音楽評論誌『王都カランカオーの風に乗せて』153号(4月11日刊行)

(ヘッドラインニュース)


『ウェンディマール王立学院卒業コンサート』


 今年度の王立学院卒業コンサートは4月6日と7日に行われました。今回は初めて2日に渡っての拡大開催です。モラウーヴァ公爵家のエリュシカ・カレンデムさま、サンドミネッツ公爵令息カシーミアル・レルツシーカさま、サレンジア伯爵令嬢アリア・クリューフィーネさまなど、今年は将来有望な卒業生が複数いるので、今回の卒業コンサートは特に注目を集めました。


 6日のコンサートはクーヤヴィ伯爵令息スーミクラ・クラスミヤさまによるベートーヴェンの『ピアノソナタ第21番』と、カシーミアルさまによるブラームスの『バイオリンソナタ第一番』などで大成功に収まりました。しかし一方で、カシーミアルさまをはじめとするグループによるブラームスの『弦楽四重奏第一番』は途中で中断しそうなくらいのミスが発生、終了後はステージ裏で激しい口論があったらしいです。


 7日の前半はカリンシビ伯爵令息トゥルクマン・スラヴィアスさまをはじめとするグループによるモーツァルトの『ホーン五重奏』など、5人以上の室内楽の曲目が演奏されました。後半はアリアさまと学院オーケストラによるサン=サーンスの『交響曲第三番』、エリュシカさまもオルガニストとして登場しました。迫力満点のパフォーマンスで最高の終幕にしました。


 今年度の卒業コンサートは王立学院音楽科設立以来最も大きな成功となりましたが、出演者に恵まれる側面が強いので「今後もこれほどの成果を出せるのを期待するのは非現実的だ」と、学院長さまが仰っいました。「学院より、卒業生たちのこれからの活躍に注目してほしい」とのことです。



『悪夢のデビュタント!ステージから逃げ出した公爵令嬢』


 方々から期待されていたモラウーヴァ公爵家のエリュシカ・カレンデムさまのデビュタント・コンサートは、残念ながら失敗で終わりました。


 王都西区画のザロメア劇場で、エリュシカさまは予告した通り黒いスーツ姿で登場して、音楽に対する想いを語りました。短い休憩時間を挟んで、指揮者としてNZTOと共演して、ブルックナーの『交響曲第七番』を演奏しました。


 第一楽章は無事演奏できましたが、第二楽章途中でトロンボーンの唐突なミスから続々と小さなエラーが発生。その後一度局面をコントロールできましたが、第四楽章でまた制御を失いました。お世辞にも立派とは言えないパフォーマンスに、観客は拍手を送るのに渋りました。その様子に耐えられずに、エリュシカさまはちゃんとデビュタントを終わらせることなく逃げ出しました。


 最終的に、場を収めるためにモラウーヴァ公爵さまが自ら顔を出して観客に詫びました。



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(王立劇場オーケストラ監督、カサグランの完全私物化コーナー)


 誠に口惜しい。最高の楽団になるはずのNZTOと、才能豊かな若者であるエリュシカ嬢がこんなことになるとは。これもすべてカリームの野郎のせいだ。あやつは口だけが達者だから、モラウーヴァ公爵様からNZTOを預けてもらいながら、きちんと指導することができなかった。なんとも嘆かわしい。公爵様はあやつにこれ以上慈悲をかける必要はない。NZTOを今すぐ正しい方向に戻さなければならんのだ――


(あまり意味がない罵詈雑言なので中略……)


 エリュシカ嬢の件も、今ならまだ間に合う。デビュタントの失敗は深刻だが、挽回できないほどでもない。直ちに正しい指導を受けさせれば必ず立ち直れる。必要であればエリュシカ嬢の新しい指導者、それとNZTOの監督の後任者も、私が責任を持って適切な人選を紹介しよう。事態がここまで深刻化した以上もう座視できないから。



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(王立学院音楽科主任クノービネのまるでやる気を感じない適当コーナー)


 今年度の卒業コンサートは大成功で終わり、若人達の目覚ましい活躍に嬉しく思います。特にアリア様が指揮した学院オーケストラによるサン=サーンスの『交響曲第三番』。欠員のため一部部外者の力を借りたとは言え、大変良くできたと思います。


 しかし同時に、カシーミアル様達や、デビュタントのエリュシカ様のような失敗もありました。そんな失敗はこれからもあると思いますが、どうかめげずに頑張ってほしいです。音楽を志す者のキャリアは長い。いいことも悪いこともたくさんあります。一度の失敗に囚われる必要はなく、先を見ることが大事です。



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(普段投稿しないライターたちによるエリカのデビュタント・コンサートへの酷評が続くが、中身がない薄っぺらい中傷だけなので省略……)



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(常に上から目線、些細なミスでも容赦なく叩く、ビュリーアールの辛口コーナー)


 まずは王立学院卒業コンサートの成功に祝おう。貴族学校の性格上、学院オーケストラは常に練度不足に悩んでいるが、今回のパフォーマンスは実に素晴らしい。無論その演奏は完璧とは程遠いし、強力な助っ人の力も借りたが、それでも自分は良くやったと賞賛を送りたい。粗を隠し、長所を最大限に見せるにはどうすればいいのかを、アリア嬢はよく心得ている。理想的ではない状況で最善を尽くしたとも言えよう。


 逆に非常に失望させられたのはエリカ嬢のデビュタントだ。信じるべきのは自分自身の力なのに、エリカ嬢は他人の成功に縋ろうとした。大方、「アリア嬢にも出来たから自分にもできる」とか、そんな甘ったれた幻想で心の平穏を保とうとしたんだろう。そんな軽い気持ちでデビュタントのステージに上ったことに、自分は怒りさえ覚えている。しかもアリア嬢と同じようになりたい同時に、アリア嬢を超えたい気持ちも混ざっているから『第七番』のような超大作を選んだ。その矛盾に捕われた時点でもうエリカ嬢の敗北は決まった。NZTO側のミスから始まったトラブルだが、最初はコントロールできないほどの災難ではなかった。それを深刻化させ、取り返しがつかないようにしたのは紛れもなく、エリカ嬢自分自身だった。エリカ嬢の練習を自分も見学したことがある。決してこんな程度のものではない。このような結果になるのを非常に残念に思う。


 そして駄目なのはNZTOも同じだ。三年と言う時間は短いように思えるが、長いとも言える。団員の間に大きな実力差があるNZTOのチームワークは一朝一夕で改善できるものではないが、三年経ってもこの程度なのはいただけない。トロンボーン首席の不在は言い訳にならないんだ。それくらいのハンデを克服できないなら一流オーケストラだと言えない。これが我が国を代表する五大楽団の一つとは思いたくないものだ。普段はカリーム氏がうまく手綱を握っているからその実態は暴かれていないが、経験が浅いエリカ嬢では隠し通せるはずもない。そう思うとエリカ嬢もお気の毒だ。もし組む相手がWRSOやSWPOのような安定したオーケストラなら、軽い気持ちのままでも無事やり過ごせたかもしれない。今回の失敗は両方とも逃れられない責任がある。

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