NO.6-2 初めての指名依頼

 性悪陰気メガネと別れて、気を取り直して依頼主の屋敷へ。応接室で依頼人、クナスブチ商爵の長男デュモルと初対面。


「僕はまぁ、音楽についてなにもわかってないので、全部アリアさんの判断に任せたいと思う」


 こりゃまた、思い切ったね。初依頼でこんなのを引くとは。


「ではまず、開催の場所は……できればこの屋敷のホールを使いたいとのことですね。明日はうちのステージマネージャーが来るから、確認して問題ないなら、ステージの設営はステージマネージャーに一任します。これで大丈夫でしょうか?」


「ふむ、ホールが使えない可能性もあるのか?」


「色々確認することがあります。オーケストラの配置、座席の設営、あと反響が大事ですね。あまりにも条件が悪いなら、他のステージを探すのも検討したほうがいいです。そこまでする必要があるのは極稀なんですが」


「なるほど」


「次は、音楽についての想いを語る部分はどうしましょう?好きな作曲家がいますか?希望があれば、当日のプログラムもそこを踏まえてから決めることができます」


「はははっ、そういうのは本当に何もわからないから、そちらが適切なのを見繕ってくれると助かる。話の原稿も用意してほしい」


 はぁ、要望が何もないのもある意味困るけど……まぁこれで好き勝手にやれる、ということにしておこう。


 しかし話を進めれば進めるほど疑念が深まるね。SWPOにデビュタント・コンサートを依頼するとかなりの出費がかさむ。自分の家の力を示すため、ってのはわかるけど、他に選択肢がいくつもある。例えばウェンディマールの国の看板である王立交響楽団(WRSO)。今はSWPOに対抗しようと積極的に活動しているし、王都の有力貴族のデビュタント・コンサートによく出ていると聞いた。確か去年年末、あのカシーミアルという高慢野郎のデビュタントはWRSOを招いて自分がソリストの協奏曲をやったね。そもそもデビュタント・コンサートをオーケストラでやる必要はないし。国内のオーケストラより、国外から超一流の演奏家を招待するほうが話題性が強いし、人数が少ないから安上がりにもなる。音楽に詳しくない人ならむしろそっちを選んだほうが自然じゃないかと思う。アシスタントの私を指名するのもおかしい。普通は監督のお父様に依頼するよね。今の私は確かに話題の人ではあるけど……


「お兄ちゃん!話がまだ終わってないの?」


「あぁ、今からお前の紹介をする所だよ。アリアさん、こっちは僕の妹。僕のデビュタントなのに色々口出しするのでね。曲目の選定など相談したいことがあれば彼女に話したほうが早いよ」


「お、お初にお目にかかります!ワタシはリリーメルと申します」


「はじめまして。依頼を受けましたSWPOのアシスタント指揮者、アリアです」


 私に向けて目をキラキラさせているのはちょっと小柄で華奢な少女。くせ毛がある薄い茶髪に、大きな目と愛嬌がある顔。私より二、三歳くらい年下の美少女だね。なるほど。SWPOと私を選んだのはデュモル本人ではなく、家族の強い要望なのね……


「アリアさまのサインを貰ってもいいでしょうか!あっ、それとアリアさまのことを、お姉さまと呼んでもいいですか?」


「えっ、ええ、いいですよ……ん?」


 アリア、お姉さま……あれ?最近見た、あの恥ずかしい夢にも、最後に私をそんな風に呼ぶ少女が登場したような……


「あ、ありがとうございます!ワタシ、感激です!夢が一つ叶いました!あとはエリカさまにも同じ許可を取れば完璧……!」


 そうだ!夢の中であの少女はエリカのこともお姉さま呼びしたよ!……えっ、まさか、本当にこの子が?あれって、予知夢なの?


「では、プログラムの相談……えっと、その前に……リリーちゃんと呼んでもいいですか?」


「はい!ぜひそうしてください!お兄ちゃんは音楽にまったく興味がないので、デビュタント・コンサートはワタシに一任されました。何なりとお聞きください!」


「頼んだぞ。僕は邪魔にならないようにそこで読み物をするから」


 依頼主のデュモルはそのまま部屋の隅にあるソファに座った。本当に丸投げするつもりなのね。


「……語りのパートが当たり障りない話なら、曲目もあまり個性や主張がないほうがいいね」


「はい!それでいいと思います!派手な曲を選ぶと逆にお兄ちゃんが困ってしまいます」


「曲の長さはどれくらいがいい?いや、先に原稿を作ってから選んだほうがいいか」


「(演奏時間と他の時間配分の比率が)三対一くらい<*1>がちょうどいいって話ですよね?曲目はアリアお姉さまが自由に選んで構いません。時間調整はこちらが茶菓子を出したりでなんとかします」


「そっか。そういう形式で開催することもあるのね」


 リリーちゃんは賢くて、音楽のことや現行のデビュタントの作法に詳しいから、とてもスムーズに各事項がどんどん決まる。これは初仕事であたりを引いたのね。理解がないくせに口出ししたがる人とか、とにかく文句が多い人が依頼主じゃなくてよかった。


 大体のことが決まり、私とリリーちゃんはお菓子を食べながら雑談し始めると、彼女がもうすぐ私の後輩になると判明した。


「リリーちゃんは来年度王立学院音楽科に進級するの?」


「はい!アリアお姉さまとエリカお姉さまと同じようになりたくて、日々勉強しています!」


「指揮者になりたいの!?」


「はい!ワタシもお姉さま方のように、デビュタントを自分の手で指揮したいのです!」


 これは、どう判断したらいい?私とエリカの影響を受けた、ミーハー的な一時のものか?それとも、本気なのか?


「そ、そうですか……でも、それはとても大変だよ。勉強することが多いし、プレッシャーも非常に大きい。それに、オーケストラも用意する必要がある……」


 クナスブチ商爵家は裕福だが、オーケストラを運営している話は聞いたことがない。


「大変なのは覚悟しております。オーケストラのこともちゃんと考えております。去年からワタシのポケットマネーでクレンノスク・フィルハーモニア楽団を支援して、ワタシの練習とデビュタント・コンサートに協力するのを条件にパトロン契約しました。抜かりありません」


 クレンノスク・フィルは確か、王都南区画に拠点を置く、音楽が好きな市民たちが結成した楽団。アマチュアにしてはそれなりの実力をつけたらしい……そうか、クナスブチ家の支援を得て躍進したのね。しかし、オーケストラの運営に支援できるほどのポケットマネーとは、恐れ入ったよ。


「それに、ワタシが一年生の間はアリアお姉さまとエリカお姉さまが学院オーケストラに稽古をつけると聞きました。お姉さま方からたくさん学びたいと思います!」


 オーケストラを用意したり、勉強の計画を立てたり、リリーちゃんは色々考えてるみたい。どうやら指揮者を目指すのは本気のようね。


「……そして、ワタシは世界最初の、楽爵と商爵の称号を同時に持つダブルタイトルホルダーに……!」


 ……えええ???リリーちゃん、そんな大いなる野望を抱いてるの!?まだ音楽科に入っていないのに、すでに指揮者デビューを通過地点のように考えてる……というか、将来は商会運営にも手を出すつもり?そう言えばクレンノスク・フィルもアマチュアだし、リリーちゃんは本業を持ちながらアマチュアの指揮者になるのを目標にしているのかな?


「くすくすっ。ワタシ、調べましたから。通常の貴族はすでに一代貴族の楽爵より上位の称号を持ってるから、現行の法律では楽爵の称号をもらうことができません。でも商爵に関する記述は貴族法ではなく特別法のところにあります。つまり商爵が楽爵の称号を得ることは法律で禁止されていません!最初にデビュタント・コンサートを自分で指揮する実績はもうアリアお姉さまに取られたが、初めての商爵兼楽爵はワタシのモノですよ!誰にも譲りませんから!」


 そんなとき、デュモルがこっちに来て話に割り込んだ。どうやらリリーちゃんの大いなる野望は兄も知らなかったみたい。


「……リリー。お前はクナスブチ商爵になるつもりでいるのか?卒業式の夜、僕が正式に跡取りになるのを発表したとき一緒に祝ってくれたじゃないか」


「……えっ?」


 うわっ……この兄妹すごく仲が良さそうから多分大丈夫けど、他の家ならお家騒動が勃発しそうな話だよ。


「家を継ぐのはお兄ちゃん。面倒事は全部丸投げできるからそれはとてもうれしい……でも……あれ?それじゃワタシは、自分からクナスブチ商爵になるチャンスを放棄した?」


「ああ。父さんも僕もお前が次期商会長になるのが一番だと考えていたが、興味がないことはやりたくないとお前が言ったから、こうなったじゃないか」


 あっ、リリーちゃんがフリーズしたよ。


「しまった……これじゃ商爵兼楽爵になれないじゃない!こんなことになるなんて全然考えてなかった……今更お兄ちゃんから後継者の座を奪うなんてしたくないし……なるべくみんなに迷惑をかけないように商爵になる方法……あぁあああ分かった!決めました!ワタシ、旗揚げします!もう一つ商爵取ってくるから!あっ、もちろんお兄ちゃんとは商売敵にならないようにしますね!分家として強固な同盟関、」


「やめろ!商爵の年度維持費がバカ高いのは知ってるだろうが!家族内で特権を共有できるなら、なんで二回も支払う必要がある?しかもこれが冗談じゃなく本当にできそうのが余計たちが悪い……」


 んー……なんか、とんでもない子だね。リリーちゃん。すごく頭が良くて考え方もしっかりしているけど、抜けてるところもあるみたい。


 結局、次期当主のデュモルが引退するとき一日だけ当主の座をリリーちゃんにパスことで決着がついた。「何十年も待たないといけないの?それじゃ誰かに先を越されるよ……」とまだブツブツと言ってるリリーちゃんの言い分は、「そんな酔狂なことを考えるやつはお前しかおらん」と、デュモルにバッサリ切り捨てられた。



~~~~~~

<*1>デビュタント・コンサートというものはこの作品の架空の設定です。作法なども現実となんの関係なく、ただの設定です。

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