第3話

 高校3年生秋。校内合唱コンクール。他校に比べると異質なほど盛大に行われる母校の合唱コンクール。協調性を養う学生生活であるから、音楽という芸術の妙な説得力に託けて・・・しかし、それでもやはりクラスの一体感は格段に上がる。いや、上がっている様であった。

私の高校生活といえば、いたって陰気であった。しかし今では、お勉強のできる人間を嘲笑うような巫山戯た餓鬼であったと猛省している。学生の本分である放課後の部活動は歴史研究部。歴史研究部というのは、 まぁ平たくいえば帰宅部、スポーツは苦手ではなかったし、集団行動を毛嫌いした、というわけでもなかった。何の考えもないまま、先輩のお姉様方の清き勧誘になされるがまま入部にいたった。そのおかげで入部当初は週に一日必ず、休憩所と化した部室の掃除をするはめになった。

 毎日、毎日、家に帰れば自らの部屋に籠り、ひたすらにピアノを叩いていた。ピアノというものは大変に聞こえはよろしいが、本当に私にはそれだけであった。傲慢な両親からのプレゼント、三歳児の私をピアノの椅子に座らせ、やんちゃ盛りの少年に白いハイソックス・・・実に気の利いたプレゼントである。この皮肉めいた性格もバイエルと共に育っていった。

 合唱コンクールのような学校行事が日常の刺激になることはなかった。はじめから参加するつもりはなかったからである。遠くの方で課題曲を歌う声が響いている。絶対音感や相対音感が際立って良いわけではないが、クラスメイトの中で合唱をすると、必ず頓珍漢な音をひっぱりだしてくる者がおり、どこかの安い貨客船に乗っているような心地がしてくる。私はピアノを弾けることを隠した事はなかったが、皆の前で披露することもなかった。そうやって飄々と世の中を渡ることが真であり、隠す爪があることが特別な人間であるような気がしていた。

 教室のカーテンが心地よく揺れ、机に突っ伏している私の頭にまばらな暖かさを運んでくる。少し離れた校舎で聴く頓珍漢な歌声は体育館で反響し、遠くの方でチューニングをはずした懐かしいラジオを聴くような、こもった箱鳴りに変わり、良い睡眠薬になる。ただひとつ私を邪魔するものは、校内行事をさぼっているという小さな罪悪感。私という人間は真面目なのだ。とはいうものの、そのような臆病な私でも、この整えられた夢世界への誘いには抗うことはできなかった。水面からゆっくりと沈んでいく鉛玉、いよいよ瞼が閉じられた。

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1980年代生まれの僕ら ユーズド @theused

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