NO.2-3 能力検証
みんなが寝静まった夜。こっそりベッドから抜け出して、照明の魔道具をつける。これから管理者からもらった能力を検証する。「私が知っている楽曲の譜面を創り出す能力」。果たしてどれほどのものなのか。
(最初は、やっぱりこれにしようかな……モーツァルトの『交響曲第39番』)
私がこの世界に来て最初に指揮した曲。だから初めて能力を使う実験にもこれが相応しい。能力行使するのに意識を向けて、頭の中で曲のタイトル念じると……手のひらから光が輝き、やがて一冊の総譜になった。頭の中のイメージ通り、『交響曲第39番』の楽譜が無から生み出された。
(本当にできたんだ……!これで出たのが総譜なら、パート分けも指定できるかな?)
今度は『交響曲第39番』の「各楽器のパートの楽譜」を念じて……しかし何も起こらない。
(あれ……?)
何度試しても出てこない。そして突然頭に直接メッセージが届いたように、理由がわかったような気がする。そうか……「同じ楽曲は一日一回しか創れない」か。無限にできるなら、私はこのチート能力を使って出版業を荒らして楽に稼ぐかもしれない。だから管理者は使用回数を制限した。
(じゃあ、モーツァルトの『交響曲第38番』を、「指揮者用の総譜と各楽器のパートの楽譜」まとめて創ろう、と……)
光が何度もまたたき、それぞれ楽譜になって私の手の上に落ちる。
(ちょっ、あっ、危ない!)
急に現れた大量の楽譜。危うく床に落としてしまうところだった。次回からこんな大量生成は手で受け止めようとしないほうがいいね。机の上に置くようにしよう。
(あっ、こりゃダメね……それぞれの楽器に一人分しかない)
実際に演奏するならちゃんと人数分揃わないと。この能力で創り出した楽譜に原版がないから、簡単に複製できない。能力は同じ曲一日一回までだし、できれば一回行使するだけで全員分を創れるようにしたい。
(次の確認したいことも一緒に実験してみるか。ブラームスの『ドイツ・レクイエム』。総譜と、編制に書いたそれぞれの楽器の人数分をまとめて……)
ブラームスの時代になると、オーケストラの編制が拡大しているし、この曲には独唱と合唱もあるから、さっきよりもっともっとたくさんの楽譜が机の上に現れた。もしこれをさっきのように手の上で生成したら絶対持ちきれない。
まず出来上がった楽譜のカバーを見る。やっぱり、タイトルが『ゲルマニクス・レクイエム』になってる。この世界に合わせて修正されるのね。
(弦楽の分、管楽の分、ティンパニ、ハープ、オルガン、独唱と合唱……うわっ、合唱は人数分になるとすごい量に……よし、必要の数ちゃんと揃ってる。この指定方法で大丈夫そうね)
次は一番大事な実験。この世界に存在しないはずの楽曲も、創れるのか?
(誰も知らない楽曲は、作曲禁止令違反と疑われかねない……まずは隠しやすいピアノ曲の楽譜にしようか。では、ドビュッシーの『ベルガマスク組曲』)
それから、どのあたりまでが「私が知っている楽曲」を試してみた。結論から言えば、少しだけでもメロディを覚えている曲ならいける。でもタイトルだけ知っているのは創れない。
検証の決め手となったのはニコライ・ミャスコフスキー。数多くの交響曲を作曲した二十世紀ロシアの作曲家だが、演奏される機会がそう多くない。彼の『交響曲第一番』、私は録音を聴いたことがあるがよく覚えていない。なのに譜面は生成できた。一度も聴いたことがない、存在だけ知っている『交響曲第二番』となると、頭の中でいくら念じても出てこない。
(記憶があやふやでも、聴いたことがある曲ならいける、かな。これならわかりやすいね……そうだ、あれも試しにやってみよう。もしできたら、いずれワケアリの楽譜を人に見せる時言い訳しやすい)
目を閉じて、次の実験の要項を心の中で並べ、光が収まるのを待つ。
(うおおおおおぉ……これが、あの、ベートーヴェンの『交響曲第九番』の初期手稿!「人類歴史上最高の芸術作品の原本」という売り文句でオークションに出された、あの『第九番』の原点……)
まぁ私の能力で創り出したコピーなんだけどね。でもこんなことができるなら、色々と動きやすい。
この世界に存在しない楽曲を演奏したいなら、どこから出たのかをうまく説明しないといけない。できないと最悪、作曲禁止令違反の容疑で捕まる。言い逃れるなら一番いいのはやはり楽譜をどこかで発見したことにする。作曲者も作曲時期も不明で、誰にも迷惑をかけない。このような筆跡から明らかに私が書いたものじゃない手稿があれば、作曲者は私じゃない証拠になる。オーケストラに配布する演奏用の楽譜は私がこの原本を元に見やすいように整理した、ということにすればいい。
(じゃこういうのもいけるかな?ショスタコーヴィチの『交響曲第一番』、でも作曲者のところは、「空白」でお願い)
試してみたら、この世界に存在しないはずの楽曲なら、作曲者のところは私が好きなようにいじることができる。空白にしても、実在の他の作曲者でも、架空の名前にしても、作曲者不明で表記するのもできる。こんなことができるなら、出どころを正直に説明できない曲を他の作曲者の作品だと偽ることもできる。たくさんあるモーツァルトの偽作疑作のようにね。このショスタコーヴィチの『交響曲第一番』みたいな、この世界の人にとって異文化すぎて、作風から作曲年代を断定するのが難しい楽曲なら、無難に架空の作曲者をつけて作曲禁止令前の異国の作品だと言い張れば、それだけで押し通せるかな。新古典主義の作品なら古典時期の作曲者の偽作に……はさすがに無理か。わかる人には、曲中に使ってる技法は古典時期にないものだとわかるよね。
これで今後活動するために必要な検証は一通り終わったかな。多分そこまで使うことはないけど、せっかくだしこの能力の限界なども調べておくか。
それから思い浮かんだ曲を片っ端から生成、多分百回くらい能力を使ってみたけど……体と精神に特に負担を感じない。疲れたと言うより、眠いんだけど……それはきっと能力の使いすぎではなくもう遅い時間だから。
(あとひとつ試したいことがある。クラシックではない、他のジャンルの曲もこの能力で譜面を創れるかな?これにしよう……『愛の心アサルト』)
できた。ジャンル問わずにいけるのねこの能力。バンドの曲の総譜を手にするのは初めて。こんな感じになってるのね。それにしても懐かしいなぁ……この曲は小さい頃の私にとても大きな影響を与えた。
私が音楽に初めて触れたのは幼稚園の頃。友達がピアノをやっているのを見て、自分もやりたいと両親にねだった。最初は毎日楽しく練習していたが、ある日からピアノの時間が苦痛になった。つまらない練習曲ばっかりやって全然面白くなかった。自分の技術が上達するのを実感できなくなって、いわゆる頭打ちの状態に。このまま続けても意味があるのかと考えた。本当はもう練習なんてしたくないのに、自分から言いだしたからここで諦めるのは両親に申し訳ないと思い、無理に続ける毎日……
そんないつ投げ出してもおかしくないとき。親戚の家で私はこのアニメに出会った。こんな音楽があるなんて知らなかった。とてもエネルギッシュで、直接魂に届くような歌。親戚のお兄さんにDVDを貸してもらって、夢中になって一気に最後まで観た。序盤はあまり相手にされないにもかかわらず、ただ自分の歌を信じて貫く。途中から大ブレイクしてもその志が変わらず、そして最後は「たった一曲のロックンロール」が、銀河に響き渡る……
(そういえば、私も山に向けて歌ってたね……ちょっと、いや、かなり恥ずかしかったけど、今となってはいい思い出かな)
こんな風に、全然違うタイプの音楽で感動を受けたら、不思議とピアノの練習曲の良さもなんとなくわかった。きっとこれは行き詰まった心が豊かになって、狭かった世界が広くなる瞬間だったんだろう。もしこのアニメに出会えなかったら私は音楽を諦めて、今の私とは別人になっているかもしれない。私の人生を変えたと言っても過言ではない。
いずれこの世界にジャズやロック、メタルなどを紹介するときが来るかもしれない。いや、もしかして私が知らないだけですでにこの世界のどこかにあるかもしれない。でも今は自分のできることだけしよう。私の専門とは違うから簡単にできないし、作曲禁止令違反の容疑もかかるし、そもそも必要な楽器この世界にあるかどうか……ドラムはまだのぞみがあるが、エレクトロギターとか絶対ないよね……この電気がない世界に。
(そんな自分の専門じゃないジャンルより、オーケストラでできる他のことが先かな……例えば高校の部活のときでやった『星の戦い』みたいな痛快な映画音楽もまたやってみたいし……でもやっぱり問題となるのはあの悪法。何が作曲禁止よ、まったく)
これで能力のことは大体わかった。私の希望通り、この世界にない楽曲を創り出すことができる。実験はここまでにして、あとはこの能力をどう使うかを考えよう。
(あっ、この山のような楽譜を片付けなきゃ……ふぁああぁ……もう寝たいのに)
――――――――――――――
この世界に転生してから二週間。アリアのお父様が退院して、明後日の復帰コンサートに向けて準備を始める。準備期間が短いように思うかもしれないが、コンサートは前から予定されているからプログラムはみんな知ってるし、一流しかも連携が完璧なお父様とSWPOなら二日だけで事足りるでしょう。
今後のことについて色々考えた結果、能力はひとまず封印することに。作曲禁止令があるから、この世界に存在しないはずの楽曲を表に出すのは危険だと思う。もう少し様子を見て慎重にしないと。今は能力を使えばいつでも地球の楽曲を召喚できるのがわかっただけで十分。
ロマン期の歴史変化も気をつけないといけない。私の解釈で演奏するロマン期の楽曲はどんな風に見られるかわからないから、まずは情報を集めるのに専念した。この二週間できるだけ王都のいろんなオーケストラのコンサートを観に行った。この世界の演奏水準、コンサートの慣習、観客の反応の仕方……いろんなことを知ることができた。最後にスタンニスラウの復帰コンサートを観て、情報収集は終わり次の段階に進もうかな。
「俺のブラームスを観てくれるのか?……お前が?」
「はい。私も大人になったし、いつまでも好き嫌いしてはいけないと思います。お父様の言う通り視野を広げて、考え方が違くても知ることが大事だと考えております」
アリアは小さい頃一度スタンニスラウのブラームスを観たことがあるが、解釈違いだからそれ以来ずっと観ないようにしている。アリアのブラームスに対するイメージが私と同じなら、この世界の誰とも合わないだろう……しかしスタンニスラウが最も得意とするのがブラームスだから、自分の十八番なのに娘が認めてくれないなんて、いつも寂しい思いをしている。これは私のせいじゃなく管理者の設定が原因だとわかってるけど、それでもちょっと罪悪感を覚える。まぁそれを抜きにしても、この世界のブラームスの解釈を知る必要があるしね。
「もう、退院したばかりなのに……アリアがそんなこと言ったら、この人が張り切りすぎてまた倒れたらどうするの?」
「そ、そんなことするわけないだろう。アリアがそう言ってくれるのは嬉しいが、舞い上がったりはしない。俺はいつだって全力だから普段と変わらない」
「はいはい、そういうことにしてあげるわ」
元のスケジュールなら、明後日のコンサートは前半に序曲と協奏曲、そして後半はブラームスの『交響曲第三番』だったが、お父様がまだ本調子じゃないから、大事を取ってプログラムは交響曲だけに変更した。30分強のかなり短めのコンサートになる。観客たちは物足りないと感じるかもしれないが、それでも早めに「ウェンディマールの至宝」の無事帰還を示すことが大事みたい。
「そうだ。このあとのリハーサルも観に来るか?お前のアシスタントとしての修行にも役立つと思うぞ」
「せっかくの申し出ですが、今回は変に先入観を持たないように当日のパーフォーマンスを観たいと思います」
「そ、そうか……なら明後日のコンサートを、最高のものにするしかないな」
「はい。楽しみに待っていますね」
「もう……だからこの人にそんなこと言ったらだめだって……」
気合を入れるお父様を呆れた顔で見るお母様だが、私の視線に気づくとこっちに優しく微笑んた。
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