音楽評論誌『王都カランカオーの風に乗せて』147号(2月8日刊行)

(ヘッドラインニュース)


『真紅の新星現れる!アクシデントに負けない少女指揮者の衝撃デビュー!』


 今期の目玉イベントはもちろん、サレンジア伯爵令嬢アリア・クリューフィーネさまのデビュタント・コンサートであります。


 我がウェンディマール王国を代表する指揮者サレンジア伯爵スタンニスラウさまの一人娘だけでなく、自身も指揮者の卵として期待を集めるアリアさまの十六歳誕生日は当初、彼女が指揮者としてデビューするじゃないかという噂がありました。しかしいくらアリアさまは王立学校音楽科で成績優秀の上伯爵さま直伝の技を持ってしても、大事なイベントを任せるにはまだ若すぎます。コンサートでアリアさまは純白なドレスを身に纏い、観客たちに挨拶して自分の音楽に対する想いを語り、コンサートのプログラムを紹介しました。


 前半のプログラムはモーツァルトの『魔笛:序曲』、そして『クラリネット協奏曲』。古典時期の作品を指揮すると普段の激情が影に潜め、非常に理知的になるのはまさにいつものスタンニスラウさま。ラジーアからの旅の演奏家べリャンスクさんの艶やかな音色も噂に違わずです。


 その素晴らしい演奏を、アリアさまはどこか寂しげな微笑みを浮かべながら、最前列で我々と一緒に鑑賞しました。


 どころが休憩時間で状況が急変。取材に応じてくれたSWPOの団員によると、スタンニスラウさまは楽屋に戻る通路で吐血して倒れました。これからどうすべきかを巡ってマニエラさまと激しく口論しました。


 そんな危機的状況をアリアさまは自分の手で救いました。「後のことは任せて」と、スタンニスラウさまに神殿へ治療を受けるように願いました。


 次に我々の前に姿を現すとき、アリアさまはもうドレスから黒いスーツに着替えました。堂々と事情を説明して、後半のプログラムであるモーツァルトの『交響曲第39番』は自分が指揮すると宣言しました。


 とても初めてとは思えない、鮮やかな手並みでした。急遽に代役を引き受ける割に、なんの迷いもなく、凛とした態度を一度も崩しませんでした。


 『交響曲第39番』をクリアなイメージで表現し、とてもすっきりとしたパーフォーマンスは父親と同じスタイルを感じさせましたが、スタンニスラウさまのモーツァルトより柔らかくてお淑やか。そんな女性指揮者ならではの表現の仕方に観客はみんな夢中になりました。


 コンサートは大成功に終わり、アリアさまは一躍して時の人になるでしょう。なぜなら我が国でデビュタント・コンサートの主役が指揮者を務めるのはこれが初めて。詳しく調べないとわかりませんが、大陸中でも初めての試みじゃないでしょうか。


 ちなみに本誌の直撃取材によれば、スタンニスラウさまの病気は大事に至らず、神殿で一夜過ごして具合がだいぶよくなりました。治療官によると病因はおそらく過労だから、スタンニスラウさまはしばらくの間活動休止になると思われます。



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(頭がお花畑で基本的にベタ褒め、ハーミナのゆとりコーナー)


 スタンニスラウさんが倒れたと聞いた瞬間、会場はまるで凍てついたように静まった。<*1>


 これからどうなっちゃうの?アリアちゃんは大丈夫なの?と考えていたら、まさかの自ら代役出演。嘘だろう、どういう神経してるのこの子って思った。


 でも蓋を開けてみれば私なんぞの心配全然要らなかった。光栄なことに私は伝説の始まりの目撃者になった。


 特に印象深いところと言えば、第一楽章の最後。盛り上がる最中にも精密な計算で金管と木管の絶妙なバランスを保ち、とても美しい音色を出した。惜しいと思うのは第三楽章かな。アリアちゃんの動きが大振りだったから、全体的にやや固くなりすぎた感じがする。でもあれはきっと誤解を防止するための苦肉の策。準備不足の状況下では正解だと思う。


 あの年であれだけの才能を見せるとは、アリアちゃんはほんとに末恐ろしい子だね。これからのウェンディマールの音楽界隈もこれで安泰だと思う。かつて音楽後進国と蔑まれてた我が国は、スタンニスラウさんの快挙以降侮られることがなくなったが、全体的レベルではまだまだ他国に追いつけていない。このままではいずれまた差が開いてしまうではないかと心配していたが、次の世代にも希望があるのを知ってやっと安心できたわ。そういえばアリアちゃんの同級生にもうひとり要注目の子がいる。新ザロメア劇場オーケストラの持ち主であるカレンデム家のエリュシカちゃん。同い年の二人の美少女指揮者……これまた物語の予感が……!ちなみに二ヶ月後に控えるエリュシカちゃんのデビュタントもあの子が自分で指揮するじゃないかと噂されている。いまから楽しみで仕方ないね。



<*1>あの時本当はアリアの主観通り大騒ぎになったが、ハーミナは驚きのあまりに周りの声が全然聞こえなかったみたいです。



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(どうしても反論から入りたがる、ケセミネウスの理詰めコーナー)


 もともと今期のコーナーではスタンニスラウ氏とべリャンスク氏の組み合わせによる錬金反応<*2>を検証したかったが、それどころではなくなった。もちろん芸風が違う二人のコンチェルトは非常に興味深い演奏で、またの機会で深く掘り下げたいと思う。今回は字数制限があるので無理。


 噂の次世代の期待株であるアリア氏について、これまで様々の憶測があった。今日聞いた限りではやはり父娘のスタイルは似ている。特に第一楽章の提示部で非常にきれいな形で第二主題に切り替わるところがそっくり。これからのアリア氏の活躍を追い、さらなる研究をしたいと思う。


 今回のアリア氏のパーフォマンスを誰しもが絶賛するのは当然。だが僕はほとんどの称賛は見当違いだと思う。もちろんあの十代とは思えないスキルも、プレッシャーに動じないメンタルも素晴らしいが、僕はむしろアリア氏の用意周到なところに注目してほしい。満足に準備ができないアクシデントなのに用意周到というのも変だが、僕が言いたいのは、あの場であれだけのパーフォーマンスができたのは練習なしでは不可能だ。それもリハーサルに限りなく近い、高度な練習が必須。


 それでは急に代役を務めることになったアリア氏は一体いつSWPOと練習をしたのか?その答えは一つしかない。常日頃からの積み重ねなのだ。そう。SWPOはクリューフィーネ家の持ち物だから、普段からアリア氏とともに練習していると考えるのが自然。『交響曲第39番』はアリア氏のお気に入りだと聞いたし、その曲で何度も練習したことがあるなら、あれほどのクオリティを出せたのも納得。


 まるでアリア氏の華々しいデビューのからくりを解いて、本当はそんなにすごくないと言っているみたいが、実は全然逆なんだ。僕が言いたいのは、彼女が成功したのは幸運でも偶然でもない。普段から努力しているから。いつ、どこで突然チャンスが訪れても対応できるように準備してきたから。若者たちにはぜひそんなアリア氏を見習ってほしい。



<*2>この世界の言葉。多分「化学反応」みたいな意味です。



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(常に上から目線、些細なミスでも容赦なく叩く、ビュリーアールの辛口コーナー)


 まず今回のようなアクシデントは非常に厳しいもの。もし自分があの時のスタンニスラウ氏と同じ立場に……想像するだけで胃が痛い。娘の披露目。中止はありえない。時間稼ぎをしてもせいぜい三十分くらいが限界。代役を立てるのは非現実的。正直八方塞がり。そんな極めて困難な事態に臆せず正面から立ち向かうアリア嬢の勇気を称賛したい。


 舵取りする人がいない分表現の仕方が保守的になるが、ぶっちゃけSWPOのレベルにもなると、指揮者不在で『交響曲第39番』を演奏するのは難しくない。まぁデビュタント・コンサートだからそんな不完全な形にしたくはないだろう。しかし皆さんはもう気づいただろうか。そこからさらに踏み込めばもう一つの選択肢がある。極論を言えばアリア嬢は「指揮者のフリ」であの場を切り抜けるのも可能。ただ台に乗ってそれらしい動きさえすれば、あとのことはSWPOが勝手にやってくれる。だが彼女はそうしなかった。その技術はまだ稚拙。準備不足の影響もあって、とても完璧とは言えない演奏だった。しかし彼女はちゃんとオーケストラを自分の意志で動かした。ただの飾り人形ではなく、自分が思うパーフォーマンスを魅せたいという心意気をはっきりと感じ取った。そこに素直に感心した。特に印象深いところを言えば、第二楽章に対する思い入れの深さ、まるでアリア嬢が自分の実体験を語るような臨場感があった。


 気づいた人はそう多くないと思うが、演奏が終わった時アリア嬢は一瞬燃え尽きたように硬直した。混乱してそのまま第四楽章の後半をもう一回繰り返してしまうではないかとヒヤヒヤした。さり気なくアリア嬢を正気に返らせたコンサートマスターのナイス機転だった。



~~~~~~

こんな風に、物語パート=>楽曲パート=>(他人の視点から見る)評論誌パートで一つのチャプターを構成する感じで行きたいと思います。


基本的に一週間ごとに一チャプター、そして楽曲パートを土曜日の19時30分に合わせたいです。私の地域ではそれがコンサートの開演時間になることが多いですから。

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