香り

 マッテオの部屋に、ミモザがやって来た。


「単刀直入に言うけど。あんた、血を渡しなさい」

「は? ドリンクがあればいいんだろ?」

「そう。それで十分なの。ただ・・・

 年配者が『吸血の思い出』をしつこく語るから、ちょっと試してみたいだけ」

「断る」

「ケチ!

 じゃあいいわ、あんたの『パートナー』になってあげる」

「え!?」

「まったく気が進まないわ。でも。

 人間の寿命は大したことないから。

 ちょっと付き合ってあげるわよ。あんたが塵に帰るまで」


 マッテオは、ミモザの豊かな胸や、細い腰を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。

 それから、首を振る。

「いや。そういうのはいい」

「ハルカがいるから? どこがいいわけ?」

「面と向かって聞かれると、答えに困るんだが。

 とにかく、そういうのはいい。

 興味があるなら、無償で献血するよ」

「本当に? じゃあ、遠慮なく」


 ミモザは注射器を取り出した。

「噛みつくんじゃないのか?」

「何を期待してるわけ?」

 呆れたような顔を見せる。


「ウィルスとか色々いそうで、直接吸うなんて無理!」


 注射器で100mlほど採血した。

「それだけでいいのか?」

「だ・か・ら、これはただの味見なの!」

「それにしちゃあ多いけどな」


 ミモザは、手元のデバイスで、安全を確認。

「なんか生臭い」と文句をたれる。

 それから少量を口に含むと、舌の上で転がすようにして味わった。


 それからもう一口。また一口。

 次第に間隔が短くなり、最後の半分は一気に飲み干した。


「ミモザ?」

 異変を感じたマッテオが声をかける。

 ミモザの碧眼が、赤く輝いていた。

 口角から乱杭歯がのぞく。

 にまぁ、と笑った。


          **


 ハルカとレグナスがマッテオの部屋を訪れると、床の上でミモザがマッテオに抱きつき、無我夢中で左腕を舐めていた。


「何やってるの?」

 ハルカの声に、ミモザはハッと我に返った。

「なんでもない!」

「普通、そういうのって首じゃないの?」

「なんでもないったら!」


 レグナスが首を傾げる。

「おかしい。吸血にそんな興奮効果はないはずだが」

「マッテオ! あんたの血、なんか混ざってるんじゃないの!?」

「ひどい言い草だな。もうやらん」


 するとミモザはひどく狼狽えた。

「ごめんあたしが悪かった!

 謝るから! もう一回! また明日に」

 再び抱きつく。

「ちょっと、何やってるの!」

 ハルカはマッテオからミモザを引きはがした。


          **


 数日後。

「どうやら、マッテオの血に混じった、ニンニク成分が原因らしい。

 このせいで、精神が高揚するんだ。

 個人差はあるようだが」

「ニンニクって弱点じゃなかったんだな」

「じゃあ、ドリンクに混ぜたらいいんじゃない?」


 レグナスが作ったニンニクフレーバードリンクに、ミモザは大満足。

 あっさり、マッテオへの関心を失った。


「振られちゃったね。ごめん、怒ってる?」

「別にいいんだ。興味ないし。それに」

「それに?」

「ひどく冷たかったんだよ。

 俺はやっぱり、人間がいい」


          **


 メイオールも、ニンニクフレーバードリンクを飲んでみた。

「懐かしい味だ」

「懐かしい?」

「私は昔、人間だった。

 吸血鬼ウィルスに感染して、吸血鬼になったのだ。

 もう人間ではない。別れて暮らすしかない。ただ・・・」


 そう言って、手の中の、ドリンクを見つめた。

「人間だった頃の生活が、時折無性に、懐かしい」


 寂しそうな顔を見て、ハルカは閃いた。

「じゃあ私が、プラネタリウムをプレゼントします」

「プラネタリウムを?」

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