第4話

「寒い」由依ゆいがそう呟くと、白く息が濁って消えた。

由依と並んで歩く。

もう13回目のデートだ。


「あの、水野くん?だよね?」


「あ、名前っすか?水野正広みずのまさひろです」


「正広くん、送ってくれてありがとう」

下の名前呼びされるのも慣れてきた。

由依にとっては毎回初めてのことなのだろうが、正広にとってはもう13回目なのだ。


「由依さんはクリスマス予定ないんですか?」

「うん、ないよ。クリぼっち?だっけ?」

由依がふふふと笑う。


正広は足を止めた。

「・・・どうしたの?」


「・・・もし無事に今日を過ごすことが出来たら、一緒にクリスマスすごしてくれませんか?」


由依は驚いて目を丸くさせて、でもすぐに「はい」と小さな声だけど聞こえた。


「え?ほんとっすか?」

自分で言っておいて正広の方が驚いてしまった。

こんな見た目も地味で、陰キャなただのカフェでバイトをしている大学生に、デートをOKしてくれるとは。


天にも昇る思いだ、いや、実際に12回は天に昇ったことはあるのだが。


「正広くんこそ、私みたいな年上でいいの?もっと大学に良い子がいそうだけど」


「由依さんより素敵な人なんていません。それに年上って6つしか違わないじゃないですか。全然問題ないっす」


「6つって結構差があると思うけどな」とまた由依がおかしそうに笑った。


「正広くんは優しいよね」


「いや、そんなこと」


「・・・いつも私を守ってくれるもの」

真っすぐ正広を見つめている。


「・・・いつも?」


「えぇ。何度でも守ってくれてる・・・でしょ?」


例の公園の前に着いた。


「あの、それはどういう・・?」

「・・・行きましょう、公園に」


時計を見ると19:28だ。

公園に入ると、いつも通りフードの男が襲ってくる。

少年〇ャンプで怯ませた隙に、ナイフを叩き落す。

チャリーンとナイフが落ちる音がして、思い切りナイフを蹴る。

そのまま殴り合いへと発展するが、やはり向こうは武術に長けていて、気づいたら馬乗りにされて、ナイフを振りかぶっている。


「ゔっ…」

腹に衝撃と痛みがはしる。

腹を見ると、ナイフが刺さっている。

じんわりと赤い血が滲んでいく。

由依の悲鳴が聞こえる。

熱い…痛い…


(またダメだったか・・・)


由依が何か言っている。

でももう何も聞こえない。

由依の口が何か動いてー

(ま・・・・たダメ・・?)

時計台の時計が見える。

19:31

だんだん視界がぼやけていく。

(まだって由依さんも何度もこれを繰り返している・・・?)


答えが出ぬまま、やがて何も見えなくなった。


「寒い」由依がそう呟くと、白く息が濁って消えた。

由依と並んで歩く。

もう14回目のデートだ。


「あの、水野くん?だよね?」


「・・・水野正弘です。由依さん・・・知ってますよね?僕の名前」


「・・・えぇ」


「もう14回目ですよね?」


「・・・違うよ、もう1000と14回目」


「1014回目!?」


「やっぱり記憶が残るようになってたんだ・・・」


「それはどういう?」


「ずっと繰り返してきてた、12月22日を」

由依の目からぽろぽろ涙がこぼれる。


「毎回毎回正広が死んで、泣いている内に気絶して、目が覚めたらまた同じ日が始まるの」


「それを1000回以上も・・?」


「そう。正広を失わないために色々やってきたけど、どうやっても上手くいかなかった。だから諦めたの・・・たった15分でもデートできればいいと思って・・・。でも1000回目のデートをしたころから、正広の様子が変わってきた。今まで毎回1から説明していたのに、まるで最初から知ってるような返答が増えて、それでもしかしたらって思って・・・」


由依が正広の胸に飛び込んだ。


「・・・ずっとずっと一人で寂しかった。何度もデートしていく中で、付き合う話になったこともあった。でもあなたは次に会う時は会釈してくれるだけ。15分の短いデートをして、また忘れられて・・・」


正広の胸が涙でほんのり冷たくなった。


「ごめん・・・」


「ううん、いいの。こうしてまたデート出来て、私は幸せだもの。次はもっと楽しいデートになる」


「いや・・・」


正広は何となく予感がしていた。


「俺ら二人とも記憶が残っていることがわかった。なんとなくだけど、これはまずい気がする」


「え?」


「なんでかはわからないけど、きっとこれが最後のチャンスな気がする」


「嘘でしょ・・?」


「いや、多分、これが最後だ」


正広がそういうと、由依は正広の胸元を掴んで「いやだぁ」と言った。


「やっとやっと正広とちゃんと話せたのに」


「生き残ればいいだけだよ」


「そんな1000回やっても倒せなかったのに」


「でも諦めるわけにはいかない。1013回目のデートの時の約束覚えてる?」


「・・・もし無事に今日を過ごすことが出来たら、一緒にクリスマスを過ごす」


「そう。絶対生き残って、由依をマンションへ送り届けて見せる」


正直怖い。

次やられたら死ぬのだ。本能的にわかる。

最後のチャンス―。

絶対に負けるわけにはいかない。

由依とクリスマスデートに絶対行く。

不安げな由依の頭をそっと撫でる。

どうしてだろう。

1000回のデート分の記憶がないのに、由依がずっとそばにいてくれたのがわかる。

由依が頭を撫でている手にそっと触れる。

外はこんなに寒いのに、手が温かくなってくる。

まるで魔法イリュージョンのようだ。


「・・・行くぞ!」


正広は由依の手を掴み、最終決戦に向かった。

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