第5話
一歩、また一歩と公園へ入っていく。
この先へ行けばあの男が出てくる。
絶対勝たなければいけない。
恥ずかしいが、恐怖で震えている。
逃げ出せるなら逃げだしたい。
でも今日は左手で
由依とデートした記憶は14回しかない。
でも今は1000回分デートしてきたように距離を近く感じる。
いや、実際デートしてきたのだ。
「由依、俺が走れといったら男と反対方向へ走って」
「そんなのイヤだよ!」
「いや、由依を庇いながらだと勝てるかわからないから」
そう言いつつ、こんな男らしいことなんて言えるキャラだっけ?俺?とかこんな状況で逆に考えてしまう自分にびっくりする。
人とは、不思議なものだ。
「それにいつも俺がさされるのは決まって19:31なんだ。だからなんとか19:32まで、耐えられれば未来が変わるかもしれない」
「わかった」
由依はぎゅっと握る手に力をこめた。
「ねぇ、クリスマスプレゼント何がいい?」
由依が恐る恐る歩きながら尋ねてくる。
「オシャレなマフラー」
「オシャレなマフラー」
2人でハモる。
「305回目のデートでそう言ってた」
由依がかすかに微笑む。
「回数まで覚えすぎ」
「・・・もう準備してあるから、絶対受け取ってね」
「うん」
黒いフードの男が現れた。
「由依!走れ!」
正広の声で由依は反対方向に走り出す。
男は少し驚いて、動揺した。
男の手にはきらりと光るナイフがあった。
(32分までなんとか耐えるんだ)
背を向けて走れば確実に追いつかれる。
向かい合って、距離を保って時間を稼ぐのが得策だ。
男がナイフを振りかざしてくるが、13回の経験でどう来るか少しはわかる。
なんとか鞄を盾にしながら必死に避けるが、男の攻撃は止まない。
時計をみると、19:29。
(まだあと3分もあるのかよ)
「お前誰なんだよ!!何で襲ってくるんだよ!!」
大声で正広が叫んだ。
相手が少し怯んだ隙に距離を取る。
ふわっと相手の匂いが香る。
(コーヒーの香り・・・?)
この店の近くで相手を見かけて出るに出れなくなった。
確かあの時―。
「水野くん、ミルク足りないから買ってきてくれない?」
「今ちょっとパンケーキ焼いてて、この後でもいいですか?」
「じゃあ、僕が買ってくるよ。すぐそこのスーパーだし」
マスクをして、カッターシャツの上から黒のパーカーを着て、ミルクが足りないからと買いに出ていった―。
「店長!!?」
フっと笑ってマスクを外した。
「いや、でもそんな店は・・?」
「常連さんばかりだったからね、多少は店を空けても大丈夫さ」
いつもの優しい笑顔の店長ではない。
目が座っている。
(これは本気だ・・・)
19:30―。
店長のナイフを間一髪のところで避ける。
もう体力も精神的にも限界だ。
一瞬の隙で店長に突き飛ばされ、馬乗りにされる。
19:31―。
(おい、嘘だろ・・・人生初のクリスマスデートが・・・!)
必死に体を揺らすが、びくともしない。
非情にもナイフを振り上げられる。
「ゔっ…」
店長が頭を抱えて、横に転がる。
「由依・・・!」
後ろに血の付いた大きな石を持った由依が立っている。
「イテェエエエ」と狂ったように店長がジタバタしている
なんとか起き上がると、由依の手を握って、公園の出口へ向かう。
19:32。
後ろからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「うっ…」
正広は眩しくて、目を覚ました。
天井が見える。
見慣れた天井だ。
起き上がると、自分の部屋だ。
腹を触ってみるがもちろん怪我などしていない。
「・・・まさか」
布団から出ると、一階のダイニングへ駆け下りる。
「今日はクリスマス!ということで、丸急百貨店もデートを楽しむカップルで溢れています」
可愛らしいレポーターが、クリスマスツリーの前でニコニコと話している。
「今日は・・・クリスマス・・」
ホッとして座ると、昨日のニュースが流れている。
店長が逮捕されて連行されている。
「正広が無事で本当に良かった」
母親が昨日から数えて何回目かわからないセリフを吐きながら、涙を流している。
「本当だな、じいちゃんが守ってくれたのかもしれんな」
父親も昨日から数えて何回目かわからないセリフを吐いた。
「うん、本当によかったよ」
なんだか母親にも素直になれる。
あの時死んでいたら両親にも会えなかったのだと思うと、こんな時間すら愛しい気持ちになる。
「じゃあ、俺出かけるから」
「出かける!?何かあったらどうするのよ!」
母親の心配ももっともだが、今日だけは出かけねばならない。
「母さん、そういえばお義姉さんが心配して電話かけてきてたぞ。正広の無事を伝えた方がいい」
「あらあら」と母が携帯を取りに行ったうちに父から「行け」と目で合図をもらって家を出た。
「正広―!」
由依が大きく手を振っている。
今日は白のニットワンピースにダウンを着て、茶色のショートブーツを履いている。
(この世の天使だ―)
あまりの可愛さに見つめてしまって、時が止まったように感じる。
「約束守れたね!初デート嬉しい!」
「いやいや、1015回目だから」
正広は寒いはずなのに、温かく感じた。
それは由依に巻かれたおしゃれなマフラーのせいだけではないだろう。
由依の手を優しくぎゅっと握った。
illusion 月丘翠 @mochikawa_22
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます