第24話 家族

 約束通り、パパとママはわたしたちを迎えに来てくれた。パパがタクシーの前の席に座り、わたしと遼とママは後ろに座った。

 センターから街まで続く緩やかな坂道が、いつもと違って見えた⋯⋯。


「武中くんは、亨と同じ学校だったんだって?」

「はい、途中まで。ただ病気があるので」

「そのことはお互い様じゃないか。折り込み済みってヤツだ。これ以上、その話はやめよう」

「いえ、そうじゃなくて言いたかったのは高卒の認定は持っているので万が一、長生きしても仕事に就ける自信があるということです」

「将来のことを考えてるんだな。めぐはもう少しかかるね」

「うん」

 センターには学校はなかった。そもそも18歳以上じゃないと入れないので、必要ないと判断されたんだろう。代わりに通信制の高校へ転校した。通う必要のないところだ。成績は中の上。これでもコツコツ勉強している。

「わからないところは武中くんに聞けばいいね」

「あ、はい」

 恐縮する姿がかわいらしく見えて、笑いが込み上げる。ママも隣でふふっと笑った。


 食事の前にショッピングモールに行った。

 来たことがないわけじゃなかったけど、相変わらず広い施設で、信じられない程、混雑していた。

「めぐ、ここで足りないものを買っていこう」

「うん、丁度足りないものがあるの」

 じゃあ、後で落ち合おうということでパパと遼は別れた。

「男ふたりで話し合うそうよ」

「そんなのってある? 遼、倒れちゃうよ。ギャグにならないんだからね」

「大丈夫よ、パパだってわかってるって」

 恐ろしいことが行われているかと思うとゾッとした。遼の健闘を祈るしかない。

「それよりなにが欲しいの?」

「おねだりしていい?」

「いいわよ、たまにだもん。なにがほしいの?」

「ルームウェア。流行ってるのがあるんだぁ」

「おねだりってことは高いのね?」

「えへへ」

 親子って気兼ねがなくて本当にいいな、と思う。思えば佐藤さんといる時だって、少しは緊張していた。血の繋がりって偉大だ。


「めぐ、あの服かわいいじゃない。よそ行きも買いなさいよ」

「⋯⋯外出はあんまりしないし、ネットでも探せるから」

「デートしないの?」

「しないよ」

「彼、外出難しいの?」

「うん、そうかな? してるところを見たことはないけど、わたしたちふたりで行くのは無理だと思う」

「そっかぁ、難しいのね。⋯⋯めぐ、今日は大丈夫なの? 体調」

「うん、元気だよ」

「吐き気とかない?」

「⋯⋯聞いた?」

 わたしは不安になった。先生に両親がなにを聞いたかを。

「彼がかわいそうよ。あなたがどんどん具合が悪くなったら」

「⋯⋯うん、そうだね」

「幸いまだ数値は少し下がっただけだって話だから、大人しくしてれば良くなっていくわよ」

「うん、そうだね」


 楽しい買い物は急に気が乗らなくなってしまった。そんなことより早く遼に会いたい気持ちでいっぱいになる。身体のことなら、わたしがいちばんわかってるのだから――。


「お待たせ」

「ご馳走様です」

 ふたりはゆっくりカフェで話をしていたようだ。「なんの話?」と聞いてもなにも教えてくれなかった。ただ、パパと遼の親密度は上がったようで、遼は緊張を解いてパパに笑いかけるようになっていた。

「男同士、仲がいいのもいいわね」

「悪いよりはよっぽどいいよ」

「パパね、亨くんに聞いた時、変なヤツだったら殴ってやるって勢いだったのよ」

「え?」

「だって亨くんよりできる子、なんて信じられないじゃない。フッたでしょう?」

「⋯⋯そういうのはちょっと」

「そうだね、プライベートだね。とにかく遼くんはもう、うちの家族も同然だから安心してめぐを任せられるわ」

 亨くんとママの間にどんな話があったのかわからなかった。でも、遼について悪い話はしなかったんだと思う。亨くんはフェアな人だ。

「亨くんもこれからも頼ってほしいって言ってたよ。お兄ちゃんだと思って頼りにしなさいな」

「うん、そう思うよ」


 パパが探してきたのはビュッフェのレストランだった。ここなら食べられるものだけを食べられるだろう、とパパは言った。

「気を遣っていただいてありがとうございます! でも僕たち、食事制限は今のところないんですよ」

「じゃあ、あそこでは出ないものをたくさん食べないとね。食事の質も見てあそこに決めたけど、なんでも出たりはしないでしょう?」

 遼は頷くと並んでいる料理の方に行ってしまった。

「やっぱり男の子は違うわね」

「遼のところもやっぱり面会にあんまり来ないの。多分、うちとは違う理由で」

「そう。じゃあ息子みたいに思っても嫌じゃないかな?」

「彼なら喜びそうだけど。人懐こくていい子だから」

 のところでわたしは笑ってしまった。遼がいい子だったら、彼の発作の回数は激減するだろう。でもそのことを言うと心配すると思ったので口にチャックする。遼のこと、少しでも良く思ってほしかったから⋯⋯。


 ◇


「今度はもっと近いうちに来るって約束する」

「本当かな?」

「愛娘だからな。さみしい思いをさせて申し訳ないな」

 わたしは遼の目を見た。いつも通り、真っ直ぐな目でわたしを見てくれる。安心して言いたいことを言える。

「パパ、ママ。わたしのためにいっぱい働かせちゃってごめんね。わたし、頑張って少しでも良くなるように努力するから――」

「馬鹿だわ、この子は。癌なんて遺伝性のものが殆どなのよ。パパとママのDNAのせいでめぐが辛い思いをしてるかもしれないのに⋯⋯」

 ママをとうとう泣かせてしまった。笑顔で別れたかったのに。

「ママ、そんな風に思わないで。遼も協力してくれるし、安心して」

「そうね、遼くん、よろしくね」

「はい、必ず次にお会いする時もめぐが今と変わらないように俺が守ります」

「そんなに気張るなよ」

 最後はみんな笑った。


 ◇


 行ってしまった、会いたかった人たち――。

 その夜、パパとママを送ると、亨くんがお見舞いに来てくれた。わたしはトマトとパプリカを遼の部屋に持っていったままだと思い出して、客用の花柄のカップを出した。

 トマトはわたし、パプリカは亨くん、というのはもう終わった。花柄のよそよそしいカップに、アールグレイと3gの砂糖を添える。

「どうだった?」

「亨くんが上手く言っておいてくれたから、万事スムーズだったよ。ありがとう」

「それは良かった」

 ふたりの間に沈黙が落ちる。なにから話したらいいのかわからなかった。

「知らなかったよ、病気のこと。いつから?」

「あ⋯⋯。言わなくてごめんなさい。言えなかったの」

「遼は?」

「気づいてないと思う」

「遼の部屋に行こう」


 ちょっと待って、と引き留める声も聞かず、ズカズカ亨くんは前を歩いていく。もうすぐ就寝時間で外来客は帰らなくちゃいけない時間ギリギリだった。

 その決まりを知らないわけがないのに、亨くんは遼の部屋のドアをノックした。

「めぐ?」

「亨だけど」

「どうかした?」

 ――ドアが開いたと同時に、亨くんは遼を殴った。止めようとしたけど間に合わなかった。予想ができなかったんだ。

「痛いなぁ! いきなりなんだよ! 今更めぐを返せとかそういうのかよ!」

「そうだよ、めぐを返せよ。めぐの意思なんか関係ない。お前より僕の方がめぐには相応しい」

「やめて!」

 早坂さんたちが騒ぎを聞きつけて駆けつけてくる。ふたりはそれぞれ取り押さえられた。


「めぐの気持ちは⋯⋯」

「めぐの気持ち? お前は考えたことがあるのか?」

「忍野くん、これ以上の騒ぎは出入り禁止になるから抑えてね。今日のところはこの辺で」

 早坂さんが説得する。本来ならもう出入り禁止のラインを越えているだろう。

「遼! お前にめぐは任せられないからな! 覚えておけ」

 亨くんは押さえつけられた両手を離してもらうと、自分で歩けますから、と出口に向かって歩いていった。

 迷った末にわたしは亨くんを追った。遼は手当てを受けていた。

「亨くん?」

「どうして遼に本当のことを言わない? そんなことで嫌われるわけじゃないでしょう?」

「それは⋯⋯」

 それは健康な亨くんにはわからないかもしれないと思った。自分の身体があまり良くないことを、どうしてすきな人に伝えられるだろう? 自分の方が早く逝く可能性が増えていることを⋯⋯。



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