柄のところにあるボタンを押すと、弱い電流が流れて相手を無力化できますよ!ウミヘビさんの名前もその絵本から来ましたの!そうそう、電流でビリビリさせる武器になった以上先端はもうスパイクにする必要がないから、好きにいじりました!見て見てこのヘビさん頭、かわいいでしょう?」


 いやいやいや、それ、ゼータの機動な戦士に出てくる、変形するとエイのような見た目になるロボットの武装だよね?<*1>この世界の絵本はいったいどうなっているの?まさかあの天使モドキ、「アニメ=子供が観るもの=絵本」という設定で世界を創ったわけじゃないよね……?


 おもちゃを散々自慢したリリーちゃんはテスト完了の片付けがあるので自分の工房に入った。


「しかしあれ、実はかなり実用性が高い、画期的兵器開発案だよ。ふざけているのは名前と外見だけ。父の話では騎士団のお偉方も興味を示したみたい。このまま開発が順調に行けば、騎士団の制式装備として採用される可能性もある。採用される前にまずあの名前をなんとかしないといけないが」


「えっ。ほ、本当ですか?」


 マジか。あのデフォルメされた蛇の頭が、ごつい騎士たちの装備になるのか。非常にシュールな光景になりそう……


「本当の話だよ。犯罪者の取締、もしくは暴徒鎮圧の場合、従来の剣や槍では簡単に死傷者が出るし、魔法を使ったら建物にまで被害が及ぶ可能性がある。この武器はまさにそのために設計されたようなもの。相手を傷つけることなく無力化させることができるからね。しかも操作は難しくないから特殊な訓練は不要。ある程度の射程があるから安全な距離から使えるし。電撃を発生させる魔道具を組み込むとややコストが嵩むのが難点かな。鎖の動作を制御する機構の強度も課題だし、電撃が確実に鎖の先端まで伝わるかをチェックする点検と整備方法も考えないと……」


 そうか。地球の警察のテーザー銃みたいなものだと思えば、たしかにこれは実用的だね。


「身内贔屓に聞こえるかもしれないが、僕の妹は昔から天才児だってね。五歳の時からおもちゃを自作したいと資材をねだるようになった。最初はみんなほほえましく思いながらその工作の様子を見守っていたが、すぐにこの子がとんでもないってことに気づいた。市民オーケストラとパトロン契約の話をしたよな?実はうちの妹のポケットマネーはお小遣いではなく、全部特許の配当で自分が稼いだ金だ。すごいだろ?」


 なるほど。なんでさっきのテストを見せたかったのか疑問に思ったけど、妹を自慢したいわけね。


「僕と父は魔道具作りが一番妹の才能を発揮すると思うが、あいつと来たら今更学院の魔法科で学ぶことがないと言って、音楽科に入りたいって決意が固くてね。まぁあいつなら両立できるし、好きなようにやらせる方が一番という結論に至った。これはアリアさんもグズグズしていられないな。立ち止まると、すぐにうちの妹に追いつかれるかもね。はははっ」


 最後の笑い方がなんかちょっとうざいし、リリーちゃんがいくら天才的なところはあっても、まだちゃんと指揮者としての勉強をしてない素人、さすがに追いつかれるのは言い過ぎだと思うが……確かにあのリリーちゃんにはなにか特別なものがあるように見える。まぁ最初から私はグズグズするつもりはないし別に関係ないか。


「そう言えば……この、ウミヘビさん……の開発は機密なんでしょうか?私は、さっき見たものを口外しないって約束したほうがいいかな?」


「それは大丈夫、もう特許を取ったから。それも部品に使う技術を含めて合計四つも登録した……そう言えば、製品の登録名称はまだウミヘビさん(仮)のままか。変更しないといけないから早く正式名称を決めないと……」


 まだ実験段階でもう特許を取るとは、クナスブチ家はリリーちゃんの才能を本気で当てにしているのね。



――――――――――――――


 デュモルはあのウミヘビさんの件で出かけた。本当に自分のデビュタントを丸投げするのね。私はリリーちゃんの部屋まで移動して、原稿とプログラムのことについで相談する。


「さすがはアリアお姉さま!あの音楽にまったく理解がないお兄ちゃんでも暗記できるほど、絶妙に専門用語を避けた、完璧な原稿ですね!」


「んー、うわべなことしか言わなくて、ちょっと薄っぺらいになってないか心配なんですが……」


「大丈夫ですよ!お兄ちゃんにはこれくらいがちょうどいいです!お兄ちゃんが音楽関係で意味があることを言うのをみんなも期待していませんから!」


「……まぁ、リリーちゃんがそう言うなら……後は曲目だけど、シューベルトの『交響曲第五番』はどうかな?」


「とてもいいと思います!いい意味で無個性無主張、まさにこの場合にピッタリなチョイスですね!それにアリアお姉さまの今までのイメージとも合致します!」


 本棚から『第五番』の総譜を取って、リリーちゃんはピアノの前に座った。


「ワタシはこの第四楽章の第二主題が好きです!この快活に歌うような感じはいいですね!」


 くぅ、何この敗北感。指揮者になりたいリリーちゃんがピアノを弾けるのは別におかしくないが……オーケストラ用の総譜を見ながら即時に脳内でピアノ向けに変換して弾けるのか。もしかして、私よりピアノが上手じゃ……あぁもう、こんな万能チートキャラをアリアの近くに配置するなんて、あの天使モドキ何を考えてるの?私が気を引き締めるようにこんな超強力な後輩を用意したのか?


 原稿もプログラムも拍子抜けするほど簡単に決まった。後の準備はうちでSWPOと稽古、そしてこの屋敷のホールでリハーサルくらい。でも来たばかりで帰るのも何だし、もう少しここに残ってリリーちゃんとお茶を楽しむことに。


「一つ聞きたいことがあるのですが……どうしてリリーちゃんが協力者に選んだのがクレンノスク・フィルなんですか?アマチュアな市民オーケストラではなく、もっとランクが上のにしたいと思わないのですか?」


 まさか、稼いだポケットマネーが足りないから?いや、これは正当な使い道だし、足りない分を家の金で補うのもできるはず……


「そうですね……お父さんとお兄ちゃんにも同じこと聞かれたのですが、アリアお姉さまならわかってくれると思います。クレンノスク・フィルをアマチュアと言うなら、今のワタシはまだそのアマチュア以下です。いきなりレベルが高い相手と練習してもあまり意味がないじゃないかと。今のワタシに必要なのは、レベルが同じくらいの仲間と一緒に経験を積んで、成長することだと思います」


 なるほど、今の発言でわかった。リリーちゃんはエリカのことをめちゃくちゃ意識している。


「……NZTOと同じようにならないためか」


「はい……」


 最初は自分の身の丈に合わないパートナーを選ぼうとするやつが圧倒的に多いというのに、本当……リリーちゃんは考え方がすごくしっかりしているね。家の都合で必然的にそんな身の丈に合わないパートナーが最初の練習相手になるアリアがそれを言うのもなんだけど……でもエリカのケースを考えればわかる。NZTOの初期方針はちょっとズレた。長い目で見るとトップクラスになれるから間違っているとまでは言わないが……エリカの相方としてならそれは良くなかった。前に一度使ったサッカーチームの例で言うなら、エリカは実績がないのにいきなりプレミアリーグの監督に抜擢されたみたい。そんなフットボールのマネージャーなゲームの中でしか発生する、普通ではありえない状況。いくら経営陣の支持があっても苦労するのは必至。だからリリーちゃんはご近所のアマチュアクラブからのキャリアスタートを選んだね。


「リリーちゃんが本当に依頼したいのは私とSWPOではなく、エリカさんとNZTO……そうですよね?」


「やっぱり、アリアお姉さまにはわかるのですね。確かに、ワタシが一番尊敬して、同じようになりたいと思うのはエリカお姉さまです」


 NZTOは本業のオペラが忙しいので、デビュタント・コンサートの依頼を受けない。それで私に依頼したのね。


「でも、アリアお姉さまを同じくらい尊敬しているのはほんとです!ただ、その……ワタシにとって参考になるのはエリカお姉さまのほうだと、思いまして……」


 言いたいことはわかる。「ウェンディマールの至宝」を父に持つアリアは、まぁ……恵まれすぎた。エリカも恵まれた環境ではあるけど、リリーちゃんの視点から見るとまだ条件が近いと言える。


「ねぇ、リリーちゃん……あなたはデビュタントを自分で指揮すると言ったけど、本気……なんですね?」


「はい!」


「エリカさんのデビュタントを見ました?」


「……はい」


 後に痛快な逆襲で上書きしたが、結局エリカの最初の一歩は失敗に終わった。その事実はどうやっても変えられない。


「リリーちゃんの番が来たら絶対慎重にするのよ。デビュタントだから豪勢な曲にしようとかは考えないように。自分が確実に、無事に終わらせる曲を選びましょう」


 結局のところ、エリカの最大な失策はあの選曲だと思う。ただでさえプレッシャーが極めて大きい状況なのに、なんでブルックナーの『第七番』みたいな超大作を選んで、自分から更に難易度を上げる必要があるの?あえてアマチュアを相方に選んだ、考え方が非常に堅実なリリーちゃんなら多分そんなことしないけど、一度くらいちゃんと言い聞かせておくべきと思う。今回『交響曲第五番』を選んだのも、実ははリリーちゃんに「こういう小編成で長くない曲<*2>こそがデビュタントの場に相応しい」と伝えたいから。


「アリアお姉さまのご教示、決して忘れないと約束します」


 リリーちゃんが私の言葉に頷いてくれて、ひとまず安心した。



~~~~~~

<*1>アリアの音楽関連以外の前世の記憶は残ってないはずだが、実際ほとんどはこんな風にきっかけさえあればすぐに思い出すような(作者にとって非常に都合のいい)記憶となっています。前世の自分や家族など、今の生活に重大な影響がある記憶は本当に抹消されだが、他のどうでもいい記憶は封印されただけ、のようなものだと思ってください。


<*2>シューベルトの『交響曲第五番』の演奏時間は29分程度です。

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