第3話

正広まさひろは気づいた。

この一発を避けることは考えていたが、その後のことを考えていなかった。

ひとまず犯人が怯んだ隙に由依ゆいの手を取って走り出す。

だが予想以上に男の足が早く、肩を掴まれた。 

正面に男が見えた次の瞬間―


「ゔっ…」

腹に衝撃と痛みがはしる。

腹を見ると、ナイフが刺さっている。

じんわりと赤い血が滲んでいく。

由依の悲鳴が聞こえる。

熱い…痛い…


膝からがくりと倒れる。


(くそ…!甘かった・・・)


由依が何か言っている。

でももう何も聞こえない。

由依の口が何か動いてー

(ま・・・・た?)

時計台の時計が見える。

19:31

だんだん視界がぼやけていく。


(・・・マジで・・次は覚えてろよ・・・)


やがて何も見えなくなった。



「そういうわけだから、一緒に帰って…」

「帰ります、一緒に」

店長の話終わる前に食い気味に返事をした。 


こうなったら負けるわけにはいかない。


おそらくだが、死なないとわかった以上、怖いものはない。

ただ毎回あの衝撃と痛みは不快だ。

それになんとなくだが、今日1日を無事に終えられれば、明日を迎えることができる気がする。


不安げに下を向いている由依に声をかける。

お気に入りのジャケットは着てこなかった。

ジャケットより動きやすい服の方がいい。それに血で汚れるのは勘弁だ。

「ごめんね」と小さく由依はつぶやいた。

「いえいえ」

「じゃあいきましょうか」


2人で店を出る。

「寒い」由依がそう呟くと、白く息が濁って消えた。

由依と並んで歩く。

もう4回目のデートだ、1回たった15分程度だが。


「正広くん、送ってくれてありがとう」


下の名前呼びされるのも慣れてきた。

人間とはすごいもので、こんな異様な状況にも慣れてしまう。

むしろ、死ぬかもしれないのならと大胆な気持ちにもなる。


「あの、由依さんはどんなお仕事されてるんですか?」


「雑貨屋さんをやってるよ」


「ご自身で経営されてるんですか!?」


「えぇ、子供の頃からの夢だから」


「すごいっす」


由依は照れながら嬉しそうに微笑んだ。


「自分で作ったものを売る時もあるのよ」


耳についているピアスを見せながら「これも私が作ったの」といった。

雪の結晶がゆれる可愛いピアスだ。

よく見ようと近づくと、由依のいい匂いがふわっと香って、正広は顔が赤くなった。


「す、すごく素敵っす」

笑いながら由依は「ありがとう」といった。


「もうすぐクリスマスだし、彼女にプレゼントするならぜひ見に来てね」

そういって店の名刺を出した。


「彼女は・・・いないっす。でも遊びにいきますね」


名刺をそっとポケットにしまった。


冬は寒くて苦手な季節なのに、由依といるとなんだか暖かくて幸せな気持ちになる。


「正広くんは本当に優しいね」


「え?!」

突然褒められて照れてしまう。

これまでの人生で女性に褒められたことなんて母親以外で初めてかもしれない。


「今日も送ってくれたし」


「いえ、それは俺も借りがあるんで」


「借り?」


「あ、すいません!こっちの話です」


そうだ、のんびりデートを楽しんでいたが、今日こそあいつを倒さねばならない。

正広が時計をみると、19:25を指している。

例の公園が近づいてきた。


「・・・公園をつっきりましょう」

緊張感が高まる。

絶対刺しにくるとわかっているところに向かうなんて馬鹿としか思えないが、「うん」と不安げに返事をする由依を守るには行くしかない。


「必ず俺の後ろにいてください」


「うん、わかった」


そして公園に入っていく。

今日は起きた瞬間から暴漢に襲われた時の対処の動画を見てきた。

朝ごはんもコーヒーもパスして、ニコニコのアナウンサーも見ることなく、ぎりぎりまでシュミレーションをした。

陰キャだが、運動神経がそこそこある陰キャなので、動きの理解はばっちりだ。


黒いパーカーのフードを被った男が出てきた。

もう驚きもなければ、恐怖もない、なにせ死なないのだから。


(本番一発勝負―)


距離をしっかりとる。

動画の動きを何度も頭の中で復讐する。


男がこちらに走ってくる。

ナイフを持った腕を自分の右側にスッと引っ張って、そのまま相手の右腕を曲げてナイフを叩き落とす。

チャリーンとナイフが落ちる音がする。


(よし、このまま体重を乗せれば)


そのまま男の背中に体重を乗せようとした途端に、くるっとひっくりかえされる。

驚いているうちに気づいたら、相手の男に乗っかられている。


(こいつ柔術もできるのかよ)


男がナイフを振りかぶる。


「ゔっ…」

腹に衝撃と痛みがはしる。

腹を見ると、ナイフが刺さっている。

じんわりと赤い血が滲んでいく。

由依の悲鳴が聞こえる。

熱い…痛い…


(コイツ強すぎだろ…)


由依が何か言っている。

でももう何も聞こえない。

由依の口が何か動いてー

(ま・・・・たた?)

時計台の時計が見える。

19:31

だんだん視界がぼやけていく。


(次は絶対倒してやるからな、くそ!)


やがて何も見えなくなった。


そう意気込んだものの、簡単に倒すことは出来なかった。

もう10回以上もチャレンジしているが、刺されて終わってしまう。

ただその分わかってきたこともある。


道を変えた時は、結局見つかってしまい、追いかけられて結局例の公園に着いて刺された。

公園で刺されるという決まりらしい。


こうなったらと警察を呼んだが、1度目は相手にされず来てくれなかった。

2度目はなんとか来てくれることになったが、近くで事故が起きたとかで警察が来た時には腹にナイフが刺さっていた。

もう一度警察を試したが同じことになったので、どうやら警察は使ってはいけないようだ。


ジャージを着て本気で走って逃げるというのもやったが、相手は相当運動神経がいいのか足が速い。自分一人なら逃げることも可能かもしれないが、由依を連れてとなると難しい。


武器を持っていったこともある。

ナイフはさすがに気が引けて、家にあったこん棒みたいなものを持っていたが、簡単に叩き落されてしまった。

どうやら武術の経験もあるらしい。


アイツを倒すには直接戦うしかないが、戦闘スキルは圧倒的に相手の方が上なので、隙をつくしかないようだ。


死ぬわけではないので、どこかで隙が出来ると信じて繰り返すしかない。


他にも分かったことがある。

それは由依のことだ。

たった15分程度のデートでも繰り返せば色んなことを知ることができた。


いつも可愛らしくて可憐な由依が実は学生時代は正広と同じ陰キャで友人が一人もおらず、分厚い眼鏡をかけて本を読んで過ごしていたこと、運動が苦手であること、辛い物が苦手なのに、カラムーチョは好きなこと、犬が好きなこと、休みの日は閉じこもって寝ていることが多いことなどただ眺めているだけではわからない由依のことを知れた。

唯一、いなくなった元カレの話だけは、はぐらかされて詳しくは聞けなかった。


何度も何度もデートを重ねるうちに由依に惹かれていくがわかった。

憧れのお姉さんだったのに、今は1人の女性として意識している。


その分、最後には必ず由依の悲鳴と悲し気な表情でデートが終わるのが辛い。


(この人を守り切って、きっと明日のクリスマスのデートを申し込む―)


正広は今日もコーヒーをぐっと飲み干すと、テレビを消して、コートを掴んで家を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る