NO.6-1 エリカの妹分たちの裏話
「……えっと、デビュタント・コンサートの依頼ですか?」
「ああ、ぜひお前にやってほしいと頼まれてな。どうだ、やってみるか?」
SWPOのミーティングルームで、お父様が私に一通の手紙を渡す。依頼主はクナスブチ商爵の長男デュモル。私とは同い年で、同じく王立学院に通っていたけど、学科が違うから面識がない。
「どうして私を指名したのかはわからないけど、やってみたいと思います」
「そうか。ならこの件はお前に一任する。詳しい話は向こうで依頼主に聞くと良い。初めての依頼だが心配する必要はない。何か問題があれば俺たちとリンクス(SWPOのステージマネージャー)に話せばどうとでもなる」
「わかりました」
朝食を取って、早速依頼主のところに行くとするか。正式な依頼だし、シャルカちゃんも付き人として連れて行こう。何かあればサポートしてくれる。
――――――――――――――
「おはようございます、アリア様」
「あれ?シゼルちゃん?おはようございます」
クナスブチ家の屋敷がある南区画へ向かう途中、公園の前にあの陰気メガネのシゼルに遭遇した。
「少し時間を頂いてもよろしいでしょうか?アリア様と二人だけで話したいことがあります」
「えっと……秘密の話?」
「そういうわけではありませんが、込み入った話なので……」
シャルカちゃんをチラ見するシゼルの様子を察するに、他人に聞かれたくない話に違いない。どうすべきか悩んでいるところで、シャルカちゃんが耳打ちで私に確認する。
「ねぇ、ほんとに大丈夫?あいつ、アリアちゃんにちょっかい出してた子だよね?」
「……まぁ、大丈夫でしょう。もう和解したんだし」
シャルカちゃんを先に行かせて、私とシゼルは公園のベンチで話すことに。
「本日は私たちのこれまでの行いの舞台裏と言いますか、あの日私はちゃんと謝罪することができなかったので改めて謝らないといけないと思います」
「律儀なんですね。私はそんなこと気にしないのを知っているのに」
確かあれは、エリカが徹夜して泣いて、シゼルたちが私に助けを求めたときのことだね。あのときアイミがこれまでの無礼について謝るとシゼルがいきなり裏切って、自分は関係ないと言い出した。
「それでは気が済まないのでどうか私の話を聞いてください。思い返すとかなり大人げないのですが、私があんなことを言ったのに理由があります。アイミはいつも私が考えを整理する前に動いてしまいます。私がどれだけ苦労しているのを全然わかってないくせに、あの子が勝手に仕切って話を進めました。それでついイラッとして、茶化したくなりました」
やっぱりあのときはアイミをからかってたよね。なんかいつものシゼルっぽくないと思ったよ。
「あのときはとぼけましたが、アイミが言ったのは事実なんです。最初にアリア様の邪魔をしようと言い出したのは私です。アイミは私にそそのかされたにすぎません。もし私の話を聞いてアリア様が許せないと思うなら、私がすべての責任を取ります。アイミだけはどうか許してください」
そうだよね。義理堅いで友達想いのこっちが本当のシゼルだよね。
「許すとか許さないって、ちょっと大袈裟ですよ。私は、そんなこと……」
「いいえ。きっと想像以上の話になるので、寛大なアリア様でも、もしかしたら……実はこれが本日話しておきたいことなんです。私の罪の告白を、アリア様に聞いてほしいです」
そしてシゼルの話は確かにこっちの想像を上回った。
「エリカ様が指揮者になりたいのを知ってから、私は年の近い貴族子女を中心に、エリカ様に潜在的なライバルがいないかを調べました。そしたらすぐにわかってしまいました。『ウェンディマールの至宝』の娘、そして同じく指揮者志望のアリア様の存在を。アリア様の誕生日はエリカ様より二ヶ月早い、つまりデビュタントはアリア様の方が先です。それを知ったとき私はひどく怯えました。エリカ様が永遠の二番煎じになることを……敬愛するエリカ様が一生アリア様の影の中で生きるかもしれません。私はそれをどうしても許せなかったのです。アリア様は何も悪いことしていないのがわかっているのに……私は自分の考えをアイミとも話して、アリア様の邪魔をすることに協力してもらいました。あの頃のアイミはおそらくあまり深刻に考えていなかったでしょう。私の手伝いって感覚で気楽にやっていました。でも私は本気でした。それだけアリア様のことを危険視していましたから。私は覚悟を決めました。最悪の場合、私の手を汚してもアリア様を潰します。それがカレンデム家に仕える者としての務めだと信じて疑わなかったのです」
こ、怖っ!なにこの子?もしかして、私って実は結構危なかった?エリカの妹分たち、本当はいい子なのはもうわかったけど……今の話を聞いた感じでは、エリカのためなら平気で悪事に手を染めるし、必要があらば捨て身の特攻も躊躇わない……ナメてたわ、封建社会の忠義心ってやつ。現代地球生まれの私だからそれがわかってなかったかな……いや、この世界の文明はもう近世。社会全体がそんな封建主義から脱却しつつある。きっとモラウーヴァだけがおかしい、コホンッ……違う、古いだと思う。
「しかしエリカ様が高等部に進級して音楽科に入ると、学院でのお二方の様子を見て、私は自分が間違っていたのに気づきました。アリア様は決してエリカ様の脅威になるような方ではありません。むしろプラスとなる存在だと確信しました。アリア様が先に成功を掴み取ると、エリカ様が唯一無二の存在となる道は永遠に閉ざされます。でもアリア様と一緒なら、エリカ様はさらなる高みへ進むことができるようになるでしょう。身近にアリア様という明確な目標がいるからこそ、エリカ様ご自分一人では決して届かない場所への道が切り開かれたのです」
迂遠な表現だが、言いたいことはわかるような気がする。私にも似たような経験があるから。エリカが練習してる様子を見るだけで力が湧く。エリカには負けたくないと思うから。だからシゼルは自分が勘違いしていたのに気づいた――芸術に唯一無二なんて存在しない……いや、芸術の世界では誰もが唯一無二になれる、と言ったほうが正しいかな。当事者でもないのに自分でそれに気づいたシゼルはマジで偉いと思う。そのおかげで私はいままで無事でいられたしね。
「もちろん私はアイミにも伝えようとしたのですが、全く理解してもらえませんでした。きっと私の説明の仕方が下手だったので……アイミはご存知の通り、思い込みが強い性格だから……美点であるはずの諦めない熱意が災いして、アリア様への妨害行動がどんどんエスカレートしました。最初はそこまで深刻に考えていないアイミだけど、この頃になるとアリア様を本格的脅威だと思うようになりました。こうなってしまうと、アリア様に迷惑をかけないようにするにはもう私が頑張ってアイミの手綱を握るしかありません。アイミは単純だから誘導するのはとても簡単です。でもほうっておくとすぐに暴走するから、制御はすごく大変なんです」
「確かに、あのアイミはそんな感じなのね」
「でも全ては最初にくだらない策略を立てた私が悪いですから、アイミに付き合わないなんて不義理な真似はできません。そのせいで私のストレスがたまる一方で、本当に苦労しましたよ」
「……なんだが、途中からシゼルちゃんの愚痴話になってない?」
「ふふっ、確かにそうですね。アリア様が全然気にしないのを見て、つい調子に乗りました」
まぁ、話したシゼルはもちろん、私も今の話に納得してすっきりになった。これでやっとこの子と打ち解けたような気がするね。
「あ、そういえば、一つ言い忘れたことがあります。アイミは私と違い、本当に純粋で心根優しい子なんですが、思い詰めるととんでもないことを言い出しましたよ。まさかあんな暴挙を思いつくなんて、私でもびっくりしました」
「……え゛っ、一体なにをしようとしたのよ、あなたたち……」
「ふふっ、大丈夫です。さすがにまずいので私はちゃんと止めました。具体的にどんなことだったか、アリア様の精神衛生に良くないので知らないほうがいいじゃないかと思います」
いや、だから、知らないほうが一番怖いから!わかっててわざと教えやがったなこの性悪陰気メガネ!こいつと打ち解けたなんて考えた私がバカだった!
~~~~~~
(あるメガネ少女の独白)
「ちなみに、アイミの計画はこんな感じです」
(1)アリア様が大事にしているあのメイドの子を拉致
(2)アリア様が自分から護身用の魔道具を外すように脅迫
(3)アリア様が二度とエリカ様の邪魔ができないように処置
(4)すべての責任を取る形で自害
(5)あの世でアリア様に詫びて、罪を償う方法を探す
「死後の予定まで入れているところが実にあの子らしいというか……とにかくこんな馬鹿なことが実行されなくて本当に良かったですね」
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