第22話 プレゼント
なんとか亨くんが頑張って、外出許可を取ってくれた。
有馬さんと四苦八苦する。
タブレットとスマホで相応しい洋服を探す。ワンピースとつけ襟がかわいいんじゃないかと有馬さんが提案してくれて、ファーのつけ襟を付けることになった。
「いいですね、クリスマスディナー! わたしも誘われてみたいです」
「あれ? 大学生の年下の彼氏は?」
「全然、お金持ってなくて話にならないですよー。クリスマスは彼の部屋かなぁ」
「あー、有馬さん、今の惚気でしょう?」
「えへへ、わたしだってたまには惚気けますよぉ。でも紹介してくれた忍野さんに感謝。彼って絶対、浮気しないタイプだと思うし、やさしいし。恵夢さんには負けますけど」
「どの辺が?」
「彼氏がふたりいて、ふたりともやさしくていいなぁと前は思ったけど、わたしにはひとりで手一杯みたい」
素直な有馬さんをかわいいと思った。わたしも本当なら同じように普通の恋をして、同じように悩んだだろう。
どうして他の人と違っちゃったのか?
それはわたしがなかなか答えを出さなかったから。
答えられないと悩んでるうちに、本当に答えられない状況を作ってしまったのがいけなかったんだろう。
そろそろはっきりさせる時が来たのかもしれない。
十分、遅いけど。
◇
クリスマスディナーは思った通り高いお店だった。
高級なホテルの最上階の、高級なレストラン。きっとあちこちで取り上げられてるはず。
入り口で思わず立ち止まってしまい「こちらにどうぞ」とウェイターさんに案内された。
メニューはどうしようと思ったけど、ソフトドリンクのメニューを渡されただけだった。無難にオレンジジュースを頼む。ドキドキだ。
食事のメニューはスペシャルメニューで、個別に選ぶものではなかった。
亨くんに「すきなものがあったら頼んでもいいよ」とメニューを見せられたけど、値段を見たら飛び上がりそうになる。
「ねぇ、すごく高いんじゃないの?」
ボソボソと彼に話しかける。
「実はね⋯⋯秘密だったんだけど、めぐのパパとママからのクリスマスプレゼントなんだよ」
「パパとママから⋯⋯」
田舎からわざわざ高いセンターに入れてくれたのは両親だった。そのことは感謝しているけど、距離の分、ちっとも会えなくて⋯⋯。さみしくなかったと言ったら嘘になる。
電話だけして会いに来てくれないなんて、病気の娘は見限られたのかと思っていた。
「めぐのご両親は仕事が忙しいってこと、理解してあげて」
「わかってるつもり」
そうなんだ。わたしの治療費に多額のお金がかかることくらいはわかってるんだ⋯⋯。
ただ、ふたりの顔を見たい、それだけで。
「お正月休みに来られるって言ってたよ」
「本当に!?」
「うん、本当に。そんなに喜ぶのを見るとうれしくもあり、悔しくもありだな。僕に会う時も喜んでほしいよ」
「喜んでるよ、いつも。感謝してる」
わたしたちは乾杯をした。
◇
いつの間に取ったのか、亨くんは免許を持っていてセンターより高台の展望台に連れて行ってくれる。
海岸沿いに光がラインストーンのように綺麗に並んで、目を奪う。
上を見ると冬の星座がきらめいていた。
「楽しかった?」
「うん」
「言いたいことがあるよね? 言わなくてもいいよ。わかってる」
「⋯⋯うん」
「遼はいいヤツだよ」
わたしたちの恋にならない恋は、そこで終わりを告げた。
◇
なにも知らない遼くんは、ディナーの写真を見せると羨ましがった。俺も行きたかった、とガッカリした顔でため息をついた。
その顔が面白くて、早坂さんに頼んで3人で写真を撮ってもらう。初めての集合写真だ。
「おかしな3人だな」と遼くんが言った。
亨くんは車を借りてるから帰るよ、と一足先に帰ってしまった。気を利かせてくれたんだろう。
わたしは就寝時間までもう少しの、遼くんの部屋に残った。ドキドキだった。ここまで来て拒まれたら、と思うと勇気がなかなか出なかった。
時間ばかりが過ぎていく。
遼くんがなにかを喋っている。
思い切ってわたしから頬にキスをした。
彼は「いきなりどうした?」と尋ねた。
わたしはゆっくりこう言った。「心臓、止まらないでね。――わたし、遼くんがすきだよ。もう迷わない」
「死んじゃうって言ったじゃないか」
「死なないで。お願い、置いていかないで――」
彼の首に腕を回して懇願する。涙が後から後から溢れ出て、彼の肩を濡らす。背中に回った手が、躊躇している。
「キスしたい。今、死ぬわけにはいかないけど。ゆっくり付き合ってくれる?」
「ダメになりそうになったら早めに言ってね。最後のキスじゃないんだから」
わたしは彼の心臓の上に、自分の右手のひらを置いた。彼の鼓動を感じるため。それは彼が生きている印だ――。
ゆっくり近づいてくる。
目を瞑る。
吐息が唇にかかる。
最初の軽いキス。
それからおまけのキス。
ここからがチャレンジになる。
わたしはそっと細く唇を開く。彼の舌がわたしの唇に触れた。やわらかい。
その、とろっとしたものがわたしの中に入ってくる。心臓の鼓動が嫌でも高まっている。わたしも同じだ。
舌と舌が触れ合う。こんにちはをするように。
一度、ゆっくり出ていく。
彼の呼吸が荒くなってくる。ここでやめるべきじゃないかと思う。
ぬるっとまたやわらかいものがわたしに入る。
また会えたね、とそれは言った。
舌と舌は挨拶を繰り返す。彼の鼓動が速くなる。短距離走者のように。
「ねぇ、もうやめよう?」
わたしは彼の胸を押した。
「めぐの味を覚えておきたいんだ」
それはどっちのことなんだろうと不安になる。まさか、わたしの体調不良を知っているかのような口ぶり。彼はわたしにのしかかってきた。
「ダメだよ、みんなダメになっちゃう。わたしたちがコツコツ集めてきた思い出が」
「でも
「ダメ。また会えなくなっちゃう! 時間はどんどん減っていくのに――」
わたしは顔を覆ってしくしく泣いた。なにかが悔しくて堪らなかった。
彼はわたしのフェイクファーのつけ襟のリボンをすっと解く。首筋があらわになる。
その首筋に舌が這って、そしてキスが降ってくる。
わたしは泣いている。
彼の息が苦しそうで、今にも倒れそうだ。
「やめた。これ以上は無理。死んだら2度目のチャンスはないんだから」
彼はバフっと布団に落ちた。
「馬鹿⋯⋯」
「それで亨とはどこまで行ったの?」
「軽いキスを1回しかしてないよ」
「本当?」
「本当」
「すきだった?」
「ずっと小さい頃から」
「それはごめんって亨に謝らなくちゃな。⋯⋯こんなに中途半端な男でごめん」
すぐになにも言えなかった。
沈黙がわたしたちを支配した。
「あなたじゃないと意味がないんだよ」
ごろんと彼は転がって、フェイクファーの外れたわたしの耳元で囁いた。
「知ってる。少し自信がなかったけど」
「絶対先にいなくならないでね」
「約束するよ」
そんな約束に意味があるのかわからなかった。でもふたりでいるために、なんらかの約束が欲しかった。
わたしは贅沢になった。
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