NO.4-2 仲間外れにしたくないから

 学院長と話した翌日。曲目について一晩考えた結果を、私は最初にエリカに伝える。


「サン=サーンスの『交響曲第三番』、ですか」


 あれ。なんかエリカの反応がイマイチ。この選曲はある意味定番とも言えるから驚かないのは想定済みだが、もっと喜んでくれてもいいと思うけど……


「エリカさんはどうしてそんなに反応が薄いのですか?まさかオルガンをやる人として、あれが好きじゃないですか?」


「だって、あの曲は『オルガン付き』っていう割に、終盤までオルガンは大して活躍していないではありませんか。はっきり言うと、地味ですわ!第三楽章<*1>のあのピアノの方がまだ派手じゃないですか!」


「それは、まぁ……そう思う人がいても、おかしくありませんね」


 と言うか、録音でしか『交響曲第三番』を知らない人の中に、オルガンは第四楽章<*1>満を持して初登場、と勘違いする人がそれなりにいそうね。


「でもでも、第二楽章<*1>ではオルガンが出番が多いし、みんなを背景から支えていますよ」


「あんなの全然目立たないのですわ!わたくし、縁の下の力持ちなんて言葉が嫌いですわ!頑張った者はみんなちゃんと注目されて正当に評価されるべきですわ!」


 うわっ、すごい暴言きた。でもその気持はちょっとわかるような気がする。あのヴィオラいじりジョークみたいな話を思い出させる。あれのどこが面白いか全然わからない。はっきり言って、私はあれが嫌い。


 しかし意外と厳しい評価だね。どうしてエリカがそこまで言うの?……そうか、そういうことか。アリアの記憶が教えてくれた。これは上級貴族の処世の心得の一つ。なにか提案されるときはまず厳しく対応する。たとえ本心ではそう思わないとしても。それくらいで相手がひるむなら検討に値しない提案。まぁ高位の貴族になると話を持ってくる人が多すぎてそんな風に時間節約しないとやっていけないよね。


「ま、まぁ……言いたいことはわからなくもないけど、第四楽章<*1>からはまさにオルガンの独擅場でしょう?超かっこいいじゃないですか、あの入り方」


「そ、それは……確かに、とてもかっこいいのは認めますが……」


 エリカが軽くため息をして、私を見つめる。


「そもそもわたくし、卒業コンサートには出ないと言いましたよね」


「はい。指揮者としては出ない、と仰っいましたね」


「……それで、オルガニストとしてなら問題ないと考えていますの?」


 ジト目で見つめて、私の真意を測るエリカ。思わずその鋭い視線から目を逸らしたくなるが、ここで怖気づいちゃダメだ。


「だって、エリカさんだけ卒業コンサートに出れないなんて、そんなの寂しすぎるじゃないですか」


 王立学院の卒業コンサートは別に全員参加できるわけじゃない。例えばピアノやバイオリンの独奏などは専門とする生徒が多すぎて、成績が上位の人だけが出られる。でも三年連続首席のエリカが出ないなんてどう考えてもおかしい。もちろん学院側も今期の注目の的であるエリカのために活躍の場を与えたいし、本人から要望があればできるだけ叶えてあげたいが……その本人の要望が「三日後のもっと大事なイベントに専念したい」と来た。学院もこれ以上何も言えない。


「はぁ、やはりそういうことなんですね。アリアさんの心遣いには、すごく嬉しく思いますが……」


「デビュタントの準備の邪魔になるのを懸念していますか?」


「……アリアさんは、どう思います?」


 エリカは珍しく迷っている。卒業コンサートのことはもうきっぱり諦めたが、エリカは人の厚意を無下にできない性格だから。しかし簡単にうなずけるわけにもいかない。自分のデビュタントがかかっているから。そう考えると、私のこれからの意見は、エリカのデビュタントの成否を左右するかもしれない。だからもう一度ちゃんと考えなきゃ。本当に、エリカを卒業コンサートのオルガニストとして誘うべきなのか?


「……エリカさんの実力なら、きっと両方そつなくこなせると信じています」


 考え直しても私の結論は変わらない。エリカのデビュタントは大変だが、その原因はワークロードではなくプレッシャー。『交響曲第三番』のオルガン演奏が増えたくらいでオーバーワークにならないはず。むしろいい気晴らしになってプレッシャーを緩和させることもありえる。もちろん、ストレスが増えてよくない影響が出る可能性もあるが……私は、エリカを信じてみたい。


「わかりました。この話、謹んでお受けいたしますわ」



――――――――――――――


 エリカの同意を得られたし、早速稽古を……と言いたいところだが、学院オーケストラのほうはまだ色々準備する必要がある。それまでに私ももう少し考えをまとめよう。


 「エリカにも参加して欲しい」――もしそれだけなら、曲目は定番のヘンデルの『オルガン協奏曲』とかにしてもよかった。このサン=サーンスの『交響曲第三番』を選ぶ理由は他にもある。卒業コンサートの性格上、音楽に詳しくない父兄たちが大勢来てくれる。彼らにもコンサートを気軽に楽しめるように、非常に派手かつ娯楽性が高いこの『第三番』を選んだ。


 それにこういう曲だから、多少雑になっても勢いで誤魔化せる。別に『第三番』が簡単とか単純というわけではない。むしろ序盤から細かい動きが多く、非常に紀律が重要視される曲。練度が足りない学院オーケストラにとっては、第一楽章<*1>の第一主題がいきなり鬼門みたいな感じ。でもやり方によっては粗を隠してそれっぽく見せることも可能。まぁわかる人が聴けばすぐにわかるから過信してはダメ。与えられた練習時間の中でできるだけ演奏の質をあげよう。


 稽古で演奏の質を上げることを王道だとすれば、今回は邪道も使う必要がある。そう、外部からの助っ人だ。もともと学院オーケストラの金管は万年欠員だから、いつも行事の前に助っ人を呼ぶことになってる。今回は学院長が全面協力を約束してくれたから、そのツテで超強力な助っ人を呼ぶことができる。ならこのアドバンテージを最大限に活用しよう。


 特に都合がいいのが、この『第三番』では度々金管が最前線に出る場面があるし、それも大体弦楽の複雑な動きの後で。例えば第一楽章<*1>の第一主題、それと展開部の最後や再現部の冒頭。練度が足りない学院オーケストラでやるなら、そのどれも足並みが乱れてきそうなところ。そこで観客たちが違和感を覚える前に、金管の砲撃でなにもかも気持ちよくぶっ飛ばす。金管の超強力な助っ人たちに戦線を維持してもらう間に弦楽の陣形を立て直す。まぁ古典な手だけど、とても効果的だね。あとは、トライアングルやシンバルなど多彩な打楽器を使うのもいい。観客の目をそらすのに最適だ。うちでは打楽器も万年欠員だから必然的に助っ人が担当するのも都合がいい。


 もちろん長い目で見るとこんなやり方は良くない。でも今回は配られた手札と限られた時間の中で最善を尽くすから、こうするのが一番だろうね。この際邪道でもいい。とにかくより良いパフォーマンスに仕上げることが大事なんだ。


(最初から無様なステージにするつもりはないけど、出る予定がなかったエリカまで巻き込んだ以上、なおさら失敗ができないね。さぁ、やるぞ!)



~~~~~~

<*1>サン=サーンスの『交響曲第三番』の楽章分けはちょっと変則的です。譜面上では本当は第一楽章と第二楽章だけですが、その第一楽章は一般的な交響曲の第一楽章と第二楽章に該当するパートを休止なしで演奏、そして第二楽章は普通の交響曲の第三楽章と第四楽章に思えるパートです。表記は違うけど聴く分では完全に標準的な四楽章交響曲です。実際私もこの話を途中まで書いてふっと自分が四楽章だと思って書いてるのに気づきました。私だけではなく、アルバムや動画の時間配分表記でも四楽章って書いてることがあります。だからアリアたちがそんな感じで会話するのも別におかしくはないかなと思います。チャプター4の楽曲パートでも四楽章だと思って書くつもりです。そのほうがわかりやすいと思いますから。

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