チャプター6
NO.6-0 おかしな夢の続き
闇夜の王都を駆ける二つの影。逃げるように内壁から裏路地に降りる人影を、もうひとつの影である私が袋小路に追い込む。
「もう逃げ場はないよ。あなた、『音なし』の構成員だね。投降しなさい」
「さて、なんのことだ?俺はただ夜の街を散策してるのに、なぜ追い回されなきゃならん?」
眼の前にいる男はただの冴えないおっさんに見えるが、その正体を私は知っている。
「とぼけても無駄だよ。魔法行使の痕跡はしっかりと確認した」
クリューフィーネ家の宿敵、『音なしのカルト』。どこかから指揮魔法の秘奥を盗み出して悪用する秘密結社。指揮の技を使わず邪法で魔法を発動する姿があまりにも異様だから、『音なし』と呼ばれるようになった。
「ちっ……仇討ちなら俺は関係ねぇ!スタンニスラウをやったのは他のやつだ!」
「仇討ち?お父様はちゃんと生きてるよ」
タクトをポケットの中にしまう。こうすればすべての指が自由になり、より緻密な魔力操作ができる。慈しむように私は両手で闇を包み、静寂な夜をイメージして、十本の指で優しき金色の輝く糸を紡ぐ――
「それはっ!まさか、聖属性……」
そう。あの運命の夜、『音なしのカルト』の襲撃を退けた後、瀕死のお父様のもとに戻った私は、奇跡的に覚醒した聖属性の指揮魔法でお父様の傷を治した。いくら聖属性でも、あれだけの重傷を完治とまではいかないから、療養するお父様の代わりに今は私が『音なしのカルト』と戦わなければならない。
「これでわかったでしょう?あなたに勝ち目がないよ。『音なし』の根城について教えてくれれば悪いようにしないから、降伏しなさい」
「……ふっ。それはどうかな」
男が怯えている演技をやめる瞬間、近くに三つの魔力反応が急に現れた。おかしい、これまでのプレッシャー、どうして今まで感じ取れなかったの?まさかこれは、私をおびき寄せるための罠……
「ちっ。まだガキじゃねぇか……」
「外見に惑わされるな。あのスタンニスラウの娘だ。手強い相手だ」
「きぃひひひぃ……なぁに弱気なことをぉ……こちらぁ『音なし四天王』揃ってぃるよぉ……きひっ」
左の壁の上に口が悪い大柄な女、右の建物の上にあの夜撃退した梟の仮面の男、そして後ろに不気味に嗤う猫背の男……まずい、相手が四人いると捌ききれない……
「貴様の弱点はよく知っている。指揮魔法の性質上、同時に相手できるのは三人まで。助けが来ない限り貴様はもう我々の手に落ちたのと同然。大人しく我々に従うなら、手荒な真似はしない」
この場を仕切っているのは例の梟の仮面の男みたいだが、他の三人は特に指示に従う様子がない。『音なし』の幹部たちは今まで謎に包まれている。上下関係がよくわからない。
「……小娘一人に大の大人四人かかり。恥ずかしくないのかしら」
「みっともないのはわかっている。だがどうしても必要なことだ。許せ」
形勢不利なのは明らか。ここは逃げるしかないと思うけど、難しい……地形が良くないし、すでに敵に囲まれている。
「わかっているな。絶対に殺すなよ。こいつ聖属性持ちだぜ。価値が計り知れない。生け捕りすれば最高の研究材料になる」
「きぃひひぃ、そぉするとすぅぅぐに廃人になるよぉ?もってぃねぇぃじゃない。きぃひっ。あっしにあずけてくだぜぃ。われわぁれの一員、いやぁ、『音なし』の次代の旗頭にっ、ふさわしぃ悪のカリスマにぃ仕上げてみせょうぞぉ。きひひっ」
「どっちでもいいからさっさとやっちまおうぜ。アタシはもう帰りたい」
「……っ!貴様ら、もう勝ったつもりでいるのか?言っただろう。油断していい相手じゃあないと」
ちっ。奇襲しようと後ろに放った風の矢の魔法が仮面の男の術によって防がれた。
指揮魔法は一度に撃てる魔法が一つだけ。でも右手と左手、そして目線、三つの攻撃起点をうまく使い分けると、敵はどれが本命なのかわからないから結局全部に警戒するしかない。逆に言うと、攻撃起点が三つしかないのは指揮魔法の弱点でもある。魔法一発でぶっ飛ばせる雑魚なら問題ないが、ある程度の実力者と戦う場合、もし四人目の相手がいると対応できない。どうしても一人の敵に対して無防備になる。
敵は『音なし』の幹部たち。相当な使い手だけど、お父様に指揮魔法の真髄を伝授してもらった私のほうが強い。一対三なら勝つのが難しいけど安全に撤退するくらいはできると思う。でも一対四となるともうどうしようもない。一方的な戦いになる。
「ああもううんざりだよ!その汚い術!」
あの梟の仮面の男が得意の黒い風の術を打ち消すため、私は慌てて左手で音量を抑える指示を出して、降り注ぐ水の壁の魔法を発動するが……猫背の男の巨大化する爪に背後から襲われ、間一髪で避けたけど、服を切り裂かれた。
「きぃひひっ、背中がぁがら空きだぞぉ……きひっ」
後ろに注意を向けると、今度はあの大柄な女に接近された!こんなの無理よ。両手と目線でそれぞれ一人を牽制しても、どうしても一人の敵がノーマークに……
「くぅっ……ごはっ!?」
「殺しちゃいかんってのは本当に難儀だな。アタシは手加減するのが苦手だし、女子供をいたぶるのは好きじゃない……」
なんつー身体能力よ……軽く蹴られただけなのに痛すぎる……早く立ち上がらないと……でも痛いっ!痛くて動けない……どうにか指を動かし聖属性の魔力を紡いで、傷を癒やす術を発動したが、敵はもうすぐそばにまで来ている……
(お父様、ごめんなさい。どうやら私は、ここまでのようです……)
「きぃひひぃ、観念するのだぁ……っ!?なぁっ、なぁんだぁこ、こいつぅ?」
「しっかりして!アリアさん!」
回復術で痛みを癒やし、なんとか立ち直った私は、信じられない光景を目にする。颯爽に現れる美しい令嬢、トレードマークの金髪縦ロール、タクトをレイピアのように振るう勇姿……
「っ!貴様はエリュシカ・カレンデム!まさか、貴様も指揮魔法を……違うっ!『指揮剣術』か!?」
「アリアさんはそちらの三人を抑えて!わたくしはこの気持ち悪い男を仕留めますわ!」
「きひっ!なぁめるな!小娘風情ぃが!くそっ!くそがぁ!」
エリカの指示は的確だ。多彩な術を操り、広い範囲の中で好きなところに自由に撃てる私の指揮魔法は乱戦が大得意。一対三でも防戦しつつ時間を稼ぐことができる。エリカの戦闘スタイルは真っ逆。高速、華麗な技による一点突破。見た限り一騎討ちで最大限の力を発揮する。
(す、すっげぇ……うまい、超かっこいい……手数勝負に誘うことができたから、自分の土俵であの猫背の男を圧倒している……戦い慣れてないのが見え見えなのに、よくそんなことができるのね……)
武器にしては短くて脆そうに見えるエリカのタクト。でも実際に刃を交えたり、敵を斬ったりするのはそのタクトが纏うオーラ。オーラは変幻自在に伸びるから相手はどうしてもリーチを見誤る。指揮の技からの複雑な動きによるフェイントもあるし。まさに蝶のように舞い蜂のようにさす。
猫背の男が使う巨大化の爪も伸ばすことが可能だけど、タクトのオーラほど自由に動かせることができないみたい。あいつがだんだんエリカの動きについてこれなくなって、軽傷だけどすでにいくつも傷を負った。
「おいおい、ガキ一人を自分で対処することもできねぇのかよ。手間のかかる奴め」
ここが正念場だ。救援に向かおうとする大柄な女を止めなきゃ!このまま行けばもうすぐエリカはあの猫背の男を倒せるだろう。でもエリカの戦い方は良くも悪くも一対一特化。もし私がこっちの三人の足止めに失敗すると……一対二になったら、エリカは多分この中で一番最初にやられる。
「行かせないよ!コンサートの最中退席しようとするなんて、行儀悪いよ!」
両手を広げ手のひらを下に、オーケストラ全体に静かにするように願う。さっきのと同じ魔法だけど、今度は規模が違う。周り一面の水の壁を作り出し、敵の進路を阻む。
「ちぃ、足止めか。小賢しいガキめ」
よし!この防衛線を死守するよ!誰にもエリカの邪魔なんてさせない!こっそりと迂回ルートで移動しようとする冴えないおっさんを視線で威嚇したり、仮面の男がエリカを狙撃しようと放った闇の槍の術を火の玉の魔法で迎撃したり、やることがいっぱい。大変だけど、何だがだんだん楽しくなってきた……!
「喰らいなさい!亡き父がわたくしに残してくれた、ただ一つの宝物!この『指揮剣術』を!」
「きがぃやぁぁぁっっ!」
そしてもう一つの戦場に決着のときが来た。体勢を崩した相手にエリカの大技が炸裂。タクトが纏うオーラが爆発的に膨張して、無数のオーラの針となった!両手両足同時に貫かれた猫背の男は奇声を上げ、地面に倒れた。
見事相手を倒したエリカだが、その顔に迷いが見える。このまま急所を突いてトドメを?それとも生け捕りにする?でも相手は邪法を操る秘密結社の幹部、本当にこれくらいで無力化したと言えるのか?しかしこれ以上やると殺してしまうかもしれない。悪人とは言え、命を奪っていいのか?
エリカがどのような決断をするのかが気になって、集中力を酷使してやっと構築した私の防衛線に一瞬の隙ができた。
(しっ、しまった!)
ああもう!おなじみの黒い風からの煙幕……前回もこれで逃げられた。同じ手にまんまとかかるなんて、まったく成長していないね、私。
敵の姿を見失う短い間に、あの気持ち悪い男はもう救出された。大柄な女に首根っこ掴まれて……本当すごい身体能力だね。人間一人をあんなにも簡単に片手で持つとは。
撤退する『音なし四天王』を、私たちは追撃しないと決断した。私が受けたダメージが大きくてまだ完治していないし、エリカは今日が初めての戦いみたい。緊張が切れたら一気に怖くなるよね。経験者の私もそんな感じだったから間違いない。
「ごめん。私がちゃんと抑えることができなかったから、取り逃がしてしまいました」
「いいえ。あの三人相手にアリアさんはよく持ちこたえてくれましたわ。わたくしがもっと早くあの男を倒せばよかったのです」
完全勝利とまではいかないが、こうして二人とも無事でいられるなら、今はこれで十分じゃないかな。私の顔を見て微笑むエリカも、きっと同じようなことを考えているだろう。
「来てくれてありがとうございます。もしエリカさんがいなければ、私は、もう……」
「ふふ、水臭いですわ。もしわたくしが窮地に陥ることがあったら、アリアさんもきっと助けに来てくれるでしょう?」
そうね。私はきっとそうする。デビュタントで失敗したエリカを放っておけないのと同じように。
「まぁ、そうですね。エリカさんを見捨てることなんて、私には――」
「っ!あぶないっ!」
私に向かって飛び出る銀色の鎖。それを見たエリカは私をかばうように前に出て、鎖に絡め取られる。エリカは振りほどこうとするが、鎖からいきなり閃光が走る!
「きゃぁぁぁぁぁあぁ!」
「エ、エリカさん!」
エリカから鎖を剥がそうとするが、鎖が光って私の手を弾いた!痛みはあまり感じないけど、しびれる……
どうすればいいの?手で触れただけの私でもしびれるくらいだから、全身が鎖に接触してるエリカはただじゃ済まない……急いで救い出さないと……あぁそんな!鎖が巻き戻されて、引き寄せられるエリカがそのまま捕獲されちゃう……
「やっと捕まえましたよ、アリアお姉さま……あれ?どうしてウミヘビさんに捕まったのがエリカお姉さまなの?狙いを外した?……まあいい。お姉さま方お二人とも、最終的にはワタシのモノになる運命ですから。くすくすっ……」
鈴のような、少女の可憐な声が聞こえる。声がする方角に視線を向けて、新たな敵の姿を捉えようとすると、そこにいるのは――
――――――――――――――
ベッドの上で私は頭を抱えている。
「ごめん、エリカ……こんな変な夢に巻き込んで……本当にごめん」
リベンジコンサートのエリカがかっこよすぎたから夢にまで出てきたんだろうね。エリカの名誉を守るためにも、この夢絶対に人に知られてはならない。墓まで持っていこう。
(それにしても、最後のあの少女の声は一体、なんなんだろう?……私の知っている人じゃないと思うけど、どうして夢に……)
夢に登場した知らない人と言えばあの『音なし四天王』もそうだけど、そっちはなんとなく適当な設定を並べただけみたいな感じがする。あの少女はまた違うような気がする。
(案外、近いうちに出会ったりするとか……いやいやいや、もし現実にあんな子がいると怖いよぉ……)
私とエリカに、そんな熱狂的なファンがいるのかな?ちょっと調べてみたほうがいいかも?
~~~~~~
(ある日のアリエリ)
「あの、ちょっと気になることがありますが……エリカさんは、フェンシングとか、剣を扱う武術を嗜んでいますか?」
「ん?いいえ、生まれてから一度も剣を握ったことがありませんわ。どうしてそんなことを?」
「ううん、なんでもありません。変な質問してごめんね」
(よかった。やっぱり夢なのね。そういえば、『亡き父が残してくれた指揮剣術』のくだりも気になるけど、さすがにこれは聞けないよね……エリカの父が亡くなったのは彼女がまだ小さい頃。よく覚えていないから悲しいと思ったことがないと、本人はそう言ってるけど……やめとこう)
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