第6話 馬車な奴ら

「コレはエルフの慣用句で ”気を使わないでちょうだい” て意味だから」


赤からたちまちのうちに白くなった(多分)顔で即興の出鱈目をのたまいつつ、曖昧な顔で頷きながら身を返して馬車へと向かう男の背を追う。


あたしに背を向けてるくらいだから、それなりに信用・・・いや、無害とは思われてるハズだ。


前の男が立てる金属の装備の音と、土を踏む音があたしらの沈黙をなぜかクッキリと際立たせている。


気拙い・・・・・


男もなんかしょっぱい対応になっちゃったし、このまま帰ろう(どこに?)かな、と思ったところで、馬車のほうで挙がっている喧騒が聞こえてくる。


終わってないのか?・・いや、ヒト同士ぽい。


「揉めてんの?」


「・・・ああ、おい!まだ潰してないのか」


なにやら言い合いをしている二人か三人の男の内、ヒゲメンがこちらを向き、不満を発声する。


「だってよぉ!」


火を起こしてる連中から離れた馬車のあたりで、子供・・・女の子がしゃがみ込んだ馬に抱き着いて泣いている。


危ないのでは?馬が暴れたら人間なんて簡単にヤられてしまうじゃない。


「馬は脚をやったらもうダメだ。ジワジワ死ぬのを待つのか?それとも、生餌として野犬にでもくれてやるつもりか?」


別の一人が、ヒゲへ諭すように言う。


「だからって、姫殿下を歩かせるっつーのかよ!」


「キャビンは無事なんだ。俺達で押すしかねーだろ」


「逃げ足にならない馬車なんざ押すだけムダだろよ死にてえのか」


めたくそグダってる奴らを尻目に、馬にしがみ付いてる女の子へ近づく。


「ねえ、危ないから離れよ?」


声をかけると、女の子をあたしを見て数舜ためらったあと、キッと睨んで言った。


「モンケラスはわらわと一緒に育ったのじゃ!食ってしまうなど許さん」


モンケラス?孫が遊んでる怪獣のなんかに出てきそうな名前だな・・・

つーか ”わらわ” とか ”のじゃ” とか・・・え?お姫様なの?


振り向くと、あたしを案内した男が肩をすくめる。

・・・ええ、背後にいるのはいいとして、あたしみたいな一見さんを近づけていーんかよ。


女の子に向き直る。


ここは日本の伝統、お前の都合でみんなが迷惑系で言い聞かせるべきか。


・・・いや、封建領主の家族にンなこと言っちゃ”みんな”のほうが粛清されるわwwwww



「お馬さん・・・モンケラス?ドコが痛いの?」


『脚だ』


秋風のように(意味が解らん・・・)爽やかなイケボが脳内に響き渡る。

おもわず周囲を見渡す。


『なんだよ、俺に話しかけたんじゃねーのかよ』


垂れ下がった耳の下、白く長いまつ毛の奥で紫色の目があたしを向いている。


・・・馬が喋ってるの?


『通じてんのか?・・・あー、念のため言っとくけどそっちは声に出してくれなきゃ俺には通じんぞ』


「え?マジで??」


『マジて・・・ああ、現実か、てことか?とにかく足が痛くてしょーがねえ。このままへばってても腹ん中が腐って苦しんで死ぬだけなんだ、はやく楽にしてくれって奥のにーちゃんに言ってくんねえかな』


「んー、女の子が嫌がってるからさ、飽きるまで・・・あと三時間くらい?苦しんでくれない?」


紫の瞳が自分の首に縋る女の子に向く。


『ラシィ・・・ごめんな。おい、離れてくれって伝えてくれ。あと一番うまいトコ食ってくれって』


「ドコがおいしいの?」


『そんなんわかるかよ。後ろのにーちゃんに聞いてくれ』


「まあ、そーよね・・・て、ラシィちゃん?」


女の子を見ると、呆けた顔であたしを見ていた。


「お主、モンケラスと話せるのかえ?」


「うーん・・・あたしが話せるっつーより、モンケラスが人間の言葉を理解出来てるって感じ?」


すげーよな。馬脳てそんなおっきくないんでしょ?

つーか会話や中長期記憶の容量て実はそんないらないのかしら。


「モンケラス・・・苦しいのか?ワラワはお前を苦しめているのか?」


女の子・・・ラシィちゃんがモンケラスの顔をなぜると、モンケラスは僅かにいななき、苦しそうに首を挙げてらラシィちゃんの顔を舐めた。


それで何が通じたのかわからんけど、女の子は馬から離れた。


「ゼンダウォルフよ、やれ」


「はっ」


「苦しませるなよ」


「おまかせを」


ん?ひょっとして魔法てウマにも通じるのでは?生き物だし。


「お馬さんにキュアキュア~」


投げ出されて変なカタチに曲がってる脚の損傷部に手をかざすと、あるべき形へと治ってしまった。


『おまえさぁ・・・』


「え?不満?まだどっか痛いの??」


『いや、ありがとよ』


モンケラスが立ち上がる。


でけえ・・・・・・


白い鬣がその巨体に遮られた太陽の光をはらんで美しく輝いている。


「モンケラス!」


女の子が叫ぶと、モンケラスが差し出した首にジャンピングでしがみ付く。


大斧を手にビミョーな顔でこちらを見る男・・・善田さんゼンダウォルフだっけ、と顔を合わせ、なんとなくうへへと笑ってしまった。



「ありえぬ・・・畜生を治癒するなど・・・捕えよ!背教者である!」


「え?」


張らずにどこまでも高く抜けるような倍音の美声を向くと、白く美しい鎧をまとった美男子(語彙が・・・)が、白く軽やかに波打つ頭髪を振り乱しながら光るルビーのような赤い眼であたしを睨みつけていた。


手に持ったイボイボでトゲトゲした棒をこちらへ向けながら・・・


胸に去来した謎のときめきに体を戦慄かせていたら、あっつーまに地面に引き倒されマントを剥がれ、後ろ手に拘束されてしまった。



「スマンな・・・」


善田さんゼンダウォルフか?男の呟きが耳に届くが、顔を土に押し付けられながらもあたしの目は白く美しい男の赤い眼に釘付けだった。


歩み寄る男の手のイボイボトゲトゲしたセクシー・・・じゃない、醜悪な凶器があたしのクビに押し付けられる。


そのざらつき、冷たさ、鉄の重さに官能・・じゃなく痛苦の喘ぎ(あんっ、とかそういうの)を漏らしてしまった・・・




「ククク・・・その淫靡かつ邪なる美しさよ。不浄なる妖精族どもめ!神の詮議で絞り上げてくれるわ」


絞り上げ・・・すごい、異世界転生てすご・・・ひぁッ!


この身への賛辞?と嗜虐に歪む美しい顔に、不意に去来した官能の絶頂・・・じゃない、強烈なる恐怖に数度体を痙攣させて、そのままあたしは気を失ってしまった。




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