第19話 ギルナンある日2

安普請のアパルトメントで目を覚まし、お高い火の魔道具で髪を巻いた後、裏の井戸で水を飲んでギルドへ向かう。


入口前に晒された首に昨夜の珍事を思い出し、いつものようにカウンターの受付に座る。


・・・あの顔、どこかで見たような。


「よう。今日からはちったぁ張り合いが出るだろ」


隣のジローに声をかけられ、昨日の男爵家案件を思い出す。


「まあ、いつもよりかは・・・ね」


「ブレイバーか・・・奴らは皆知的で穏和しいし、長く居付いてくれりゃ楽なんだがなあ」


「そうね。でも、うまくやっていける人は少ないから」


神の化身のような力を持ちながらも、なぜか皆悉く人世のつまらない悪意に飲まれ傷つき病んで消えて行く。


「おいおい、その為に顔の良いオマエが配置されてんだからよ。精々夢みせてやれって」


「童貞の相手って難しいのよ?簡単に言わないで」


夢を見せてくれるオトコだっていないというのに、やっていられない。


「そおかぁ?若いときゃ手玉にとられた記憶しかねぇぜ・・・」


フフ、と笑い業務に戻る。

といっても、いつものマイキーの相手くらいしかないんだけど。


ため息と同時に、ゾロゾロと入ってくる冒険者に混じってマイキーが現れた。

でもその顔は表情が抜け、目も虚ろだった。


「なぁ、あの晒されてる女・・・何やったんだ?」


「書いてあるでしょ?」


「おれ、字読めねえから」


「このギルド前で春を鬻ごうとしてたのよ」


「なっ、ウソだろ・・・」


「なによ、知り合い・・・あの奴隷、あなたのだったの?」


「奴隷だって?!」


突然激したマイキーに驚いてその顔を見ると、そこにいつもの若い血色は無く酷く青ざめ、それでいて滝のように汗を流していた。


「あなた、顔色悪いわよ?大丈夫?」


「いや、なんでもない・・・そうか、ストームの奴が」


ストブリ?昨日解体部屋に女連れ込んだ耳長族の冒険者がナニ?

マイキーは何かをブチブチ呟きながら、フラフラと行ってしまった。


ナンパが無いのはありがたいけど、無けりゃソレでつまらないわね。



昼を過ぎ、ランチから戻ると男爵家のウォルフ様が来店された。


「よう!いつも美人だな。ナイコは来たか?」


「ナイコですか。・・・ああ、冒険者登録にいらせられる予定のブレイバーでしたわね」


秒で思い出した。

横のジローを向くと、首を振っている。


「来ておりません」


「ん?そんなハズは・・・女のブレイバーなんだが。ちょうど表の晒し首みたいなクセっ毛でこげ茶の髪の」


「いえ、昨日からは一人として参られていませんね」


奴隷が一人来たくらいよ。


「そうか。さては逃げたか?イヤ、しかし何処にも行けんだろし・・・」


ウォルフ様は首をひねりながら出て行った。





ウォルフ様が帰られて数時も数えず、家宰のゼバス様がお見えになった。


「おい、昨日の指名依頼を取り下げる。書類は焼き捨てよ」


「は、申し受けました」


ゼバス様は即身を返し出て行く。


「あ、お待ちを」


カウンターを出て駆け寄り、声をかける。

貴人やそれに準ずる人達の応対てめんどくさいわね・・・


「ナイコ様でしたか、そのブレイバーが参られたら、ご報告はいかがいたしましょう」


「いらぬ、そこに晒されておる」


セバス様は出て行った。


立ち尽くしその背中を見送ったあたしは、いつの間にか席に戻っていた。




「・・・なぁ、おい!」


ジローの声に向く。


「どーしちまったんだよ。家宰のヒトはなんつってたんだ?」


「ああ・・・依頼を取り下げるって」


「その後だよ、ブレイバーが来たらどうするとか聞いてたろ」


「うん、いらないって」


「・・・それだけか?」


「うん」


「おまえ、変だぞ。・・・そんな期待してたのか?」


「期待・・・」


ブレイバー、女。

そうだ、あたしは見ていた。

マイキーに連れられ、男に殴られ、解体室へ連れ込まれ・・・あの奴隷の首輪。

逃げ出し・・・稼ぐアテも無く体を鬻ごうとして、あたしに捕まり、マルコに首を刎ねられた。


長いため息が出た。



―――――なる様に成っただけ。


「ブレイバーは、駄目ね」


「なんだよ、お前のシゴトだろ」


「彼らはね、神があたし達を救うために遣わせた救世主なのよ」


魔族や魔の獣たちに圧倒されるしかなかった、あたし達人類へ齎された希望。


「ああ、奴らは異常に強いからな。まさに神がかりだ」


ジローはもう仕事に戻り、次々と現れる冒険者の相手に気を割いている。


「でも、それを・・・フフッ」


なのにあたし達人類の日常でしかない、つまらない悪意にさえ牙を剥かずに悉く果ててゆく。


朝に会った執行者のマルコを思い出す。

女の首を刎ねた途端、くるぶしの古傷が治ったと笑ってた。

善行を積んじまったようだ、と嘯くあの顔が、あたしたち人類の性根なのだ。


噴き出た自分の失笑に、昨夜の女・・・ブレイバーの泣くような笑い声が蘇ってくる。


あたしらを救おうと神が遣わせた使徒を、あたし達人間はまるで虫の如くに集って貪り食いつくしてしまう。




駄目だわ。もう、なにもかもが―――――



首は野犬にでも持ち去られたのか、翌日には消えていた。






そして百日後、あたし達は誰もがあの時のブレイバーと同じ声で笑い、地獄の苦悶の内に悉くが死に絶えたのだった。



魔の者達の手によってではなく、千も万もの数で現れた、光り輝く彼女達の手によって。

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